国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)物理計測標準研究部門【研究部門長 中村 安宏】量子電気標準研究グループは、株式会社 エーディーシー【代表取締役社長 持田 博史】(以下「エーディーシー」という)と共同で、経時安定性と温度安定性がともに世界最高水準で、コンパクトな直流電圧標準器を開発した。
今回開発した直流電圧標準器は、基準源となる電圧標準部の精密測定に量子標準を用いる手法と、回路のノイズ対策、断熱実装、モジュール化技術を駆使することにより実現した。メーカーの研究開発現場や品質管理部門、大学、研究機関、校正機関などでの高精度の電圧測定が可能になるとともに、校正業務の飛躍的な効率化が期待される。
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開発した直流電圧標準器と使用イメージ |
エレクトロニクス産業の製造現場では、電気量を正確に測るための高精度な測定器が必要である。また、測定器の精度を高く維持管理するには、測定器の測定精度を検査・校正するための直流電圧標準器は極めて重要な機器である。
現在、国の電圧標準は、超伝導技術を用いたジョセフソン効果電圧標準器によって維持管理されており、限られた機種の大型の直流電圧標準器を介してユーザー(校正機関)へと標準供給されている。
近年、多くの製品やその製造には、電気を基本とした制御・駆動方式が用いられており、これまで以上に製造現場での電圧測定が必要とされている。このため、正確で高度な電圧測定を、場所を問わずに行える小型の直流電圧標準器が求められていた。
産総研は、日本の国家計量標準機関として、世界的にも高い水準の国家標準の開発や産業界に求められるトレーサビリティ体系の構築を進めてきた。直流電圧の分野では、量子力学的な原理にもとづいたジョセフソン効果電圧標準を早くから実現するとともに、その改良や研究、電圧標準器の精密測定技術の開発に取り組んできた。
エーディーシーでは、デジタル・マルチメーターをはじめとする電気計測機器の開発や高精度・高機能化に取り組んでいたが、それらの機器性能を決める上で重要な鍵となる電圧の基準源モジュールの経時安定性を詳細に評価するには、半導体技術を用いた従来の測定器では限界があった。
そこで、産総研のジョセフソン効果電圧標準器を用いた精密測定技術と、エーディーシーの電圧基準源モジュール実装技術を組み合わせることで、直流電圧標準器の独自開発とその評価、最高水準の高安定性の実現を目指すこととした。
今回、直流電圧標準器に必要なツェナーダイオード素子の経時変化特性を、ジョセフソン効果電圧標準器を用いて評価した(図)。複数の評価結果から、特性の良好な素子を選別し、温度制御用モジュールへと実装した後、温度係数の評価、改善等を行った。このようにして開発された直流電圧標準器は、小型の直流電圧標準器としては世界最高水準の性能を持つ。開発した標準器の出力電圧は7.2 Vと10 Vであるが、7.2 V出力では、経時安定性は±1 ppm(100万分の1)/年、温度安定性は、±0.02 ppm(1億分の2)/℃、10 V出力では、経時安定性は±2 ppm(100万分の2)/年、温度安定性は、±0.03 ppm(1億分の3)/℃という高い性能を持っている。これは、現在市販されている最上位の直流電圧標準器の10 V出力での経時安定性(±2 ppm/年)、温度安定性(±0.04 ppm/℃)と同等または上回る性能である。
また、これまでの標準器では、電源を一度切ると、再び電源を入れてから安定して使用できるまでに相当な時間(数十時間)がかかってしまうことが一番の問題点であった。さらには、標準器の電源を切ると直近の校正値が保証されなくなるため、高い精度でのトレーサビリティを必要とする場合には、校正を改めて行うことが必要であった。
そこで、今回開発した直流電圧標準器では、小型脱着式モジュール(本体)と複数の拡張ユニット(バッテリー・パック)の構成を取ることで、一切電源を切らずに40時間以上の駆動ができるよう開発した。本体を拡張ユニットに装着すると、AC電源に接続しなくても長時間バッテリー駆動で標準電圧出力を得られるため、AC電源からの雑音が重畳しない正確な測定を行える。また、従来より大幅に小型化した本体は20分間の電源保持ができるバッテリーを内蔵しているので、必要な場所毎に拡張ユニットを用意しておけば、電源を保持した状態で本体だけを移動させることができる。本体を拡張ユニットから抜き出し、別に用意された拡張ユニットに差し込むことで連続した校正業務ができるため、業務の大幅な効率化が期待される。
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図 直流電圧標準器用素子(単体)での評価データの一例 |
今後、産総研とエーディーシーは、今回、共同で開発した直流電圧標準器を高精度なデジタル・マルチメーターや電圧/電流発生器などの測定器の基準電圧源として使用できるようにしていく予定である。