独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノシステム研究部門【研究部門長 八瀬 清志】グリーンテクノロジー研究グループ 川本 徹 研究グループ長、田中 寿 主任研究員、北島 明子 産総研特別研究員は、大日精化工業株式会社【取締役社長 高橋 弘二】(以下「大日精化」という)、関東化学株式会社【代表取締役社長 野澤 学】(以下「関東化学」という)と共同で、安価な顔料であるプルシアンブルーを利用し、さまざまな用途に使用できる各種セシウム吸着材を開発した。
平成23年3月11日の東北地方太平洋沖地震に伴い発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故により、さまざまな場所で放射性セシウムが検出されている。この放射性セシウムの回収には、選択的にセシウムを吸着し、かつ多様な形態で使用できる吸着材が必要である。今回、産総研で独自に開発したプルシアンブルーのナノ粒子と市販品のプルシアンブルーを適切に使い分けることで、布状、液状、ビーズ状など、用途に合わせて使うことのできる各種セシウム吸着材を開発した。これらのセシウム吸着材によって、汚染水や土壌など環境中の放射性セシウムの除去に貢献できることが期待される。
なお、この成果の一部は、平成23年8月24日に、独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構の「福島県飯舘村現地水田ほ場における農地土壌等における放射性物質除去技術開発のための一連の試験」で使用される予定である。
|
図 プルシアンブルーを利用した各種セシウム吸着材 |
2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震に伴い発生した東京電力福島第一原子力発電所の放射性物質漏洩事故により、環境中に多くの放射性物質が放出され、大きな社会問題となっている。放出された放射性物質は主としてヨウ素131、セシウム134、セシウム137である。ただし、ヨウ素131は半減期が8日と短いため、長期的に問題となるのは半減期が約2年のセシウム134と、半減期が約30年のセシウム137の二種類であると考えられる。これらを人為的に無害化することは困難であり、対策としては、放射性セシウムを生活環境中から除去し、管理された区域に封じ込めるなどの方法が必要となる。この際に、放射性セシウムを選択的に取り込める吸着材が重要となる。
また、放射性セシウムは環境中の多様な場所に飛散しているため、その対象によって除染の方法が異なる。例えば、放射性セシウムを含んだ汚染水の浄化では、放射性セシウムを吸着する吸着材を充填したカラムに通水し、放射性セシウムを水から除去することなどが考えられる。放射性セシウム濃度が高い場合は、放射線に弱い有機高分子材料などを含有しない吸着材が望ましいが、放射性セシウム濃度が低い場合は、吸着後に体積を減らすことのできる吸着材が望ましい。一方、農作物が放射性セシウムを吸収することを防止するためには、セシウム吸着材を農地に散布し、放射性セシウムを吸着させる手法が考えられる。この場合は、土壌とセシウム吸着材の接触面積を増やすため、より微細な粒子を水に分散させて散布することが望ましい。このように、放射性セシウムの対策に必要とされる吸着材の形態は多様である。
セシウム吸着材としてはゼオライトなどの天然鉱物と並び、プルシアンブルーという顔料が知られている。プルシアンブルーは、高いセシウム吸着能力と共に、安価であること、金属置換により吸着能力をさらに改善できることなどの特徴を持つ。
産総研は、2005年頃からプルシアンブルーを利用した機能性材料・素子開発を進めてきた。その中で、原子力発電所で排出される放射性廃液から放射性セシウムを回収するシステム開発も行ってきた。特にプルシアンブルーやプルシアンブルー類似体のナノ粒子化と、それを利用した素子開発を進めてきた。
2011年3月以降、放射性セシウムの対策として、大日精化、関東化学と共にプルシアンブルーを利用した各種セシウム吸着材の開発に着手した。さらに、平成23年度科学技術戦略推進費「放射性物質による環境影響への対策基盤の確立」の中でセシウム除染の一手法として、農地などの除染に関する技術の開発に参加し、この事業の中で、ゼオライトなどのセシウム吸着材と比較して、プルシアンブルーが、加工性、即時調達性に優れている点を生かしてさまざまな吸着材の開発を担当している。本研究開発の一部は、この事業において実施されたものである。
