発表・掲載日:2024/07/05

電子部品の品質管理をシームレスに実現する計測器

-取り外し可能な高精度基準電圧源を備えたデジタルマルチメーターを製品化-

ポイント

  • 計測器の “心臓部” である基準電圧源の脱着が可能な、これまでにないデジタルマルチメーターを開発
  • 基準電圧源のみを取り外して校正を受けられるため、継続して電子部品の検査が可能
  • 計量トレーサビリティを効率的に確保でき、測定精度向上と運用コスト低減とを両立

概要図

開発された基準電圧源脱着型デジタルマルチメーターの特徴


概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)物理計測標準研究部門 丸山 道隆 研究グループ長、金子 晋久 首席研究員、浦野 千春 研究部門付は、株式会社 エーディーシー(以下「エーディーシー」という)と共同で、取り外しが可能で安定性に優れた基準電圧源を備えた高精度デジタルマルチメーター(DMM)を世界で初めて開発し、製品化しました。

各種IT機器などに搭載されるチップコンデンサーやチップ抵抗など、高い性能が求められる電子部品の生産工場においては、製品の電気的な品質を保つために、高性能なDMMを用いた検査が行われます。これらのDMMは一定の周期ごとに校正機関などにおいて上位標準を参照した校正を受けるために、現場から持ち出す必要があります。校正期間中は生産工程の一部を停止するか、代替品のDMMを別途用意しなければならず、生産性の低下または生産コストの増加につながっていました。また、輸送中の振動や環境変化はDMMの精度劣化や故障リスクを増大させる要因にもなります。さらに、高精度DMMには測定精度を担保するための “心臓部” である基準電圧源が内蔵されていますが、輸送に伴う電源遮断中に受けた温度変動によって、再び通電した際の電圧安定度が劣化してしまうため、DMMの測定精度の限界を決める要因の一つにもなっていました。

開発したDMMの基準電圧源は、内蔵バッテリで通電状態のまま取り外すことが可能なため、電圧安定度を高く維持したまま校正を受けられます。脱着可能な基準電圧源とは別に、DMM本体には短期間の安定度を担保する別の基準電圧源が内蔵されているため、取り外した基準電圧源の校正期間中もDMM本体は検査に用いることが可能です。これにより、DMM本体を生産現場から持ち出すことなく効率的に計量トレーサビリティを確保することが可能となり、電子部品の品質確保と生産性向上の両立を図れます。

この研究成果の詳細は、2024年7月6日~11日(現地時間)に米国コロラド州デンバーで開催される国際会議「2024 Conference on Precision Electromagnetic Measurements」において発表されます。また、開発されたDMMは近日中にエーディーシーから発売されます。


開発の社会的背景

先進電子デバイスに使用されている電子部品は厳格な品質管理のもと製造されており、高性能な測定器を用いた検査工程は電子部品の品質維持のために欠かせません。半導体をはじめとするこれらの電子部品は低電圧化・低消費電力化が進んでおり、測定の精度が得られにくい低い電圧での検査が必要です。チップコンデンサーやチップ抵抗はスマートフォン1台におよそ千個内蔵されているほど多く用いられており、全数を検査するためには短時間で測定ができる高速さも求められます。電子部品の国際的な取引のためには、検査工程において用いられる測定器が、国家標準とつながる上位標準を用いて校正されている、つまり、計量トレーサビリティが確保されている必要があります。

計量トレーサビリティを確保するため、測定に使われる計測器は定められた周期ごとに校正を受けなければなりません。DMMの場合、基準電圧源は装置に内蔵されているため、校正を受ける際には、DMM本体を現場から持ち出す必要があります。校正を受けている期間は代替のDMMを使用するか、生産工程の一部を停止しなければなりません。これは、生産コストの増加または生産性の低下につながりかねませんでした。また、校正を受けるためには、DMMの電源を切って輸送する必要があるため、その際の基準電圧源の電源喪失や、DMM本体が受ける振動や環境変化によって、DMMの精度劣化や故障リスクを増大させてしまうというジレンマもありました。

 

研究の経緯

産総研は、長さや質量、その他の各種物理量の国家標準を維持・供給することで、計量トレーサビリティに貢献しています。電圧については、ジョセフソン電圧標準を直流電圧の国家標準として維持しており、開発品や製品の品質管理が必要な現場における測定器類に対し、校正機関を通じて、標準供給を行っています。

