国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)マルチマテリアル研究部門 古嶋亮一 主任研究員、中島佑樹 主任研究員、福島学 研究グループ長、周游 主任研究員、大司達樹 招聘研究員、平尾喜代司 招聘研究員は、使用原料の種類・成形方法・焼結条件などの製造プロセス情報を用いて窒化ケイ素セラミックス焼結体の熱伝導率を高精度に予測する人工知能(AI)技術の確立に成功しました。同材料は電力の変換と制御を高効率で行う次世代パワーモジュールに搭載される絶縁放熱基板への使用が期待されています。絶縁放熱基板に用いられる窒化ケイ素セラミックスには高い熱伝導率が求められ、その製造には、原料に含まれるわずかな不純物量(0.01%以下)にも配慮した非常に複雑で高度なプロセスが必要となります。この製造条件の複雑さから、製造した窒化ケイ素セラミックスの熱伝導率の予測は極めて困難でした。今回、窒化ケイ素セラミックスを製造する際に使用する原料粉や添加粉の種類や割合、焼結助剤の種類や添加量、窒化条件、焼結条件などの情報を、産総研中部センターが長年をかけて蓄積した同材料の熱伝導率に関する研究知見を組み込んだ形でAIに学習させることで、これら製造プロセスの情報から熱伝導率を高精度に予測するAI技術を開発しました。この技術の一部は、2023年12月19日に「Ceramics International」誌に掲載されました。
自動車や鉄道のモーター駆動制御、太陽光発電などでは、電気の直流から交流への変換やモーターの回転数の制御など電気制御を行うためのパワーモジュールが用いられています。電気制御はパワーモジュールに組み込まれた半導体で行われますが、半導体は通電により発熱するため、外部に熱を逃がすヒートシンクが取り付けられています。半導体とヒートシンクの短絡を防ぐため、熱は通すが電気を通さない絶縁放熱基板の材料としてセラミックス材料の一つである窒化ケイ素が注目されています。しかし、窒化ケイ素をパワーモジュール用の絶縁放熱基板として用いるためには、熱伝導率のさらなる向上が必要です。窒化ケイ素の熱伝導率を向上させるには、(1)窒化ケイ素の粒子間に融液を形成する焼結助剤とともに高温で焼き固めることによる高密度化、(2)焼結助剤融液が窒化ケイ素粒子の溶解・再析出を促すことによる粒子サイズの増大、(3)熱伝導率を下げるフォノン散乱の原因となる原料粒子内部の不純物の除去、が望まれます。高い熱伝導率を得るには、これらを同時に達成する最適な焼結条件と焼結助剤を選択することが必要です。しかしながら、焼結助剤の種類や添加量、その組み合わせを含めた成形条件や焼結温度・圧力・時間などの焼結条件により窒化ケイ素の熱伝導率は30~180 W(mK)-1の範囲で大きく変化します。このため現状では、専門家の長年の経験に基づいた焼結助剤や焼結条件の選択に加え、網羅的な試作と物性の評価が行われています。このような背景から、近年の絶縁放熱基板用窒化ケイ素の需要拡大に対応するために、無数にある製造条件から最適な製造プロセス条件を迅速に選択する技術として、機械学習などのAI技術を活用し、材料開発を加速することが期待されています。しかし、窒化ケイ素の熱伝導率に影響を与える製造プロセス因子は種々存在し、その全ての因子を統一的に取り扱うことが困難であるため、目的の熱伝導率を有する窒化ケイ素の設計に貢献するプロセス・インフォマティクスの報告例は皆無でした。
絶縁放熱基板としては、セラミックス材料の中で熱伝導率に優れる窒化アルミニウムと機械的特性に優れる窒化ケイ素が汎用(はんよう)的に使用されています。その中で、産総研は材料の破壊靱性(じんせい)が絶縁放熱基板の寿命に大きな影響を与えることを明らかにし、より機械的特性に優れる窒化ケイ素の高熱伝導率化に取り組んできました。2011年には窒化アルミニウムの3倍以上の破壊靭性を有し、かつ当時世界で最も高い熱伝導率を持つ窒化ケイ素セラミックスを開発しました(2011年9月6日 産総研プレス発表)。また、同セラミックスの絶縁破壊強度を調べ、ミクロンレベルの超極薄基板であっても次世代電気自動車の作動電圧で使用可能であることを世界で初めて実証しました(2021年11月25日 産総研プレス発表)。さらに、AIにより窒化ケイ素セラミックスの破壊靭性を組織画像から高精度に予測する技術を世界で初めて見いだしました (2022年9月30日 産総研プレス発表)。本研究では産総研が有する高度なノウハウと長年の知見を活用し、製造プロセス情報から熱伝導率を精度よく予測できるAI技術の創出を目指しました。これにより窒化ケイ素焼結体の試作や熱伝導率の測定に要する労力や時間を削減できるため、材料開発を迅速化することが可能になります。
