発表・掲載日:2023/02/16

水蒸気を含むガスから有機溶媒だけを回収する吸着材を開発

-5000 ppmvのメタノールガスを95wt%溶液へ濃縮-

ポイント

  • 青色顔料として使われるプルシアンブルーを改良し、メタノール分子を強く吸着する吸着材を開発
  • 一緒に吸着した水蒸気を脱離温度の違いを利用して除去し、メタノールを濃縮
  • 廃ガスに含まれ燃焼して処理されている有機溶媒の資源化に期待

概要図

水蒸気を含むガスからのメタノール回収・濃縮イメージ図


概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)ナノ材料研究部門 ナノ粒子機能設計グループ 首藤 雄大 研究員、川本 徹 首席研究員、髙橋 顕 主任研究員は、青色顔料として使われるプルシアンブルーを改良し、メタノールを回収・濃縮できる新しい吸着材を開発しました。メタノールは、プラスチックの原料や溶剤として化学工場で幅広く利用されています。メタノールは大気中に放出されるとPM2.5などの大気汚染の原因となるため、燃焼などにより無害化処理されています。資源として回収されていない主な理由は、メタノールを吸着材で回収しようとすると、メタノールと親和性の高い水蒸気も同時に吸着されるためです。水とメタノールは化学的性質が似ているため、従来の吸着濃縮の技術ではメタノールだけを取り出すことはできませんでした。そこで、水に比べてメタノールを強く吸着できる吸着材を開発しました。吸着材であるプルシアンブルーを構成する金属イオンの種類と組成をメタノールの分子構造に合わせて最適設計した結果、メタノールの吸着量は活性炭より5倍以上の値になりました。また、メタノール回収の際に同時に吸着してしまう水蒸気を70 ℃の加熱処理で除去でき、より強く吸着しているメタノールと分けることができます。水蒸気を除去したのちに、150 ℃に加熱することで、95wt%の高濃度なメタノールを液体として回収することができました。開発した吸着材は、無害化処理する必要があったメタノールなどの有機溶媒を再び資源として利用する資源循環型社会の実現につながると期待できます。

なお、この技術の詳細は、2023年2月16日(アメリカ東部時間)に「ACS Applied Materials & Interfaces」に掲載されます。


開発の社会的背景

有機溶媒は塗装や化学産業に必要不可欠な化学物質ですが、大気に放出されると揮発性有機化合物(VOC)として光化学スモッグやPM2.5の原因となることから、大気汚染防止法により排出濃度が規制されています。このため、工場で発生する廃ガス中の有機溶媒の多くは回収できれば資源として利用可能ですが、主に燃焼処理によりエネルギーを消費して二酸化炭素に分解されています。ペットボトルや空き缶などの固体ゴミを分別してリサイクルするように、廃ガスに含まれる有機溶媒も分離回収し、リサイクルすることが望まれます。

産総研は、エネルギーを使うこれまでの燃焼処理に替わり、廃ガス中の化学物質を回収して、資源として再利用する資源循環型社会の実現を目指しています。しかし、活性炭やゼオライトなどの吸着材では、水蒸気を含むガスから、メタノールのような親水性の有機溶媒を高濃度に吸着することが難しく、それを資源として回収することが困難でした。

 

研究の経緯

プルシアンブルーに代表されるプルシアンブルー類似体は多孔性配位高分子と呼ばれる物質群の中の一つで、金属イオンとシアノ基(CN)がジャングルジムのような構造を形成し、内部の空間にイオンや分子を吸着できる材料です。産総研は、プルシアンブルー類似体を用いて、アンモニアや放射性セシウムといった有用・有害物質を吸着する材料を開発してきました(原稿末尾の過去のプレスリリースを参照ください)。また、プルシアンブルー類似体が水だけでなく、メタノールやヘキサノールなどのアルコール分子を内部空間に吸着することも見出しています。

空気中だけでなく、多くの場合には廃ガスにも水蒸気が含まれています。水蒸気と共存しているメタノールを資源として再利用するためには、メタノールを高濃度に回収する必要があります。産総研ではプルシアンブルーの結晶構造を最適化させることで、水蒸気が共存する条件でもメタノールを吸着し、高濃度な液体として回収する吸着材の開発を目指してきました。