標準の供給、つまり、事業者やユーザーが保有する標準器や測定器に対する校正の実施は、計量トレーサビリティ体系の維持に欠かせません。一方で、生産工程の一部に測定器を導入している事業者にとって、校正を受けることは運用面あるいはコスト面で少なからぬ負担が生じます。産総研とエーディーシーは、現場からの要望を受けて、より負担の少ない効率的な計量トレーサビリティ確保のための手法を検討してきました。

産総研とエーディーシーは、DMMに内蔵されている基準電圧源をモジュール化して脱着可能な新しい機構を開発し、特許を取得しました。基準電圧源で用いられるツェナーダイオード素子の出力は温度によって変化するため、高い出力安定度を得るためには温度制御されたオーブン内で一定温度に保つ必要があります。また、低ノイズな電源を実現しようとすると、回路サイズが大きくなる傾向があります。われわれは、断熱設計や温度制御方式、電源回路の工夫などにより、基準電圧源モジュールをさらに小型化し、高い精度を保ったまま脱着可能にする技術の開発に成功しました。エーディーシーが断熱性能の改善や省電力化、ノイズ低減、A/D変換器の線形性の向上、産総研がジョセフソン電圧標準を用いた高精度評価などに取り組みました。

なお、本研究開発は、一般社団法人 首都圏産業活性化協会を事業管理機関として受託した関東経済産業局 戦略的基盤技術高度化支援事業「脱着可能な小型基準電圧源を用いた校正(運用)コストを低減させる高精度電子計測器の研究開発」(2019~2021年度)による支援を受けています。

 

研究の内容

まず、基準電圧源脱着型DMMのプロトタイプを作製し、その特性評価を行いました。基準電圧源モジュールのサイズは、5.4 cm × 5.4 cm × 8.6 cmと、手のひらに乗る程度の大きさです。モジュールはバッテリを内蔵しており、DMM本体から取り外しても約30分間は通電状態を保てます。校正に出す際には、輸送用のバッテリボックスに装着すれば約5日間のバッテリ駆動が可能で、AC電源に接続しての連続通電も可能です。校正済みの基準電圧源モジュールをDMM本体に装着して、校正コマンドを実行することでDMMの電圧校正が完了します。DMMとしての基本的な機能は従来の8.5桁DMMと同様で、基準電圧源モジュールを外した状態でも、DMMに内蔵された別の基準電圧源により短期安定度が担保されるため、DMMを通常通り使用することが可能です。なお、バッテリボックスに装着した状態の基準電圧源モジュールは、高精度な直流標準電圧発生器としても利用可能です。

試作したプロトタイプの性能を確認するため、国家標準であるジョセフソン電圧標準を用いた評価を実施しました。評価項目は、DMMの重要な性能指標の一つであるゲイン誤差の経時変化や環境依存性と、基準電圧源モジュール単体の出力安定度とに大きく分けられます。

まず、DMMのゲイン誤差の経時変化特性の比較結果を図1に示します。各測定の前に、従来と同様の内部校正(DMMに内蔵固定された基準電圧源を用いた自己調整機能)のみを実施した場合には、1年間に2 μV/V程度ゲイン誤差が増大しています。それに対して、毎回、校正直後の基準電圧源モジュールを装着することで、1年を通して±0.4 μV/V以内のゲイン誤差が常に再現されることを確認しました。その他、温度特性、気圧特性、湿度特性なども評価し、従来型のDMMと同等以上の良好な特性を確認しました。

図1

図1 DMMプロトタイプの特性評価結果(ゲイン誤差の経年変化の比較)
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
横軸は、最初の校正実施日からの経過日数を表す。赤い三角のプロットは、各測定の前に従来の内部校正(DMMに内蔵固定された基準電圧源を用いた自己調整機能)のみを実施した場合の測定値を示す。一方、青い丸のプロットは、各測定の前に毎回校正済みの基準電圧源モジュールを使用してDMMの校正を実施した場合の測定値を示す。
 

次に、基準電圧源モジュール単体での出力安定度の評価結果を図2に示します。このモジュールでは、±0.2 μV/V程度の範囲内で日間変動と思われる出力値の変化を示し、それらの平均値(1次の最小二乗法を用いたフィッティング直線)は1年間に約0.33 μV/V程度の相対的な電圧の低下傾向を示していることが分かります。これまでに試作した複数の基準電圧源モジュールを評価した結果では、個体間による相違はあるものの、1年間に2 μV/V以内の相対電圧変化という良好な経年変化特性を示すことを確認しています。

