独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)地圏資源環境研究部門【研究部門長 中尾 信典】地圏微生物研究グループ 眞弓 大介 研究員、坂田 将 研究グループ長、生物プロセス研究部門【研究部門長 鎌形 洋一】生物資源情報基盤研究グループ 玉木 秀幸 主任研究員、鎌形 洋一 研究グループ長らは、国際石油開発帝石株式会社【代表取締役社長 北村 俊昭】(以下 「INPEX」という)技術本部 前田 治男 シニアコーディネーター、英国ニューキャッスル大学 Jan Dolfingシニアリサーチャーらと共同で、枯渇油田の二酸化炭素(CO2)地中貯留が微生物生態系へ及ぼす影響を調査した。その結果、枯渇油田の微生物生態系に見られるメタン生成活動は、CO2地中貯留によって生じる高濃度CO2環境でも存続することを発見した。
枯渇油田は、発電所などで発生する大量のCO2を回収し、地中に隔離するCO2回収・貯留(CCS)の貯留サイトに適している。一方、世界中の油田にはメタン生成活動を行う微生物生態系が広く分布しており、油田の内部で生成するメタン(天然ガス)が新たな資源となる可能性がある。今回、CO2濃度が増加した環境では枯渇油田の微生物群集はその構成微生物種を劇的に変化させながらもCO2に対する頑健性を保ち、メタン生成活動を維持することを実証した。今回の研究成果は、これまでの地球科学を中心としたCO2地中貯留の研究に微生物学的な新しい視点を付加することで、今後のCCS技術の実用面での可能性を広げた。
この研究の詳細は、2013年6月13日(日本時間)に英国科学誌「Nature Communications」に掲載される。
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CO2地中貯留が及ぼす枯渇油田のメタン生成活動への影響
CCS前の現場油田環境とCCS後の油田環境の双方で地下微生物によるメタン生成活動は起こるが、そのプロセスはCCSの前後で劇的に変化する。 |
温室効果ガスとして知られるCO2の削減策の一つとして、CCS技術がある。これは発電所などで発生した大量のCO2を地中に隔離する技術で、地球科学を中心に研究が行われている。枯渇油田は、CO2の貯留サイトとしてCO2の貯留能力や安全性、コスト面など古くから実用性が検討されてきた。一方、枯渇油田には活発にメタンを生成する微生物生態系が広がっていることが近年の微生物学的研究によってわかっており、枯渇油田に残存する難分解性の有機物をメタンにまで分解することで、地球の炭素循環に大きく貢献するとともに、このような枯渇油田内部で生成する微生物起源のメタン(天然ガス)は資源的にも重要と考えられている。
これまでのCO2地中貯留実証試験の結果から、CO2が圧入された地中ではCO2濃度が上昇し、それに伴い地中のさまざまな環境条件(pHなど)が変化することは知られていたが、地下に生息する微生物生態系にどのような影響があるのかは不明であった。
産総研とINPEXでは、平成20年度より、枯渇油田からの原油増進回収技術の開発を目指して、残存原油のメタン変換回収技術の開発を共同で進めて、枯渇油田に存在する酢酸がある種の微生物(群)によってメタンとCO2に変換されることを世界に先駆けて発見した。
今回は、CO2が圧入された枯渇油田でもこのようなメタン生成活動が存続するか否かを調査するために、現場環境の微生物生態系を解析するとともに、CO2地中貯留後の油田環境を模した高温高圧培養システムを用いてCO2濃度が地下微生物生態系に及ぼす影響を評価した。
本研究開発は、独立行政法人 日本学術振興会による科学技術研究費補助金とINPEXからの資金提供型共同研究(平成20年度~)により行われた。
CO2地中貯留が枯渇油田の微生物生態系へ及ぼす影響を調査するため、これまで酢酸からのメタン生成活動を観察している秋田県八橋油田から地下水と原油を採取し、窒素ガスで現場と同じ温度、圧力条件(55 ℃、50気圧)に設定した培養実験(CO2非圧入系)と、窒素と二酸化炭素の混合ガス(10 % CO2)で現場と同じ温度、圧力条件に設定した高濃度CO2条件(CO2分圧は5気圧)での培養実験(CO2圧入系)を行った。
この結果、CO2圧入系とCO2非圧入系の双方で地下水に元々存在する酢酸の分解とメタンの生成が観察された(図1)。CO2地下貯留に伴う高濃度CO2条件下でも、酢酸からのメタン生成が存続することがわかった。なお、今回想定したCO2地中貯留後の環境は、CO2圧入井直下の環境ではなく、圧入されたCO2が地中で次第に拡散した後の油田環境であり、これまでのCO2地中貯留実証試験の現場でのCO2濃度と今回の培養実験でのCO2濃度の間に大きな差は見られなかった。これらのことから、極めて高濃度のCO2を枯渇油田に圧入した場合でも、CO2圧入井から多少離れたCO2が拡散した場所ではメタン生成活動が存続することを示唆している。
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図1 今回の研究で想定したCCS環境と培養実験で観察された酢酸からのメタン生成反応
グラフはCO2非圧入系とCO2圧入系の双方で、油田の地下水に元々含まれる酢酸の減少に伴ってメタンが生成されたことを示す。 |
CO2圧入系とCO2非圧入系の微生物群集の地球化学的、分子生物学的な解析を行った結果、酢酸からのメタン生成に関与する微生物群集を構成する微生物の種類はCO2の圧入により劇的に変化し、全く別のプロセスによってメタンを生成する微生物に置き換わることがわかった。また、この微生物種への変化はCO2濃度が高い環境でだけ起こる一過性の現象であり、CO2濃度をCO2非圧入系の濃度に戻すと、元の微生物群集に戻った(図2)。さらに、この現象の主な原因はメタン生成反応の熱力学的特性(CO2濃度と反応の起こりやすさの関係)であることが実証された。つまり、枯渇油田の微生物生態系はCO2濃度に対して高い頑健性を保ちつつ、油田環境のCO2濃度に応じてエネルギー的により有利なプロセスでメタン生成を行うことが明らかになった。
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図2 CO2濃度に依存した微生物群集の変遷とメタン生成プロセス |
今回の成果は、今後のCCS技術の学術研究や産業応用技術開発については、地球科学と微生物学を融合した地圏微生物学の観点を含めて進めることの有効性を示している。
今後は、枯渇油田に未だ多く残存する原油からのメタン生成活動に着目し、CO2地中貯留実施後にCO2濃度が増加した枯渇油田で、原油を分解しメタンを生成する微生物生態系がどのような影響を受けるのかについて、継続して研究を実施する予定である。