なお、本研究開発は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構の委託事業「エネルギー・環境新技術先導研究プログラム(2021~2022年度)」による支援を受けています。

 

研究の内容

今回の技術では、プルシアンブルー類似体のうち、マンガン(Mn)とコバルト(Co)がシアノ基で架橋されたMn[Co(CN)6]2/3(以下、Mn-Coプルシアンブルー)が、水蒸気を含む大気中の希薄な気体のメタノールを吸着することを発見しました。

まず、他の成分の影響を排除するため、純メタノールの希薄な蒸気を使って吸着量を測定しました。その結果、Mn-Coプルシアンブルーはメタノールに対する親和性が高く、活性炭ではほとんど吸着できないわずか濃度500 ppmvに相当するメタノール蒸気でも、25 ℃で1 kgあたり約300 gを吸着できました。さらに、水蒸気が共存するガスからの吸着性能をMn-Coプルシアンブルーと活性炭とで比較しました(図1(a))。各吸着材を詰めた25 ℃のカラムに水蒸気15000 ppmvとメタノール5000 ppmvを含む窒素ガスを流して、カラム出口のメタノール濃度を計測することで、メタノールの吸着量を算出しました。水蒸気も同時に吸着するためメタノール吸着量が減るものの、水蒸気共存下でMn-Coプルシアンブルーは1 kgあたり154 g吸着しました(図1(b))。これは同条件の活性炭の5倍以上の吸着量です。また、カラムを150 ℃に加熱することで、吸着したメタノールを脱離回収することができました。

図1

図1 (a) 25℃におけるMn-Coプルシアンブルーと活性炭のメタノール吸着量の濃度依存性(横軸はメタノール蒸気の圧力を大気圧中の濃度に換算した値)
(b) Mn-Coプルシアンブルー、ゼオライト、活性炭による水蒸気が共存する場合のメタノール吸着量(メタノール濃度5000 ppmv)
※原論文「Recovery of pure methanol from humid gas using Mn–Co Prussian blue analogues」の図を引用・改変したものを使用しています。

水蒸気を含むガスからメタノールを吸着させると、メタノールのみならず水蒸気も吸着します。ところがその脱離を調べたところ、水蒸気とメタノールで脱離する温度は大きく違うことが分かりました。その違いを利用して、70 ℃と150 ℃の二段階で脱離を試みました。その結果、吸着した水蒸気のほとんどを70 ℃で脱離させ、後段の150 ℃の脱離でメタノールを選択的に脱離させることができました。そして、脱離した気体は、室温に冷ますことで、95wt%の液体として回収することができました(図2(a))。回収したメタノールは、高濃度であるために直接燃焼が可能なだけでなく(図2(b))、燃料電池の燃料として発電にも利用することができます。

加えて、Mn-Coプルシアンブルーの比熱と脱離エネルギーなどから、今回の回収・濃縮プロセスの消費エネルギーを試算したところ、95wt%のメタノールを得るために必要なエネルギーはメタノール1 kgあたり18.9 MJであり、メタノール1 kgあたりの燃焼エネルギーの23 MJやメタノールを天然ガスから製造するエネルギーの約31 MJ[2]よりも低いことが分かりました。このように燃焼処理されていたメタノールを低エネルギーで回収できることから、本成果は有機溶媒の資源循環に貢献するものと期待できます(図2(c))。

図2

図2 (a)回収したメタノールと(b)実際に燃焼した様子の写真、(c)回収濃縮と燃焼、製造に係るエネルギーの比較
※原論文「Recovery of pure methanol from humid gas using Mn–Co Prussian blue analogues」の図を引用・改変したものを使用しています。

図3

図3 吸着脱離繰り返し試験
※原論文「Recovery of pure methanol from humid gas using Mn–Co Prussian blue analogues」の図を引用・改変したものを使用しています。

さらに、Mn-Coプルシアンブルーに対して吸着と脱離を繰り返す試験を10回行いました。その結果、回収できるメタノール量に変化は見られず、繰り返し使用しても劣化しない安定な吸着材であることが分かりました(図3)。

開発したメタノール吸着材は、水が存在していても、メタノールを吸着して高濃度に回収できます。メタノールを含む廃ガス・廃水を処理している化学工場やパルプ工場、製紙工場などから、資源としてメタノールを回収することが期待できます。

 

参考文献

[1] Tao, W.-H.; Yang, T. C. -K.; Chang, Y.-N.; Chang, L.-K.; Chung, T.-W.. J. Environ. Eng. 2004, 130, 1210–1216.
[2] 天然ガスからメタノールを大量生産する際のエネルギー量。Van-Dal, É. S.; Bouallou, C., J. Clean. Prod. 2013, 57, 38–45.