今回、二種類のプルシアンブルー材料を適切に使い分けることでさまざまな形態のセシウム吸着材を開発した。材料の一つは産総研で開発を進めてきたプルシアンブルーのナノ粒子である。通常のプルシアンブルー材料は水に溶けないが、このナノ粒子は水に分散するため、分散液として利用できるほか、布の着色など、多様な用途に利用できる。さらに、粒径が約10ナノメートル(nm)と小さく、大きな比表面積を持つため高い吸着効率も期待できる。また、関東化学により、量産化の検討も進んでいる。もう一つは、大日精化製の「紺青」である。これも基本的な結晶構造はプルシアンブルーと同様であり、セシウム吸着機能を持つ。紺青は、年間約2500トンが生産されているため、即時の大量使用が可能である。また、芝生用着色剤として既に土壌散布に利用されている。図1、表1に今回開発した各種セシウム吸着材とその特徴・用途の概要を示す。
|
図1 プルシアンブルーを利用して作製した各種セシウム吸着材 |
表1 各種セシウム吸着材の特徴と用途 |
|
以下、それぞれの吸着材の特徴などを詳述する。
1. 無機ビーズ
紺青と酸化物などの無機材料を混練、加熱することにより、有機材料を含まないビーズを開発した。用途としては、浄水器、カラムなどに充填し、通水することによるセシウム吸着を想定している。樹脂などの有機高分子材料は一般的に耐放射線性が低いとされているのに対して、放射線に対する高い耐久性が期待される無機ビーズは、高濃度汚染水などへの適用が想定される。
2. 着色綿布
ナノ粒子分散液により木綿布を着色、乾燥することにより、セシウム吸着機能を持つ木綿布を作製した。プルシアンブルーナノ粒子は木綿の表面に付着しているため、機能するプルシアンブルーの比が大きく、高速にセシウムを吸着することが期待される。また、木綿は可燃物のため、放射性セシウムをプルシアンブルーに吸着後、焼却処理で木綿を除去し、プルシアンブルーのみを残すことで、放射性廃棄物を著しく減らすことが可能である。ゼオライトのような粒状吸着材と異なり、通水フィルターとして水路などへの設置も容易である。
3. 不織布
不織布製造の際に、材料に紺青を練り込むことにより、セシウム吸着機能を持つ不織布を作製した。不織布は内部空隙が大きく、通水、通風などのフィルター用途への利用が期待できる。着色綿布同様、粒状吸着材と異なり、水路などへの設置も容易である。
4. ナノ粒子分散液
プルシアンブルーナノ粒子分散液は、紺青に比べて粒径が小さいため、比表面積が大きく、吸着機能が高いことが期待される。また、上記着色綿布の着色剤など、吸着材製造の原料としても利用できる。さらに、凝集沈殿法における水溶性セシウム除去にも利用できる。
5. 紺青分散液
紺青を使用した芝用塗料をベースに、原料を調整することで、セシウム吸着用の紺青分散液を作製した。この分散液は、現在、福島県天栄村にて、農作物の放射性セシウム吸収阻害を目的として、畑、水田などに散布し、実証試験中である。また、凝集沈殿法による除染時に添加することで水溶性セシウムを沈殿させる用途にも利用できる。
一般に、セシウム水溶液からセシウムを吸着する能力の判断基準として、分配係数(Kd)がある。着色綿布や不織布のようにほかの材料との複合体に加工するとKdは低くなるが、今回開発したセシウム吸着材はどれも概ね10,000 mL/g以上のKdを示した。これは、加工を加えていないゼオライトの性能に匹敵するものである。特に、ナノ粒子分散液は、複合体への加工をしていないため、1,700,000 mL/gを超えるKdを示すケースもあった。
また、着色綿布については、カラムに充填し、非放射性セシウムイオンが溶解した疑似河川水を通水することにより、カラム形式での吸着能力を評価した。1.81 gの着色綿布を使用し、5.8 ppmのセシウムイオン濃度の疑似河川水(通常の河川の1000倍以上の濃度)を通水した場合の結果を図2に示す。この着色綿布は、通水量が1100 mLを超えるまでセシウムイオンを大幅に吸着し、通水前の約1000分の1の濃度にすることができた。1.81gの着色綿布が吸着したセシウムイオンは6.4 mgであり、セシウムイオンが全てセシウム137であった場合には、20ギガベクレルの放射性物質を河川水から除去できたことになる。
今回開発した吸着材の一部は、既に各種実証試験において使用中、あるいは使用予定である。紺青分散液は、福島県天栄村において、農作物の放射性セシウム吸収を阻害する目的で、水田および畑に散布済であり、農作物の収穫を待ち、その効果を評価する予定である。着色綿布と不織布は、平成23年8月24日に、独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構の「福島県飯舘村現地水田ほ場における農地土壌等における放射性物質除去技術開発のための一連の試験」で使用される予定である。
|
図2 着色綿布を充填したカラムに、セシウム含有疑似河川水を通水させた際の、 通水前のセシウム濃度に対する、通水後のセシウム濃度比率(透過率) |
開発した各種吸着材の実証試験を進めると共に、大規模面積に展開できる体制を整えるべく、関連企業などとの連携を進める予定である。