発表・掲載日:2011/09/06

極めて高い熱伝導率を持つ窒化ケイ素セラミックス

-パワーデバイス用回路基板への展開に期待-

ポイント

  • 177 W/(m·K)の高い熱伝導率を、機械特性に優れる窒化ケイ素セラミックスで達成
  • 粘り強さをあらわす破壊靱性は窒化アルミニウムセラミックスの3倍以上
  • 柱状粒子が絡み合った構造を持ち、窒化アルミニウムよりも強度が高い

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下、「産総研」という)先進製造プロセス研究部門【研究部門長 村山 宣光】エンジニアリングセラミックス研究班 平尾 喜代司 研究班長、周 游 主任研究員らは、電気化学工業株式会社【代表取締役社長 吉高 紳介】(以下、「電気化学工業」という)ならびに日本ファインセラミックス株式会社【代表取締役社長 若林 俊克】(以下、「日本ファインセラミックス」という)と共同で、窒化ケイ素(Si3N4)セラミックス熱伝導率を従来品に比べて飛躍的に高めることにより、高熱伝導率、高強度、高靱性を兼ね備えたセラミックスを開発した。

 パワーモジュール用の回路基板には放熱のために高い熱伝導率が必要である。窒化ケイ素は高強度、高靭性であるが、従来の製造技術では、高い熱伝導率と優れた機械特性を併せ持つ窒化ケイ素材料を製造することは極めて困難であった。

 今回、1400 ℃付近でシリコン粉末の成形体を窒化させたあと、高温で緻密化を行う、いわゆる「反応焼結・ポスト焼結手法」を用いることによって、177 W/(m·K) という世界で最も高い熱伝導率を持つ窒化ケイ素セラミックスを作製することに成功した。パワーモジュール用の放熱基板として汎用的に用いられている窒化アルミニウムセラミックスの熱伝導率は、おおよそ170~230W/(m·K)であり、この範囲内に窒化ケイ素焼結体の熱伝導率を向上させることができた。また、材料の強度は窒化アルミニウムより高く、粘り強さを示す破壊靱性は窒化アルミニウムの3倍以上であった。柱状粒子が絡み合った構造を持つことが優れた機械特性に寄与している。

 なお、この研究内容の詳細は「Advanced Materials」誌にオンラインで発表される予定である。

開発した高熱伝導率窒化ケイ素の破断面の電子顕微鏡の写真
開発した高熱伝導率窒化ケイ素の破断面の電子顕微鏡写真

開発の社会的背景

 近年、パワーエレクトロニクスの進歩により、電力の変換と制御を高効率で行うパワーデバイスが急速に普及してきた。高出力のデバイスとしては産業用ロボット、電車など輸送機器のモーター制御に活用されている。さらに、自動車動力のハイブリッド化、電気モーター化の流れが急速に進み高出力パワーモジュールの市場が急速に広がりつつある。

 パワーモジュールは、数十から数百kWの大電力の変換・制御を行うため、その回路基板には高い絶縁性、放熱性、耐熱性が要求される。窒化アルミニウム (AlN) 基板は約200 W/(m·K) の高い熱伝導率を持ち、車載用インバーターなど出力密度の高いパワーモジュールの回路基板に使用されてきた。しかし、パワーモジュールの出力密度は年々高くなっており、また、自動車などに搭載される場合、大きな温度変化にさらされ、さらに、接合部分には高い応力が発生するため、回路基板には高い熱伝導率に加えて優れた機械特性も強く求められるようになってきた。

 図1に、現在市販されているアルミナ基板、窒化アルミニウム基板、窒化ケイ素基板の強度と熱伝導率(図1-a)および破壊靱性と熱伝導率(図1-b)の関係を示す。窒化アルミニウム基板は高い熱伝導率を持つものの窒化ケイ素と比べて、機械特性(強度と破壊靱性)が低い。一方、窒化ケイ素は優れた機械特性を持つものの、熱伝導率が窒化アルミニウムの半分以下である。しかし、窒化ケイ素の理論熱伝導率は200 W/(m·K)を超えると予測されており、優れた機械特性と高熱伝導率を併せ持つ次世代の回路基板材料として、窒化ケイ素セラミックスの熱伝導率向上が強く求められていた。

市販のセラミック放熱基板及び開発窒化ケイ素の特性比較の図
図1 市販のセラミック放熱基板及び開発窒化ケイ素の特性比較

研究の経緯

 産総研は、窒化ケイ素セラミックスの製造プロセス、微細構造、熱伝導率の関係について長年にわたり基礎的な研究を行ってきた。2001年には、窒化ケイ素マグネシウム(MgSiN2)を窒化ケイ素の焼結助剤として用いて約150 W/(m·K)の熱伝導率を持つ焼結体の作製に成功している(2001年7月9日産総研プレスリリース)。