 

今後の予定

着と脱離の繰り返し数を増やすことにより、Mn-Coプルシアンブルーの使用可能回数を評価するとともに、さらなるメタノールの高純度化を目指します。連携企業を募り、共同研究を通じて実用化につなげたいと考えています。

カーボンニュートラル社会の実現を目指すうえで、二酸化炭素を還元したメタノールの利用が期待されています。メタノールの合成過程で副産物として水が生成するため、水を除去しメタノールだけを吸着して高濃度化する本技術の活用を検討します。

 

論文情報

掲載誌:ACS Applied Materials & Interfaces
論文タイトル:Recovery of pure methanol from humid gas using Mn–Co Prussian blue analogues
著者:Yuta Shudo, Setsuko Numano, Tohru Kawamoto, Akira Takahashi
DOI:10.1021/acsami.2c17799


用語解説

プルシアンブルー
18世紀初頭に発見された青色顔料。紺青とも呼ばれる。一般的な組成式はAyFe[Fe(CN)6]xzH2O(Aはカリウムイオンなどの陽イオン)で、配位高分子と呼ばれる物質群の一種。内部に空隙を持つジャングルジムのような構造を持ち、その空隙にアンモニウムイオンやセシウムイオンを取り込むことが知られている。[参照元へ戻る]
プルシアンブルー説明図
図4 プルシアンブルーの結晶構造模式図
メタノール
化学式CH3OHで表される最も単純なアルコール分子であり、人体に有害である。有機溶媒や化学合成の原料として用いられる。沸点が約65 ℃と水よりも低いため、水よりも気化しやすい。水と性質が近いため任意の割合で混ざり合う。濃縮するためには、一般に蒸留が必要となる。[参照元へ戻る]
PM2.5
大気中に浮遊した粒径が2.5 µm以下の微粒子状物質のこと。[参照元へ戻る]
資源循環型社会
消費した製品を廃棄するのではなく、資源として再利用する循環を目指す社会のこと。鉱石や化石燃料などの天然資源消費を最小限とすることで環境負荷をできる限り削減することを目指す。[参照元へ戻る]
揮発性有機化合物(VOC)
トルエンやメタノールなど大気に揮発しやすい有機化合物の総称。光化学オキシダントやPM2.5をもたらす原因の一つで、健康への悪影響を及ぼすため、日本では大気汚染防止法にて排出が規制されている。[参照元へ戻る]
廃ガス
工業生産の過程で生成し、不要となったガス成分。有害物質を含む場合には処理プロセスを経て大気へと放出される。[参照元へ戻る]
ゼオライト
多孔性結晶であるアルカリまたはアルカリ土類金属を含むアルミノケイ酸塩の総称。SiO4またはAlO4を基本単位として0.2~1.0 nmの細孔を有していることから分子の吸着に優れている。その高い吸着性能を生かして、工業用としても広く利用されている。[参照元へ戻る]
多孔性配位高分子
金属イオンと配位分子が規則的に配列することで三次元構造を形成し、ナノレベルの空孔を有する多孔性物質。金属イオンと分子の配位構造で微細空間を自由に設計することが可能。[参照元へ戻る]
Mn-Coプルシアンブルー
プルシアンブルー錯体構造中の窒素と結合している鉄をマンガンに、炭素と結合している鉄をコバルトに置換した化合物である。一般的な組成はAyMn[Co(CN)6]xzH2Oであり、今回の開発に用いた組成はMn[Co(CN)6]2/3・4.6H2Oである。結晶構造はプルシアンブルーと同じ立方晶である。[参照元へ戻る]
ppmv
体積の割合で100万分の1を意味する単位。Parts per million by volumeの略称。[参照元へ戻る]

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