発表・掲載日:2017/09/04

水をはじき、光を通し、つぶしても割れない断熱材を開発

-ナノ繊維系材料の耐湿性を向上させ、透明断熱材の実現に前進-

ポイント

  • 天然高分子のキトサンを素材とした高性能断熱材に撥水(はっすい)性を付与
  • キトサン系材料の課題であった水への弱さを克服し、実用化へ大きく前進
  • 住宅やビルの窓などに貼り付けられる光透過性断熱材としての応用に期待


概要

 国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)化学プロセス研究部門【研究部門長 濱川 聡】階層的構造材料プロセスグループ 竹下 覚 研究員、依田 智 研究グループ長は、エビやカニの甲殻から得られる天然高分子のキトサンを素材とし、撥水(はっすい)性、光透過性、柔軟性を兼ね備えた超低密度の多孔体(撥水エアロゲル)を開発した。

 この多孔体は表面が疎水化された微細なキトサン繊維の三次元網目構造からなり、超高空隙率(体積の96~97%が空隙)を示す。疎水化によって、従来の親水性キトサンエアロゲルの均質なナノ構造を維持しつつ、多糖類のナノ繊維からなる材料の課題である耐湿性を改善した。これにより、光透過性断熱材としての実用化の可能性を開いた。

 なお、この技術の詳細は、英国王立化学会の学術論文誌Nanoscaleに掲載されるが、それに先立ち、オンライン版が2017年8月21日(日本時間)に掲載された。

従来のキトサンエアロゲルと今回開発した撥水エアロゲルへの水滴滴下の様子(左)と撥水エアロゲルの電子顕微鏡写真(右)の図
従来のキトサンエアロゲルと今回開発した撥水エアロゲルへの水滴滴下の様子(左)と撥水エアロゲルの電子顕微鏡写真(右)
Reproduced from Nanoscale (2017) doi:10.1039/c7nr04051b with permission from the Royal Society of Chemistry


開発の社会的背景

 民生・家庭部門のエネルギー消費量の増加をうけて、建物の省エネルギー化が強く求められている。窓やガラス戸などの採光部は熱の出入りが大きく、冷暖房の効率を著しく低下させることから、採光部に利用できる断熱技術の開発は急務である。現状では複層ガラスや真空断熱窓などが利用されているが、重い、厚い、曲げられないなどの制約から、これらの適用範囲は新築住宅の一部に限定されている。また、高断熱性と光透過性をあわせ持つ材料として、超低密度のシリカゲル(シリカエアロゲル)があるが、非常にもろく割れやすいため、加工性の悪さ、破損しやすさ、粉末飛散などの問題から、窓用断熱材としては普及していない。断熱性、光透過性に加え、柔軟性や割れにくさを兼ねそなえた材料が実現すれば、建物のみならず、生活のさまざまな場面での省エネルギー化に大きく貢献すると期待されている。

研究の経緯

 産総研では、断熱性・光透過性・柔軟性を兼ね備えた新規材料として、キトサンを骨格とした超低密度の多孔体(キトサンエアロゲル)の開発に取り組んできた(2015年11月9日産総研プレス発表)。この多孔体は直径5~10 nmの微細なキトサン繊維が絡み合った三次元網目構造をもち、体積の約97%が空隙である。また、同じくバイオマス由来のセルロースを微細繊維に解きほぐした材料と比較し、よりシンプルなプロセスで多孔体を製造することができる。一方で、キトサンなどの多糖類高分子は、水との親和性が高い部位を分子内に多く含むため本質的に湿気に弱い。特に外気との接触面積が大きいキトサンエアロゲルは、空気中の湿気で変質するなど実用性に問題があった。今回、キトサンエアロゲルの耐湿性の向上に取り組んだ。

研究の内容

 キトサンにはアミノ基(NH2)と水酸基(OH)の2種類の親水性部位が含まれている。今回開発した技術では、従来のキトサンエアロゲルの均質な三次元網目構造を維持しつつ、アミノ基を架橋し、水酸基を疎水化剤で修飾して疎水化した(図1)。まず、キトサン水溶液に架橋剤を加えてアミノ基同士を架橋させて疎水化し、同時に溶液をゲル化する。このゲルに含まれる水を有機溶媒に交換したのち、水酸基をトリメチルシリル基(Si(CH3)3)で修飾して疎水化する。次いで高圧CO2を用いて溶媒を抽出して乾燥させると撥水エアロゲルが得られる。従来の乾燥プロセスでは溶媒としてアルコールを用い、アルコールとCO2が高圧で均一相を作ることを利用していた。しかし、アルコール/CO2系は高圧でプロトン(H+)を生成し、このプロトンは疎水基を分解・除去してもとの水酸基に戻してしまう。そこで、プロトンを生成しないアセトン/CO2系を用いて、疎水基をそのままに乾燥させる乾燥プロセスを確立した。

