国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ナノ材料研究部門【研究部門長 佐々木 毅】ナノ粒子機能設計グループ 高橋 顕 主任研究員、南 公隆 主任研究員、川本 徹 研究グループ長らと、関東化学株式会社【代表取締役社長 野澤 学】(以下「関東化学」という)は共同で、大気中からアンモニアを有効に除去できる吸着材と吸着装置を開発した。さらに、実際に豚舎と家畜ふん尿の堆肥化施設に適用し、その効果を実証した。
畜産業界では、周囲への悪臭対策などの観点から、アンモニアの除去が求められている。加えて、畜舎内環境改善による生産効率の向上も期待されている。今回開発した技術は、以前に開発したプルシアンブルー類似体を用いたアンモニア吸着材を粒状にして取り扱いやすくしたものであり、簡単に再生・再使用できる。実際の現場の条件で有効であったため畜産業界への貢献が期待される。また、トイレ、介護施設、スポーツ施設などの悪臭対策や、半導体製造工場や博物館での微量アンモニアによる腐食対策など、幅広い課題の解決につながるものと期待される。
この技術の詳細は、2019年1月30日~2月1日に東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催されるnano tech 2019 第18回 国際ナノテクノロジー総合展・技術会議で発表する。
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豚舎でのアンモニア吸着装置の概要とアンモニア除去実証試験の結果 |
アンモニアは肥料として必要不可欠な物質であり、世界で年間1.7 億トン(2016年)と大量に生産されている。一方、特定悪臭物質の一つであり、特にふん尿の処理が必要な畜産現場やトイレでの悪臭の原因でもある。アンモニアは濃度10 ppmvで臭気強度4に相当する強い臭いを示し、労働環境における許容濃度は25 ppmvである。また、畜産業界でもアニマルウエルフェアの観点から畜舎内の濃度を25 ppmv以下に抑えることが求められている。さらに、大気中に放出されたアンモニアはPM2.5などの地球規模での環境問題の原因にもなっている。日本では、大気中に放出されるアンモニアの60 %以上が畜産業(1994年度)によるものであり、その対策が喫緊の課題となっている。これまで畜舎や家畜ふん尿の堆肥化施設から排出される悪臭物質の除去技術として生物脱臭法であるバイオフィルターや土壌脱臭が一部の施設に導入されているが、多量のアンモニアを処理するには大型化・大面積化が必要であり、よりコンパクトな装置が求められていた。
産総研は、有害物質であると同時に有用物質でもあるアンモニアの回収と再利用を目指して吸着材の研究開発を進めている。その中で、顔料としても知られるプルシアンブルーが市販の吸着材を超えるアンモニア吸着性能を示し、薄い酸で洗浄すれば再利用できる吸着材であることを見いだした(2016年5月10日発表 産総研プレスリリース)。プルシアンブルーは人が感知できない極低濃度(0.1 ppmv以下)でもアンモニアを吸着でき、極低濃度のアンモニアが影響を及ぼすような美術館や水素ステーションなどでも活用が期待されている。その後、この吸着材が社会で実際に使用できるように、具体的用途に応じた材料の最適化や、システム化、実証試験などに取り組んできた。
なお、今回の開発の一部は、農研機構生研支援センター「革新的技術開発・緊急展開事業(うち地域戦略プロジェクト)」による支援を受けて行った。
アンモニアを除去する吸着材には、豚舎や堆肥化施設から絶え間なく発生するアンモニアを除去するため、高い吸着性能が必要である。さらに、吸着後も再生して繰り返し使えることが必要である。また水分子とアンモニア分子は性質が類似しているため、空気中に水蒸気として水が共存する実際の条件でもアンモニアを吸着できる必要がある。
まず、最適なプルシアンブルー類似体の選択と吸着装置で使用するための粒状化に取り組んだ。プルシアンブルーは鉄イオンが炭素と窒素によりジャングルジムのように三次元的につながった構造で、1 ナノメートル以下の均一な穴を持つ。プルシアンブルーを構成する二種の鉄イオンを別の金属イオンに置き換えたものをプルシアンブルー類似体と呼ぶが、今回、豚舎で用いることを念頭に、再利用ができ低コストのアンモニア吸着材の開発を目指し、70種類以上のプルシアンブルー類似体を合成し、評価した。その結果、一方の鉄イオンを銅イオンで置き換えたプルシアンブルー類似体(銅プルシアンブルー)が適切であった。
続いて、銅プルシアンブルーを装置に取り付けて効率的に大気中のアンモニアを吸着させるため、銅プルシアンブルー粉体をバインダーと混合し、粒状化して、直径3~5 mm程度の粒状吸着材を開発した。粒状吸着材に求められる特性は、高い吸着性能と十分な機械強度を持ち、再生作業時に破損しないことであり、これらを検証した。
