国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)化学プロセス研究部門【研究部門長 濱川 聡】階層的構造材料プロセスグループ 竹下 覚 研究員、依田 智 研究グループ長は、天然高分子のキトサンを素材とした柔軟で透明な高性能断熱材を開発した。
この断熱材は、直径5~10 nmの微細なキトサン繊維が三次元的に均一に絡み合った構造をしており、既存の透明断熱材であるシリカエアロゲルに近い透明性と断熱性に加えて、シリカエアロゲルにはない柔軟性をあわせ持つ。既存住宅の窓を高断熱化する断熱シートや、自動車の窓の断熱層などへの応用が期待される。
なお、この断熱材の詳細は、アメリカ化学会の学術論文誌Chemistry of Materialsに掲載されるが、それに先立ち、オンライン版が2015年11月7日(日本時間)に掲載された。
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開発した柔軟で透明な断熱材の構造モデル(左)と電子顕微鏡写真(右) |
住宅や自動車の窓は熱エネルギーの出入りが多い箇所であり、冷暖房に必要なエネルギー消費を抑制する上で大きなネックとなっている。近年では、エネルギー消費量を抑制するために積層ガラスや真空断熱窓などの技術が新築の住宅を中心に利用されているが、重い、厚い、曲面への対応が困難、施工が大がかりで高コストであるなど、既存の住宅や自動車への適用には課題が多い。また、他の用途でも冷暖房のエネルギー消費量を抑制しうる材料として、透明性と断熱性、柔軟性をあわせ持つ材料が望まれているが、技術的なハードルが高く、これまで実用化されていない。透明性と断熱性をあわせ持つ材料に、超低密度のシリカゲル(シリカエアロゲル)があるが、柔軟性を持たず非常に脆く割れやすい材料であるため、加工性や機械的強度に問題があり、窓用の断熱材として広く普及するには至っていない。
産総研では、高性能断熱材の開発と普及を目的として、シリカエアロゲルの製造プロセスや、シリカエアロゲルと発泡ポリマーとの複合断熱材の開発を行ってきた。高い断熱性と柔軟性、透明性を両立するためには、シリカのように固く脆い無機物ではなく、柔らかく繊維質のポリマーを素材に用いて低密度な固体を作製する手法も考えられる。近年ではこのような繊維質のポリマーとして、植物繊維を解きほどいたセルロースナノファイバーを素材とする断熱材の研究が国内外で先行して行われ、シリカエアロゲルに近い断熱性を示すことが実証されている。今回、よりシンプルなプロセスで柔軟で透明な断熱材を作製することを目指して、研究開発を行った。
今回新たに開発した柔軟で透明な断熱材は、セルロースと類似した分子構造を持つ天然高分子であるキトサンを素材とし、特殊な触媒などを用いない製造プロセスにより作製される(図1)。キトサンを薄い酢酸に溶かし、次いで、ホルムアルデヒド水溶液を加えてキトサンの分子同士を化学的に結合させて湿潤なゲルを作製した。このゲルに含まれる水溶液をメタノールに交換したのち、高圧CO2を用いた乾燥プロセスによってメタノールを除去して、断熱材を作製した。この断熱材は、最も軽いもので体積の97 %が空気からなる超低密度なエアロゲルであり、直径5~10 nmの微細なキトサン繊維が三次元的に絡み合った均質な構造を持つ。この構造は均質で100 nm以上の大きさのムラがないため、可視光を散乱せず透明である。なお、断熱材はキトサン分子同士の化学結合に起因して黄色く着色していた。この着色は、原料のキトサン水溶液とホルムアルデヒド水溶液の濃度を低くし、断熱材がより低密度になると希薄になった。
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図1 今回開発した柔軟で透明な断熱材の製造プロセス(上)と外観写真(下) |
次に、今回開発したキトサンエアロゲルからなる断熱材の柔軟性を圧縮試験により評価した。シリカエアロゲルは10 %程度の変形で割れてしまうのに対し、今回開発した断熱材は95 %以上でも割れずに均一に圧縮された(図2左)。特に薄い断熱材は手で曲げることもでき(図2右)、高い柔軟性を持つことがわかる。また、開発した断熱材は低密度のものほど熱伝導率が低く、最も低いもので0.022 W/(m・K)であった。この値はグラスウール(0.04~0.05 W/(m・K))や発泡ポリスチレン(0.03~0.04 W/(m・K))などの市販の柔軟断熱材よりも優れ、シリカエアロゲル(0.012~0.02 W/(m・K))に近い断熱性能を示している。
今回開発した柔軟で透明な断熱材であるキトサンエアロゲルは、安価で環境調和性の高い素材からなり、酢酸への溶解とゲル化といったシンプルなプロセスで製造できる。また、優れた断熱性能と透明性、柔軟性をあわせ持つことから、既存の住宅の窓にも容易に後付けできる断熱シートや、曲面への対応や薄さ、軽量性が要求される自動車や飛行機の窓ガラスの断熱層など、幅広い用途での透明断熱材としての展開が期待できる。
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図2 今回開発した柔軟で透明な断熱材の圧縮挙動(左)と、薄い試料を折り曲げた様子(右) |
今後は、着色の解消に取り組み、透明性や柔軟性を一層向上させるとともに、窓用断熱材としての実用化を目指し、耐湿性・耐候性の評価と改善を行う。また、独特の絡み合い構造を活かして、防振・防音材料、分子吸着材料、各種複合機能材料への展開を検討する。