撥水エアロゲルの製造プロセスの図
図1 撥水エアロゲルの製造プロセス

 図2に示すように、従来のエアロゲルは接触した水滴をすぐに吸収して、不可逆な体積収縮を起こす。一方、今回開発した撥水エアロゲルは、滴下した水滴をはじき内部へ浸透させない。キトサンエアロゲルの撥水性は疎水基の導入量に依存し、全水酸基の20~30%を疎水基で修飾した場合は約120°の水滴接触角を示した。また、従来のキトサンエアロゲルと同等の高い空隙率(96~97%)のナノ構造と光透過性(厚さ1 mm相当に換算して波長800 nmで透過率78%)は維持されていた。

従来のエアロゲル(上)と撥水エアロゲル(下)に、上部から水滴を滴下して10秒間保持した際の様子の図
図2 従来のエアロゲル(上)と撥水エアロゲル(下)に、上部から水滴を滴下して10秒間保持した際の様子。
従来のエアロゲルには水滴がすぐに浸透したのに対し、撥水エアロゲルは着適した水滴がそのまま維持されている
Reproduced from Nanoscale (2017) doi:10.1039/c7nr04051b with permission from the Royal Society of Chemistry, adapted with permission from Biomacromolecules, 18, 2172 Copyright (2017) American Chemical Society

 また、撥水エアロゲルの圧縮挙動を調べたところ(図3)、疎水基導入量に関わらず、90%程度以上の圧縮変形でも割れずに均一に圧縮された。これは、キトサン繊維を疎水化しても、三次元網目構造による機械的強靭さが保持されていることを示す。

撥水エアロゲルの圧縮挙動の図
図3 撥水エアロゲルの圧縮挙動
Reproduced from Nanoscale (2017) doi:10.1039/c7nr04051b with permission from the Royal Society of Chemistry

今後の予定

 今後は光透過性断熱材としての実用化を目指し、条件を最適化して透明性をより一層向上させる。また、信頼性の高い断熱性能評価ができる大型試料の製造と、製造プロセスの低コスト化・高速化に取り組む。

問い合わせ

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
化学プロセス研究部門 階層的構造材料プロセスグループ
研究員  竹下 覚  E-mail:s.takeshita*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)
研究グループ長  依田 智  E-mail:s-yoda*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)



用語の説明

◆キトサン
エビ、カニ、昆虫などの甲殻の主成分であるキチンを、アルカリ水溶液で処理して得られる天然由来の高分子。キトサンは安価で豊富な原料があることや、生体親和性や環境調和性などが高いことなどから、生体材料の支持体、再生医療素材、廃水処理用凝集剤、吸着材、飼料などに利用されている。なお、国内の市販キトサンの大部分は廃棄されたカニ殻から製造されている。[参照元へ戻る]
キトサンの構造式の図
キトサンの構造式
◆シリカエアロゲル
体積の90~98%が空隙である超低密度のシリカゲルの総称。直径10~20 nmのシリカ(SiO2)微粒子が連なった構造で、数10 nmの幅の細孔を持つ。低密度のため固体部分の熱伝導が極めて小さいことに加え、細孔内部の空気の運動が制限されていることから、非常に低い熱伝導率(0.012~0.02 W/(m・K))を示す。さらに、シリカ微粒子や細孔が可視光の波長よりも小さく、可視光を散乱しないため、光透過性が高い。
なお、「エアロゲル」は超低密度の乾燥多孔体を示す総称であり、材質がキトサンであれば「キトサンエアロゲル」と呼ばれる。[参照元へ戻る]
◆水滴接触角
固体表面に水滴を滴下した際、水滴が固体に接触する場所で水滴液面と固体表面がなす角度のこと(図中のθ)。空気中の固体の表面張力、空気中の水滴の表面張力、固体と水滴の界面張力の3者で決まり、一般に接触角が小さいほど固体の親水性が高く、大きいほど固体の疎水性が高い。[参照元へ戻る]
水滴接触角の説明図


関連記事