発表・掲載日:2024/12/20

地下微生物が天然ガスの起源を偽装!?

-起源の見直しを促す新発見が天然ガス鉱床探査の未来を変える-

ポイント

  • 天然ガスには、微生物が作る「生物起源」と地下の熱によって発生する「熱分解起源」の2種類が存在
  • 地下のメタン菌が熱分解起源の天然ガスの「指標」を生物起源のものに上書きする現象を発見
  • 天然ガスの資源量推定や探査方法の見直しを促し、新しい天然ガス鉱床の発見を後押し

概要図

天然ガス(メタン)の生成起源とメタン菌による起源の上書き現象


概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)は、マサチューセッツ工科大学と共同で、地下に生息するメタン生成古細菌(以下「メタン菌」という)が、熱分解起源の天然ガスの「指標」を生物起源のものに変えてしまうことを発見しました。これにより、これまでの天然ガスの起源や資源量に関する情報が大きく変わる可能性があり、これまで見落とされていた新たな天然ガス鉱床の発見につながることが期待されます。

天然ガスの主成分であるメタンがどこでどのように作られているのかを理解することは、地球全体の天然ガス資源量を評価するために重要です。これまで、メタンの生成起源を見分けるために「安定同位体シグナル」が重要な指標として使われてきました。しかしこの識別法は、地下でメタン菌が作る生物起源メタンの安定同位体シグナルを実験室でのメタン菌培養では再現できないという、半世紀近く解決されていない大きな問題を抱えていました。今回、地下の環境を忠実に模擬可能な高圧培養装置を開発したことで、世界で初めて、地下で作られる生物起源メタンの安定同位体シグナルを実験的に再現することに成功しました。さらに本研究では、熱分解起源メタンがメタン菌と共存した場合、その安定同位体シグナルがメタン菌によって生物起源のものに上書きされてしまうという驚くべき現象を発見しました。この発見は、熱分解起源メタンの存在量が実際よりも少なく見積もられている可能性と現在推定される天然ガス鉱床の成因を大きく見直す必要性を示すものです。それにより、天然ガス鉱床の探査方法の再考が促され、今まで見落とされていた新しい天然ガス鉱床の発見につながることが期待されます。

この成果の詳細は、2024年12月19日(米国東部時間)に米国科学誌「Science」にオンライン掲載されます。


研究の社会的背景

天然ガスは石油や石炭に比べてクリーンな化石エネルギー資源であり、世界の総エネルギー消費の約24%を担っています*。一方で、天然ガスの主成分であるメタンは強力な温室効果ガスでもあり、地球規模でのメタンの発生や移動、集積、拡散のメカニズムを理解することは、天然ガスの資源量を正確に評価することだけでなく、気候変動問題への対応にもつながります。

地下環境で作られるメタンは、地中温度が80 ℃以下の比較的浅い地層で微生物が作る「生物起源」と、それよりも高温・高圧の深部地下で有機物の熱分解により生成する「熱分解起源」に大別されます。これらはメタン(分子式:CH4)の炭素や水素の安定同位体シグナル(例えば、12Cと13C、1Hと2Hの割合)を指標にすることで生成起源や生成温度を推測することが可能で、メタンハイドレートなどの天然ガス鉱床の探査や湖沼・水田などのメタンガス発生源の特定などに広く使われてきました。しかし、地下の生物起源メタンの安定同位体シグナルが実験室でのメタン菌培養で再現されたことはなく、同位体地球化学と微生物学との解釈が一致しないという本質的な問題がありました。

 

研究の経緯

産総研では、油田・ガス田・石炭層を対象に地下微生物による天然ガス生成ポテンシャルの評価とその生成メカニズムの解明を目指す研究を行ってきました(2016年10月14日2013年6月13日 産総研プレス発表)。

そこで今回、産総研では地球化学の専門家チームを擁する地圏資源環境研究部門と微生物学の専門家チームを擁する生物プロセス研究部門がタッグを組み、エネルギープロセス研究部門(研究開始当時はメタンハイドレート研究センター)の協力の下、15年の研究期間をかけてこの問題の解決に取り組みました。

なお、本研究の一部は、独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費補助金(18H05295, 20H00366, 21H04670, 22H05152, 23H00387, 24H00765)による支援を受けて行いました。

 