窒化ケイ素の熱伝導率は、気孔・粒界ガラス相・微細粒子・成長した柱状粒子などの複雑な微細組織や、粒子内部の不純物量の影響を大きく受けます。また微細組織や不純物量は、1)使用する主原料である窒化ケイ素あるいはシリコン粉末の種類やその添加量、2)1と混合する複数の焼結助剤の種類とそれらの混合割合、3)混合・成形条件、4)窒化・焼結条件、などの組み合わせが無数にある製造プロセスの影響を大きく受けます。窒化ケイ素の熱伝導率は、これらの製造プロセスがわずかに違うだけで大きく変化するため、AIによる予測が困難でした。今回開発した手法は、原料や焼結助剤の種類など単純な数値化では熱伝導率を正確に予測するための説明変数として機能しないような変数を、窒化ケイ素セラミックスの熱伝導率に関する研究知見を生かして熱伝導率に関連する特殊な数値に置き換えてAIに学習させることで、製造プロセスから窒化ケイ素の熱伝導率を精度よく予測するAI技術です。
まず、産総研で作製した63個と各種論文で報告されている111個を足した計174個の窒化ケイ素焼結体の製造プロセスデータから原料粉末の条件、焼結助剤の条件、窒化条件、焼結条件を数値化したものと、得られる窒化ケイ素焼結体の熱伝導率(44~156 W(mK)-1)を組み合わせたデータセットを構築しました。その174個のデータセットの一部を用いて機械学習させることで熱伝導率の予測モデルを構築し、残りのデータでそのモデルの予測精度を検証しました。その結果、産総研の培った焼結助剤の知見を組み込まない予測モデルを用いた場合は、決定係数(R2)が0.7未満とそれほど高精度の予測ができなかった(図1(a))のに対し、焼結助剤の知見を組み込んだ予測モデルを用いた場合は、R2が0.8を超え、予測の精度が向上しました(図1(b))。通常、このレベルの予測精度を得るにはサンプル数が数百から数千程度必要ですが、産総研の専門家の知見を組み込むことで通常よりかなり少ないサンプル数で、熱伝導率が予測できるAIを開発することができました。
図1 熱伝導率の実測値と予測値の関係
(a)焼結助剤の知見無し (b)焼結助剤の知見有り
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
また、熱伝導率の予測に用いた各説明変数の熱伝導予測の予測精度向上に寄与する度合い(重要度)についても分析しました。その結果、焼結助剤の知見を組み込んだ予測モデルでは、最も重要な製造プロセス因子は焼結時間ですが、焼結助剤の影響と窒化時間が同等レベルで次に重要な因子でした(図2)。このことから窒化ケイ素セラミックスの熱伝導率は焼結条件が最優先で検討すべき事項であるものの、焼結助剤の選択も極めて重要であることが示唆されました。
図2 各説明変数の重要度
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。
今回開発したAIにプロセス条件を入力することで、種々のプロセス条件での実験を行うことなく極めて短時間(数秒)で特性値の算出が可能です。また、本AI技術は、対象としている材料に関する研究知見を組み込んだことにより、予測モデルの作成に必要なデータを得るための実験回数が従来よりもずっと少なく済みます。この技術を応用することで、数か月単位の莫大(ばくだい)な時間を必要とする従来の仮説検証型開発を行うことなく、入力した製造プロセス条件の中から短時間で最適条件を探索することが可能となり、セラミックス材料開発の迅速化が期待されます。
開発した新規AI技術を基に、より広範囲のプロセス条件に対応する熱伝導予測AIへの拡張、強度や破壊靭性、絶縁耐圧など複数種類の特性を同時に予測するマルチ特性予測AIの開発、所望の物性を得るための製造プロセス条件を自動的に抽出する逆解析への応用が次の課題となります。また、開発したAI技術は、窒化ケイ素以外のセラミックス材料への適用も目指していく予定です。本AI技術をさらに発展させて、製造工程の高速かつ効果的な探索を実現し、材料開発の革新に貢献します。
掲載誌:Ceramics International
論文タイトル:Thermal conductivity prediction of sintered reaction bonded silicon nitride ceramics using a machine learning approach based on process conditions
著者:Ryoichi Furushima*, Yuki Nakashima, You Zhou, Kiyoshi Hirao, Tatsuki Ohji, Manabu Fukushima
DOI:https://doi.org/10.1016/j.ceramint.2023.12.231