- ポリシロキサンの多孔質骨格とバイオポリマー架橋体を一つのゲル内に形成
- 重量比約10%のバイオポリマーとの共存により柔軟性が向上
- エアロゲル材料を用いた断熱材などの開発に貢献
開発した複合エアロゲルの外観と電子顕微鏡画像
※原論文(Angew. Chem. Int. Ed. DOI:10.1002/anie.202306518, Copyright 2023 Wiley-VCH.)の図を引用・改変したものを使用しています。
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)化学プロセス研究部門 竹下 覚 主任研究員、小野 巧 研究員は、ポリシロキサンと天然物由来のバイオポリマーを複合した多孔体(エアロゲル)の製造法を新規に開発しました。
この製造法は、多孔質のポリシロキサン骨格とバイオポリマー架橋体を同じ空間内で個別に形成させ、両者が数十ナノメートルのスケールで均質に複合した透明なエアロゲルの作製を可能にします。これにより、はっ水性と柔軟性の両立など、単一成分では実現できなかった機能をもつ多孔質材料を作ることができます。熱伝導率が静止空気のそれよりも低い断熱材などの開発に貢献します。
なお、この技術の詳細は、2023年7月19日(中央ヨーロッパ時間)に「Angewandte Chemie International Edition」に掲載されました。
将来の住宅や車などには、軽くて変形・加工しやすく、光を通すが熱を通さない透光型の断熱材が必要とされます。また、高度に集積が進む電子機器では、小型化に伴い効果的に熱を遮断する必要があり、既存の材料より熱伝導率の低い断熱材が欠かせません。このように、断熱材をはじめとする熱マネジメント材料へのさまざまな要求が高まり、従来の技術では対応できなくなりつつあります。
次世代の断熱材の有力候補として、エアロゲルが知られています。エアロゲルとは、約90%を超える高い空隙率で、数十ナノメートルの空孔をもつ多孔体のことです。緻密なバルク材料やマイクロメートル孔の多孔体と異なり、超軽量、低熱伝導率、低光散乱(透明)、独特なナノ空間などの特性を示します。これらの特性を生かした断熱材を筆頭に、CO2吸着材や触媒担体など、カーボンニュートラルに貢献する機能材料として、エアロゲルは注目されています。
現在、シリカやポリシロキサンを主な素材とするエアロゲルの研究やこれらを用いた断熱材の開発が、世界中で行われています。しかし、一部の特殊なポリシロキサン素材を除き、これらのエアロゲルは曲げ変形に弱く、もろいため、実用製品として普及していません。
産総研では、天然資源を主原料とするエアロゲルの開発に取り組み、バイオポリマーのキトサンを用いたエアロゲルと透明で柔軟な断熱材を開発してきました(2015年11月9日 産総研プレス発表、2017年9月4日 主な研究成果web掲載)。この材料は耐湿性に課題を抱えており、現在まで技術移転には至っていません。そこで、疎水性のポリシロキサンとバイオポリマーとの複合化に着目しました。バイオポリマーをナノファイバー状にするための処理を行った場合(セルロースナノファイバーなど)を除き、両者を均質に複合したエアロゲルを作ることは、これまで困難でした。今回、安価な水溶性バイオポリマーとポリシロキサンとの均質な複合エアロゲルを実現する手法を開発しました。
なお、本研究開発は、独立行政法人日本学術振興会科研費、基盤研究(B)22H01894による支援を受けています。
ポリシロキサン原料と水溶性バイオポリマーは化学的な性質が異なるため、両者を同時に固体化する場合、マイクロメートル以上のスケールで互いに分離した構造を作り、均質な複合体になりません。今回の手法では、同じ空間内で、ポリシロキサン骨格の形成とバイオポリマーの架橋(ゲル化)を別々の工程に分けて行います。図1のように、siloxane-firstとbiopolymer-firstと名付けた二つの手法を開発しました。Siloxane-firstでは、ポリシロキサン原料・バイオポリマー・界面活性剤・尿素(pH調整剤)の均一溶液からスタートし、先にpHを上げてポリシロキサン骨格を作ったのち、架橋剤(金属イオン)を加えてバイオポリマーを架橋します。Biopolymer-firstでは、同じ均一溶液に、先に架橋剤を加えてバイオポリマーを架橋したのち、pHを上げてポリシロキサン骨格を作ります。どちらの手法でも、最後にCO2を用いた超臨界乾燥で溶媒を除去し、エアロゲルを得ました。
図1 複合ゲルの作製法:siloxane-firstとbiopolymer-first
※原論文(Angew. Chem. Int. Ed. DOI:10.1002/anie.202306518, Copyright 2023 Wiley-VCH.)の図を引用・改変したものを使用しています。
疎水性を示す安価なポリシロキサン原料としてメチルトリメトキシシラン、安価で豊富な資源を有するバイオポリマーとして、アルギン酸、ペクチン、カラジーナン、カルボキシメチルセルロースを選択したところ、カルボキシメチルセルロースを除く三つのバイオポリマーにて、数十ナノメートルのスケールで均質に複合した透明なエアロゲルを得ることに成功しました。
特に、siloxane-firstで作製したポリシロキサン−アルギン酸の複合エアロゲルは、透明性とはっ水性に優れ、曲げ試験では、ポリシロキサン単体のエアロゲルと比べ、約2倍の曲げ変形が可能でした(図2)。また、biopolymer-firstで作製したポリシロキサン−カラジーナンの複合エアロゲルでも、透明性でやや劣るものの、同様の柔軟性の向上が見られました。これら複合エアロゲルは、もともと曲げに弱いタイプのポリシロキサン多孔体に、バイオポリマー架橋体が重量比で10分の1程度加わることで、柔軟性が顕著に向上することを示しています。
図2 (左)短冊状試料(4 mm~5 mm厚)を用いた3点曲げ試験の結果。曲げ挙動はかさ密度による影響が大きい。複数試料を作製してかさ密度とともに表示。(右)ポリシロキサン−アルギン酸の薄型試料は柔軟性と透明性、はっ水性を持ち合わせている。
※原論文(
Angew. Chem. Int. Ed. DOI:10.1002/anie.202306518, Copyright 2023 Wiley-VCH.)の図を引用・改変したものを使用しています。
また、ポリシロキサン−アルギン酸の複合エアロゲルで約13 cm角の検体(厚さ約5 mm)を試作し、熱伝導率を測定したところ、静止空気よりも低い値(22 mW/(m·K))を示しました。この材料は、かさ密度の最適化により、さらに低い熱伝導率を実現できる可能性があり、高性能・透光型の断熱材への応用が期待されます。
今後は、透明な複合体が得られたバイオポリマーと得られなかったポリマーとの違いを決める要因を追究します。多様な組み合わせを実現するため、バイオポリマーとポリシロキサンとの化学的親和性および生成した複合体の構造均質性の関係を調べ、複合メカニズムの包括的な理解を進めます。また、超臨界乾燥以外のゲルの乾燥法など、より産業応用に適した製造法を模索するとともに、断熱材や吸着材としての性能の評価に取り組みます。
掲載誌:Angewandte Chemie International Edition
論文タイトル:Biopolymer–Polysiloxane Double Network Aerogels
著者:Satoru Takeshita, Takumi Ono
DOI:10.1002/anie.202306518