研究の内容

メタン菌の一般的な培養実験は、密閉可能なガラス製容器に栄養源を含む培養液とメタン菌を添加し、気相にメタン生成の基質となる水素を大量に充填し、ほぼ大気圧下で実施されます(図1)。これは地下環境に特徴的な条件、すなわち高静水圧・低水素濃度条件とはかけ離れています。そこで本研究では、深海底下のメタンハイドレートを研究する専門家チームが中核となって、地下環境を忠実に模擬するメタン菌培養装置を開発しました。この装置は、メタンハイドレート合成実験に用いられるステンレス製の耐圧容器や圧力ポンプを微生物培養用に改良したもので、地下環境と同等の静水圧(~150気圧相当)下でメタン菌を培養可能なシステムです(図2)。加えて、水素を培養開始時に添加するのではなく、有機物を分解し緩やかに水素を生成し続ける細菌をメタン菌とともに共培養させることで、地下環境に特徴的な低水素濃度条件を再現しました。

図1

図1 メタン菌を含む嫌気微生物の一般的な培養法

図2

図2 地下環境を模擬するメタン菌高圧培養装置(Nishikawa system)
(左)装置の全体像 (右)培養容器(三連)、培養中も圧力を下げることなく培養液および発生ガスをサンプリング可能
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

こうした条件下で生成されたメタンの安定同位体シグナルは大気圧条件や高水素濃度条件で作られるものとは大きく異なり、これまで再現できなかった地下の生物起源メタンの安定同位体シグナルと明確に一致しました(図3)。これは、静水圧条件で培養したことによって培養液中に溶存するメタンの濃度が増加し、メタン生成反応の逆反応が加速化して、最終的に正反応と逆反応がほぼ釣り合った状態、すなわち平衡に達したためであることが明らかになりました。

図3

図3 本研究と自然環境中の生物起源メタンの安定同位体シグナル
大きいシンボルは本研究におけるメタン、小さいシンボルはこれまでに報告されている自然環境中の生物起源メタン
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

さらに詳しく、溶存するメタンの濃度の増加に伴う安定同位体シグナルの経時変化を観察すると、メタン菌は溶存メタン濃度が低い間は非平衡の安定同位体シグナルを示すメタンを作るのに対し、溶存メタン濃度が高くなるにつれてシグナルが平衡に達することを発見しました。そこで次に、培養容器に熱分解起源メタンを加えた状態でメタン菌の培養を開始したところ、添加した熱分解起源メタンの安定同位体シグナル(図4でαH2O-CH4 = 1.14付近)がメタン生成に伴って生物起源のシグナルに平衡化する現象を観察しました。この結果は、メタン菌が熱分解起源メタンの安定同位体シグナルを生物起源のものに上書きすることを示しています。世界各国の天然ガスの安定同位体シグナルのデータを見返すと、このようなメタン菌による安定同位体シグナルの上書き現象は世界中の天然ガス鉱床で実際に起こっていると推察され、今後は地球規模で天然ガスの起源や成因について再評価を行う必要があります。

図4

図4 メタン濃度の増加に伴う安定同位体シグナルの変化
安定同位体シグナルの一例としてメタンの水素同位体分別(縦軸)を示す。本研究における培養温度で同位体平衡に達した場合のシグナルは、およそ1.19〜1.24の間の値をとる。メタン濃度が低い培養初期では平衡から外れた非平衡の同位体分別を示すが、メタン濃度の増加に伴い平衡に近づく。
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
 

研究の社会的意義

生物起源の天然ガスは比較的浅い地層にのみ存在します(下図1)。一方で、熱分解起源の天然ガスはより深い地層で発生し、その一部が浅い地層に移動し天然ガス鉱床を形成します。従って、熱分解起源の天然ガスが浅い地層で発見された場合、より深い地層にはより大きい天然ガス鉱床が存在する可能性があります(下図2)。しかし、浅い地層に移動してきた熱分解起源の天然ガスがメタン菌によって生物起源の天然ガスに上書きされた場合、より深い地層に存在する熱分解起源の天然ガス鉱床を見落とすことになりかねません(下図3)。今回の発見は、天然ガスの生成起源や生成プロセスを正確に推定するための基盤的知見として、天然ガス鉱床の探査方法について再考を促すことで、今まで見落とされていた新しい天然ガス鉱床の発見につながることが期待されます(下図4)。

説明図

 

今後の予定

メタン菌は利用できる基質(餌)によって大きく3種類(水素資化性・酢酸資化性・メチル化合物資化性)に分類されます。今回は水素資化性メタン菌による安定同位体シグナルの上書き現象を観察しました。次は、酢酸資化性やメチル化合物資化性メタン菌でも同様の現象が起こることを検証し、今回の発見の普遍性について明らかにする予定です。