 しかし、窒化ケイ素マグネシウムの添加で高熱伝導が達成されたものの、150 W/(m·K)の高熱伝導窒化ケイ素焼結体においては焼結過程で極めて粗大な粒子が成長し、強度と破壊靱性が大きく低下するという課題があった。

 2009年からは産総研の基礎的な知見を基に、総合素材メーカーであり非酸化物セラミックスにも高い技術を有する電気化学工業ならびにセラミック基板や産業機械用セラミックス部材などの製造・販売を行っている日本ファインセラミックスと共同で、優れた機械特性と高熱伝導率を併せ持つ窒化ケイ素セラミックスの研究開発を進めてきた。

研究の内容

 絶縁体セラミックスの中では、熱は結晶の格子の振動(フォノンと呼ばれる)によって伝わる。このため、結晶中の格子欠陥(空孔、異種元素の置換など)があるとフォノンが散乱され熱伝導率が著しく低下する。ダイヤモンド(理論熱伝導率:2000 W/( m·K))や窒化アルミニウム(理論熱伝導率:320 W/(m·K))のように、原子間の結合が強く、軽い元素で構成され、対称性の高い結晶は、フォノンが伝わりやすく高い熱伝導率を持つ。同様に、純粋な窒化ケイ素結晶の熱伝導率は200 W/(m·K)を超えると予想されている。

 窒化ケイ素は、それ自身では焼結が難しい難焼結材料として知られている。従来の製造技術では窒化ケイ素粉末を原料とし、焼結助剤として主に酸化イットリウム(Y2O3)などの希土類酸化物を添加し、高温で焼結して柱状粒子の発達した緻密なセラミックスが作製される。しかし、市販の高純度窒化ケイ素粉末には、粒子表面の酸化により約1 重量% 程度の酸素が不純物として含まれている。この不純物酸素が、焼結の過程で窒化ケイ素結晶内部にも移動、固溶してフォノンの散乱要因となって、熱の伝導を阻害するため熱伝導率が高くならない。出発原料中の酸素量を低減させれば窒化ケイ素粒子内部の固溶酸素量を低く抑えられるが、不純物酸素は、窒化ケイ素粒子の表面酸化によるものであり、焼結性に優れた微粉末では不純物酸素量の低減は困難である。この問題を克服するため、今回の開発では、希土類酸化物を主体とする焼結助剤を含む高純度シリコン粉末の成形体を1400℃付近で窒化させたあと、高温、高圧の窒素中で緻密化を行う「反応焼結・ポスト焼結手法」に着目し、熱の伝導を阻害する粒子内部の不純物や粒界相の量を低減させて粒成長を抑制するプロセスを検討した。この手法では、1)原料粉末として不純物酸素の少ないシリコン粉末を使用できること、2)シリコン粉末成形体は寸法変化なしで窒化が進むため、反応焼結後には比較的高い相対密度(約80%)の窒化体が得られ、その後のポスト焼結による緻密化が容易であること、3)シリコン粉末と窒素との反応による窒化ケイ素への転換とその後の緻密化を、一連の工程で空気に触れさせずに行うことができるため、粉末の酸化を抑えて、最終的に得られる焼結体の窒化ケイ素粒子内部の不純物酸素量を大きく低減させることができる、といった利点が考えられる。

 熱の伝導を阻害する粒子内部の不純物や粒界相の量を最小にするように、窒化反応やポスト焼結などのプロセス因子を最適化した結果、177 W/(m·K) の高い熱伝導率の窒化ケイ素セラミックスを作製することに成功した。機械特性の評価が可能な約40×40×5 mm程度の大きさの焼結体を作製することができ、焼結体について強度と破壊靱性の評価を行った。図1の赤丸印で示したように、今回開発した材料は、高い熱伝導率に加えて窒化アルミニウムを超える強度(3点曲げ強度:約550 MPa)をもち、破壊靭性(11 MPam1/2)は窒化アルミニウム(3 MPam1/2程度)の3倍以上であり、世界最高の高い熱伝導率と優れた機械特性を併せ持っている。図2に開発した材料の破断面の走査型電子顕微鏡写真(SEM写真)を示す。柱状に発達した窒化ケイ素粒子が絡み合った微細構造を持ち、これが高い破壊靱性をもたらしている。また、柱状粒子の大きさは比較的揃っており、極端に粗大な粒子は見られない。柱状粒子の成長を制御できたこと、ならびに高い破壊靱性が本材料の適切な強度の維持に寄与している。

開発した高熱伝導率窒化ケイ素の破断面の電子顕微鏡の写真
図2 開発した高熱伝導率窒化ケイ素の破断面の電子顕微鏡写真

今後の予定

 今後は、今回開発したプロセスを基に、高い熱伝導率と優れた機械特性を兼ね備えた窒化ケイ素回路基板の製造プロセスを確立し、パワーモジュール用など放熱性と優れた機械特性に基づいた信頼性が求められる基板材料としての実用化を図る。