粉体は実験室にて、粒状吸着材は豚舎にてアンモニア吸着量を測定し、10 ppmvのアンモニアを含む25 ℃の空気の理論処理量(L)に換算して比較した。粉体が処理できる空気量は1 gあたり5,200 Lであるのに対し、粒状吸着材は1 g当たり3,900 L以上であり、粉体の74 %以上の吸着性能を持つことを確かめた(図1)。粉体の試験は実験室にてアンモニア濃度10 ppmv、湿度0 %の空気で行い、粒状吸着材の試験は福島県にある実際の豚舎で、アンモニア吸着を阻害する水蒸気などが共存する空気(アンモニア濃度12 ppmv、湿度80 %)で行った。
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図1 銅プルシアンブルーの粉体と粒状体のアンモニア吸着試験結果と粒状吸着材の写真と構造イメージ |
アンモニアを吸着した粒状吸着材は、薄い酸で洗ってアンモニアを脱離させることで、再度アンモニア吸着材として利用することが可能である。アンモニア吸着と再生を繰り返した際の、粒状吸着材の耐久性を検証するために、豚舎空気からのアンモニア吸着と薄い酸での洗浄によるアンモニア脱離を繰り返し行い、洗浄時のアンモニア脱離量の変化を確認した結果、30サイクルまでの繰り返し使用が可能であった。また、30サイクル後の吸着材の形状は、特に破損はなく、再生・再使用に耐える強度であることが確認できた。
穴あき板で通気口を設けた幅50 cm×高さ60 cm×厚さ5 cmのステンレス製のケースにこの粒状吸着材を納め、アンモニア吸着フィルターとした(図2(a))。このアンモニア吸着フィルターとファンを組み合わせ、銅プルシアンブルー粒状吸着材を用いたアンモニア吸着装置を開発した。開発した吸着装置の効果を検証するため、豚舎の中に幅8 m×奥行き6 m×高さ2 mの囲われた区域に開発したアンモニア吸着装置を設置し40頭の豚の育成を行い、区域内のアンモニア濃度を測定した(図3)。さらに、アンモニア吸着装置を設置していない区域も設け、吸着装置設置の有無によるアンモニア濃度の違いを比較した。吸着装置を設置していない区域はアンモニア濃度が高く、約30 ppmvに達した。一方、吸着装置を設置した区域では、臭いの強さの指標である臭気強度が3.5に相当する濃度5 ppmvをほぼ下回っており、悪臭除去の効果が確認できた(図4)。
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図2 アンモニア吸着フィルター(a)とその中に充塡(じゅうてん)されている銅プルシアンブルー粒状吸着材の写真(b)、電子顕微鏡像(c)、結晶構造(d) |
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図3 豚舎に設置したアンモニア吸着装置 |
家畜ふん尿の堆肥化施設から出る排出ガスの悪臭もアンモニアが原因であり、そのアンモニア濃度は数百ppmv以上と豚舎内よりも一桁以上高い。その上、堆肥化施設からの排出ガスは湿度が高いため(ほぼ100 %)、既存のアンモニア吸着材では吸着が困難であった。そこで豚舎と同様の装置でフィルターを増やして吸着を試みたところ、排出ガスのアンモニア濃度が100 ppmvのとき、フィルター1枚でも40 ppmvに低下し、3枚使用するとほぼ0 ppmvになった(図 5)。今回開発したアンモニア吸着システムは堆肥化施設の悪臭対策にも有効と分かった。
実証実験に参加している養豚業経営者は「悪臭除去の観点では、堆肥化施設も問題になることが多い。堆肥化装置に使えるなら、利用も進むのではないか。」と本技術への期待と需要の高さを語っている。
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図4 吸着装置の有無によるアンモニア濃度変化の比較 |
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図5 堆肥化施設の排出ガスからのアンモニア除去に用いた吸着システム(上)と排出ガス通気前後のアンモニア濃度(下) |
また、今回開発した技術は畜産現場に限らず、アンモニア発生による悪臭に困っているトイレ、介護施設、スポーツジムなどでも活用が期待される。さらに、アンモニアは腐食性ガスでもあるため、半導体製造工場での品質維持、博物館などでの展示物の維持、エネルギーとして使用する水素の精製など、さまざま場面でその除去が課題となっている。このような課題の解決にも貢献が期待される。
今後も豚舎内のアンモニア除去を続け、豚の発育効率の向上効果を評価する。さらに、回収したアンモニアを肥料など、他の用途に利用する方法も併せて検討を進める。