 

研究チーム

産総研
地圏資源環境研究部門 眞弓 大介 主任研究員、坂田 将 客員研究員
バイオメディカル研究部門 鎌形 洋一 招へい研究員
生物プロセス研究部門 玉木 秀幸 副研究部門長、加藤 創一郎 上級主任研究員、五十嵐 健輔 主任研究員、佐藤 朋之 産総研特別研究員(研究当時)
エネルギープロセス研究部門 皆川 秀紀 テクニカルスタッフ(研究当時:メタンハイドレート研究センター 研究チーム長)、西川 泰則(研究当時:メタンハイドレート研究センター テクニカルスタッフ)
マサチューセッツ工科大学
Department of Earth, Atmospheric and Planetary Science Ellen Lalk 大学院生(研究当時)、小野 周平 教授

 

論文情報

掲載誌:Science
論文タイトル::Hydrogenotrophic methanogens overwrite isotope signals of subsurface methane
著者: Daisuke Mayumi*, Hideyuki Tamaki, Souichiro Kato, Kensuke Igarashi, Ellen Lalk, Yasunori Nishikawa, Hideki Minagawa, Tomoyuki Sato, Shuhei Ono*, Yoichi Kamagata*, and Susumu Sakata*
*Corresponding author
†These authors contributed equally to this work.
DOI:10.1126/science.ado0126


用語解説

メタン生成古細菌
メタン菌、メタン生成アーキアともいう。細胞内に核をもたない原核生物の仲間で、生物学的にはバクテリア(細菌)ではなくアーキア(古細菌)に分類され、酸素がない嫌気環境下で有機物分解の最終過程を担う。メタン生成古細菌が利用できる基質(餌)は主に水素+二酸化炭素や酢酸、メタノールなどのメチル化合物に限られている。[参照元へ戻る]
天然ガス資源量
天然ガスの埋蔵量とは、現在の技術と価格を前提に、採掘が経済的に見合う条件を満たす天然ガスの量を指す。これに対し、資源量は、その存在が確認もしくはほぼ確実に想定できるもの全体を指す。[参照元へ戻る]
安定同位体シグナル
メタン分子(分子式:CH4)の炭素と水素にはそれぞれ異なる安定同位体(12Cと13C、1Hと2HまたはD)がある。メタンの炭素や水素の安定同位体比(13C/12C、2H/1H)やメタン分子内の安定同位体比(δ13CH3D)、もしくはメタンとその前駆物質である二酸化炭素や水の同位体分別係数(αCO2-CH4やαH2O-CH4)などはメタンが生成された環境やその生成過程を示すシグナルとして使われる。 [参照元へ戻る]
メタンハイドレート
メタンハイドレートは、低温・高圧下で水分子がメタン分子を取り囲み、氷のような構造を作った物質。主に海底や永久凍土に存在し、1立方メートルから気体換算で約160立方メートルのメタンを取り出せるため、将来的な天然ガス資源として注目されている。また、温暖化により分解すると大量のメタンが放出されるため、気候変動への影響が懸念されている。[参照元へ戻る]
平衡・非平衡
化学反応における平衡とは、反応が進む速度と逆反応の速度が等しくなり、反応物と生成物の濃度が一定に保たれる状態。このとき、見かけ上は反応が止まったように見えるが、実際には反応が両方向で同じ速度で進行し続けている。この状態を化学平衡と呼ぶ。非平衡とは、反応が一方向に進み続け、平衡状態に達していない状況である。これに対し、同位体平衡は分子間の双方向の同位体交換反応の速度が同じ状況、非平衡は速度が異なる状況を指す。メタンと二酸化炭素の間の炭素の同位体平衡であれば
13CH4 + 12CO212CH4 + 13CO2
メタンと水の間の水素の同位体平衡であれば
CH3D + H2O ⇌ CH4 + HDO
の双方向の速度が同じとなる。メタン分子内の炭素と水素の結合は切れにくいため、通常これらの同位体交換速度は非常に遅い。しかしメタン菌が存在する場合、メタン生成とその逆反応が促進されるため、同位体交換反応も速やかに進行する。メタン生成反応に対する逆反応の速度比が上昇すると安定同位体シグナルの値も変化する。最終的に化学平衡(メタン生成反応とその逆反応の速度が等しい状態)に達すると、同位体平衡も達成される。同位体平衡における安定同位体シグナルの値は温度で一元的に決まる。[参照元へ戻る]
 

注釈

*「令和5年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2024)」(経済産業省資源エネルギー庁)より


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