図2

図2 基準電圧源モジュールの公称10 V出力の経年変化特性の例
実線は測定結果に対する1次のフィッティング直線を示す。直線の傾きから、この基準電圧源モジュールの1年間の相対出力変化量は約0.33 μV/Vと推定される。なお、各測定値の近似直線からのずれの大きさは±0.2 μV/V以内であった。
 

以上の結果から、開発した基準電圧源脱着型DMMは、計測器の測定精度の要である基準電圧源を脱着可能としながら、従来型と同等以上の良好な特性を示しました。このDMMは、各種IT機器などに搭載される電子部品の検査工程をはじめとして、さまざまな精密電気計測の高精度化とコスト低減に役立つとともに、電気量における計量トレーサビリティ体系の効率化に貢献します。

 

今後の予定

基準電圧源脱着型DMMは、エーディーシーから今年度内に発売される予定です。

また、基準電圧源だけでなく、標準抵抗器や基準周波数源もモジュール化し、これらを内蔵したマルチ基準源モジュールの開発に取り組みます。

 

学会発表情報

発表学会:2024 Conference on Precision Electromagnetic Measurements
発表タイトル:Development of a Digital Multimeter with Removable Voltage Reference
発表者:Michitaka Maruyama, Chiharu Urano, Nobu-Hisa Kaneko, Takahiro Kanai, Kei Imai, Eiji Sannomaru, Jun Honjo, and Isao Tanaka

 

特許登録情報

出願国:日本
特許番号等:(日本国)特許第6536781号(登録日2019(令和1)年6月14日)
出願番号等:特願2015―013004(出願日2015(平成27)年1月27日)
発明名称:基準源モジュール、電気・電子機器、遠隔校正方法


用語解説

基準電圧源
測定の基準(ものさし)となる一定の電圧を出力する発生器で、高精度なデジタルマルチメーターはこれを内蔵し、電圧測定精度を担保する要となる。高安定な基準電圧源は、オーブンで一定温度に保たれたツェナーダイオード素子を使用して実現される。高安定とはいえ、微小ながら時間の経過に伴う出力変化(ドリフト変動)が避けられないため、高い精度を維持するためには定期的な校正が必要である。その一方で、通常デジタルマルチメーターを校正に出す際には、電源を切った状態で輸送する必要があり、輸送中はオーブンの制御が不可能であるため素子に温度ショックが加わり、精度劣化の要因となり得る。[参照元へ戻る]
デジタルマルチメーター
電圧や抵抗、電流など複数の電気量を測定可能な電子計測器。部品評価や製品検査、研究開発などさまざまな計測用途で用いられる。測定精度を保証するためには、例えば年に一度などの定期的な校正が必要となる。[参照元へ戻る]
校正
既知の値をもつ標準器を用いて、標準器からの入力値と測定器が示す表示値との関係を確認する作業。[参照元へ戻る]
計量トレーサビリティ
ユーザーの計量・計測機器から国家標準に至る校正の切れ目ない連鎖を指す。製品の安全性担保や輸出入等の円滑な商取引に欠かせない。[参照元へ戻る]
ジョセフソン電圧標準
超伝導電子対のトンネル効果やそれに伴う量子力学的効果であるジョセフソン効果を利用して、普遍性の高い校正を行うことができる電圧標準。ジョセフソン効果は、イギリスの物理学者であるブライアン・D・ジョセフソンが発見し、1973年に彼はノーベル物理学賞を受賞。[参照元へ戻る]
ツェナーダイオード
P型半導体とN型半導体の接合界面を利用した整流素子(ダイオード)の一種で、ある一定値以上の電圧を逆方向に印加した際に電流が急激に増加する現象(降伏特性)を利用して、安定した基準電圧を発生することができる。[参照元へ戻る]
ゲイン誤差
入力値と出力値(表示値)との関係(比例係数)をゲインと呼び、その誤差のこと。通常、デジタルマルチメーターや電圧計では、入力値と表示値が一致することが望ましいため、理想的なゲインは1であり、1からのずれがゲイン誤差となる。例えば、10 Vの電圧を入力したときに、表示値が10 Vから+1 μVだけずれていたら、ゲイン誤差は+0.1 μV/Vと表される。[参照元へ戻る]
 

関連記事

世界最高水準の性能でコンパクトな直流電圧標準器を開発(産総研プレス発表2015年6月24日)
“計量トレーサビリティ” とは?(産総研マガジン2024年5月15日)



お問い合わせ

お問い合わせフォーム