国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)地質調査総合センター 地圏資源環境研究部門【研究部門長 中尾 信典】地圏微生物研究グループ 眞弓 大介 研究員、持丸 華子 主任研究員、吉岡 秀佳 上級主任研究員、坂田 将 研究グループ長、燃料資源地質研究グループ 鈴木 祐一郎 主任研究員、生命工学領域 鎌形 洋一 研究戦略部長(生物プロセス研究部門付き)、生物プロセス研究部門【研究部門長 田村 具博】生物資源情報基盤研究グループ 玉木 秀幸 主任研究員、山本 京祐 元産総研特別研究員らは、石炭中のメトキシ芳香族化合物から直接メタン(CH4)を生成するメタン生成菌を深部地下環境から発見し、石炭層に広く分布するコールベッドメタンの形成にこのメタン生成菌が重要な役割を担っている可能性を明らかにした。
コールベッドメタンは近年、石炭層中の非在来型天然ガス資源として世界各国で開発が進められている。コールベッドメタンの形成については、石炭層に生息する微生物の活動がその成因の1つと考えられているが、その詳しいメタン生成メカニズムは不明であった。今回、深部地下環境に生息するメタン生成菌がこれまで全く知られていなかったメタン生成経路を介して、多様なメトキシ芳香族化合物からメタンを生成することを発見した。さらに、このメタン生成菌が単独で、メトキシ芳香族化合物を含む石炭から直接メタンを生成できることを実証し、この新たなメタン生成機構をもつメタン生成菌がコールベッドメタンを含む地下の天然ガス資源の形成に地球規模で貢献している可能性を明らかにした。
この成果の詳細は、米国科学誌「Science」2016年10月14日号に掲載される。同誌は世界最大の総合科学機関である米国科学振興協会(AAAS)により発行されている (http://www.sciencemag.org/およびhttp: //www.aaas.org/)。
|
石炭層のコールベッドメタンと石炭をメタンに変えるメタン生成菌 |
近年、非在来型の天然ガス資源として、石炭層に内在するコールベッドメタンの開発が世界各国で進められている。コールベッドメタンは数千万年から数億年という地質学的な時間軸の中で形成され、その中には微生物活動により作られたメタンも多く含まれている。最近では、そのような微生物のメタン生成活動を活性化することでコールベッドメタンの増産を図る技術開発が進められている。その一方で、実際にどのような微生物が、石炭中のどのような有機物からメタンを生成するのかは不明であった。
産総研では、地質調査総合センターと生命工学領域による分野融合研究として、油ガス田や石炭層を対象に地下微生物による天然ガス生成ポテンシャルの評価とその生成メカニズムの解明を目指す研究を行ってきた。その中で、今回、深部地下から獲得したメタン生成菌(Methermicoccus shengliensis AmaM株、以下「AmaM株」という)が、従来のメタン生成菌の能力を超越して、石炭中のメトキシ芳香族化合物から直接メタンを生成できることを発見し、コールベッドメタンの形成メカニズムの解明に一歩迫る成果を得た。
なお、本研究の一部は、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費補助金による支援を受けて行った。
石炭は主に植物のリグニンに由来する有機物からなり、その高分子構造内にはメトキシ芳香族化合物が含まれている。本研究では、まず石炭の構成成分であるメトキシ芳香族化合物からメタンを生成できるメタン生成菌を探索するため、上記のAmaM株を含む11種のメタン生成菌を各種メトキシ芳香族化合物と共に培養した。その結果、AmaM株とその近縁株のMethermicoccus shengliensis ZC-1株(以下「ZC-1株」という)が、30種類以上のメトキシ芳香族化合物からメタンを生成できることを発見した(少なくともAmaM株は35種類、ZC-1株は34種類を利用できた)。
メタン生成菌が初めて発見されてから現在までの半世紀以上の間に、150種以上のメタン生成菌が発見されてきた。しかし、既知のメタン生成菌が利用できる基質(餌)は、①水素と二酸化炭素、②酢酸、③メタノールなどのメチル化合物、といった単純な化合物に限られており、メトキシ芳香族化合物のような比較的炭素数の多い化合物から直接メタンを生成できるメタン生成菌の発見は今回が初めてである。
また、従来のメタン生成経路(代謝経路)も基質の種類に対応して①二酸化炭素還元経路、②酢酸分解経路、③メチル化合物分解経路の3種に限られていたが、AmaM株やZC-1株はこれらとは異なるメタン生成経路を介してメトキシ芳香族化合物からメタンを生成することを明らかにした。この新規メタン生成経路の詳細については未だ研究中であるが、今のところ、①二酸化炭素還元経路と②酢酸分解経路が混合し、並列して進行する第4のメタン生成経路である可能性が明らかになった(図1)。
|
図1 既知のメタン生成経路(上段)と
今回発見したメトキシ芳香族化合物からのメタン生成経路(下段赤枠) |
さらに、AmaM株が単独で石炭からメタンを生成できるかどうかを調べるため、各種石炭を含む石炭培地でAmaM株を培養した。その結果、AmaM株は褐炭や亜瀝青炭、瀝青炭を含む培地でメタンを生成した。しかも、これらの培地からは数種類のメトキシ芳香族化合物が実際に検出され、特に、石炭化度が低くメトキシ芳香族化合物が比較的多く検出された褐炭においてメタン生成が顕著であった(図2)。これらの結果は、AmaM株のようなメタン生成菌が石炭中のメトキシ芳香族化合物を直接メタンに変換することで、微生物起源のコールベッドメタンの形成に寄与している可能性を示している。さらに、メトキシ芳香族化合物は石炭だけでなく堆積物中の有機物で最も多いケロジェンにも含まれるため、今回発見したメトキシ芳香族化合物を利用するメタン生成菌は、石炭層だけでなく地下の天然ガス資源の形成に貢献している可能性がある。
|
図2 各種石炭から検出されたメトキシ芳香族化合物(上段)と
それらを利用してメタンを生成するメタン生成菌「AmaM株」(下段) |
今後はメトキシ芳香族化合物からメタンを生成する代謝経路の詳細を明らかにするとともに、メトキシ芳香族化合物を利用するメタン生成菌の地下圏における分布と、天然ガス資源の形成における実質的なポテンシャル評価を行う予定である。