用語の説明

◆窒化ケイ素セラミックス
焼結手法により窒化ケイ素粉末を緻密に焼き固めた焼結体を窒化ケイ素セラミックスと呼ぶ。窒化ケイ素は、非常に焼結が難しく、数%から十%程度の酸化物を焼結助剤として添加し、高温で生成する融液を介して緻密化を進行させる。
耐熱衝撃性、耐食性に優れ、高い強度、破壊靱性を持つ代表的な構造用セラミックスである。一方、近年は、本稿で解説したように高熱伝導率を発現させ、高熱伝導性、絶縁性、優れた機械特性を併せ持つセラミック放熱基板としての展開が期待されている。[参照元へ戻る]
◆熱伝導率
物質中の熱の伝わり易さを示す物理量。具体的には、単位時間に単位面積を通過する熱エネルギーを温度勾配で割った値であり、W/(m·K)の単位を持つ。[参照元へ戻る]
◆強度
材料に力が加えられたときに、材料が破断するまでに持ちこたえられる力。材料にたいして力を加える方法により、引張強度、曲げ強度、圧縮強度などが測定される。 [参照元へ戻る]
◆パワーデバイス、パワーモジュール
大電力の制御(整流、直流・交流変換、周波数変換、電流・電圧制御など)を半導体素子で行うデバイスを一般にパワーデバイスと呼び、整流ダイオード、パワートランジスタ(パワーMOSFET、絶縁ゲートバイポーラトランジスタ (IGBT))などがある。電力を制御するパワーMOSFETやIGBTなどのパワーデバイスの駆動回路や自己保護機能を組み込んだものがパワーモジュールである。[参照元へ戻る]
◆シリコン粉末成形体、窒化反応
シリコン粉末成形体をシリコンの融点(1410℃)以下で加熱すると、成形体の外形が変化することなく、窒化ケイ素粒子からなる成形体に転換させることができる。この時、個々のシリコン粒子の体積が窒化反応により約22%大きくなり、また試料の外寸が変化しないので、結果として、最初の成形体よりも密度の高い窒化体が得られる。予めシリコン粉末に窒化ケイ素焼結用の焼結助剤を添加しておくと、窒化後に、温度を上げ焼結(ポスト焼結と呼ばれる)を行うことにより、シリコンの窒化反応とその後の窒化体の焼結を一連のプロセスで行うことができる。[参照元へ戻る]
◆窒化アルミニウムセラミックス
焼結手法により窒化アルミニウム粉末を緻密に焼き固めた焼結体を窒化アルミニウムセラミックスと呼ぶ。窒化ケイ素と同様に難焼結性であるため、希土類酸化物などを焼結助剤として添加し緻密な焼結体が作製される。セラミックの中では熱伝導率が極めて高くまた優れた電気絶縁性を持つため、放熱基板やヒートシンク部材として使われる。[参照元へ戻る]
◆破壊靱性
材料のねばり強さを示す指標。材料中にキ裂を導入した際の、キ裂の進展に対する抵抗が破壊靱性である。一般にMPam1/2の単位で表される。破壊靱性の高い材料は、多少のき裂があっても強度を保持するが、一方、破壊靱性の低い材料は、小さなき裂の存在でも著しく強度が低下する。[参照元へ戻る]
◆焼結助剤
窒化ケイ素は、共有結合性が強く物質拡散が極めて遅いため、原料が微細であっても、そのまま成形体を高温に加熱したのでは、緻密化させることができない。そのため、高温で融液を生成する酸化物を微量添加し、生成した融液を介して緻密化を進行させる。このために添加する微量成分を焼結助剤と呼ぶ。なお、窒化ケイ素粒子の表面は極く薄い酸化層(シリカ層)で覆われており、代表的な焼結用原料粉末では、その不純物シリカ量は2%程度となっている。この不純物シリカと添加した焼結助剤が反応してシリカ系の液相を生成し、緻密化を促進する。[参照元へ戻る]
◆焼結(焼結体)
焼結とは、接触状態にある粒子を融点以下の温度に保持したときに、粒子系全体の表面エネルギーを減少する方向に、粒子の合体が進行し、成形体の気孔が外部に排除され、気孔の無い緻密な多結晶体セラミックスとなる現象を言う。多くのセラミックスは、微細な粉末からなる成形体を、焼結現象を利用して固める。焼結によって製造された緻密体を「焼結体」と呼ぶ。なお、焼結時の緻密化を促進、あるいは焼結体の組織を制御するために主原料に焼結助剤を添加する場合が多い。[参照元へ戻る]
◆3点曲げ強度
角柱状の試験片の下面に2箇所の支点を置き、2点間の中心に位置する上面の荷重点から荷重を加え、材料が破断したときに測定される最大曲げ応力。単位面積当たりの力で定義され、一般にMPa(= N/mm2) の単位で表される。[参照元へ戻る]

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