発表・掲載日:2021/08/31

パワー半導体用大口径SiCウェハの高速研磨技術を開発

-高速化が難しかったSiCラッピング加工工程を大幅改善-

ポイント

  • SiCウェハの鏡面研磨を従来より12倍の速度で達成
  • 研磨の高速化で課題だった摩擦熱と砥粒切れの問題を解決
  • 複数枚のウェハを同時に加工するバッチ式研磨で加工時間の大幅な短縮を実現

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】先進パワーエレクトロニクス研究センター【研究センター長 山口 浩】ウェハプロセスチーム 加藤 智久 研究チーム長らは、株式会社ミズホと不二越機械工業株式会社と共同でSiCウェハの平坦化を高速で達成するラッピング技術を開発した。特に、低速度だった鏡面化工程では従来の12倍の研磨速度が得られ、枚様式加工法の鏡面研削工程に匹敵する新たなバッチ式加工技術を確立した。

なお、本技術の詳細は、2021年9月1日よりオンラインで開催される砥粒加工学会学術講演会(ABTEC2021)にて報告される。


開発の社会的背景

SiCパワー半導体素子の実装が、大きな電力を制御する発電・送電システム、産業用ロボットや自動車、鉄道、情報通信機器といった、電力を必要とする産業や社会で始まっている。これらの普及拡大には、パワー素子の基板となるSiCウェハの製造コストの低減が最も重要である。SiCウェハ加工工程には、さらなる量産性向上(高速化および並列処理)も必要である。

SiCウェハは、極めて加工の難しい高硬脆材料である。これまでSiCウェハの平坦化は、研削加工あるいは研磨加工で行われている。前者は枚葉式で量産効率が悪い。後者はバッチ式で複数枚一括処理が可能である。しかし、シリコンウェハの量産加工に比べて加工速度が遅いため、単位時間あたりの処理枚数では6倍以上の時間がかかっている。SiCウェハは、6インチから8インチへ大口径化が進もうとしている。今後、市場拡大に伴って量産規模が増大すると、それに対応してSiCウェハを今より効率よく生産できる加工技術が必要となる。

 

研究の経緯

ウェハの平坦化には、ラッピングやポリッシングに代表される研磨技術が、量産に向いたバッチ式加工技術として知られている。高硬度のSiCの研磨ではダイヤモンドスラリー(以下、「スラリー」という)を用いても研磨速度が上がらないため、鏡面化工程(表面粗さRa=1 nm程度)までは研削による枚葉式加工に頼らざるを得ない。研磨加工では、プレストンの経験則に従って研磨定盤の回転数や加工圧力を高めることで研磨速度が向上できる。しかし、定盤の遠心力によってスラリーが切れてしまったり、摩擦熱によって研磨を継続することが困難だったりという課題があり、研磨速度を高められなかった。そこで、ダイヤモンド砥石を定盤に成型した固定砥粒定盤を作製し、高速研磨装置と組み合わせることで、これらの問題の解決を試みた。(図1)

本研究開発は、民活型オープンイノベーション共同研究体つくばパワーエレクトロニクスコンステレーション(TPEC;Tsukuba Power-Electronics Constellations)において実施された。

図1

図1 本開発の設備構成

 

研究の内容

図2はSiCウェハの各種研磨条件での研磨速度を比較したグラフである。金属定盤とスラリーを使った加工では定盤回転数200 rpm超で加工が困難となった。一方で、固定砥粒定盤を用いた場合は700 rpmにおいても定盤回転数と研磨速度が比例することを確認した。これはスラリーを用いた代表的な加工条件(例:荷重200 g/cm2、回転数:50 rpm)と比較しておよそ12倍の研磨速度であり、従来の研削加工に匹敵する速度に達している。また、高速で研磨されたSiCウェハのRaは約0.5 nmであり、従来の鏡面研削加工と同等の表面品質を達成している。(図3) これらの成果から、固定砥粒定盤と高速研磨装置との組み合わせの優位性が示された。

図2

図2 各種研磨条件における研磨速度比較

図3

図3 本開発よって高速研磨された6インチSiCウェハ

またスラリーを使った研磨とは異なり、加工液としては水しか使用しないため環境負荷も少なく、水の供給量を制御して定盤を充分冷却しながら研磨能率を確保できる利点も新たに見いだされた。

定盤を使った研磨は主に加工圧力と定盤回転数で加工速度を制御するため、複数枚のウェハを同時に加工するバッチ式加工が可能である。図4は、SiCウェハを複数枚同時に加工した際の定盤回転数と研磨速度の関係である。ウェハ枚数が増え加工面積が増しても研磨能率を維持できることを確認した。すなわち、1バッチあたりのウェハ加工枚数を増やすことで、一枚当たりの加工時間を大幅に短縮できることが分かった。また、摩滅を抑えた高硬度の砥石を使うことで、研削加工より砥石損耗コストも抑えられるので、大口径SiCウェハを量産するプロセスの高速化と低コスト化の両立が実現可能である。

図4

図4 複数枚同時研磨における研磨速度比較

 

今後の予定

先進パワーエレクトロニクス研究センターで保有している6インチ対応SiCウェハの一貫加工工程に本開発の研磨技術を導入し、同じく研究センター内のパワーデバイス開発へ応用することで技術実証を進める計画である。


用語の説明

◆SiC(炭化ケイ素)
炭素(C)とケイ素(Si)からなる化合物半導体。シリコン(Si)と比べ、絶縁破壊電界、飽和電子速度、熱伝導度といったパワー半導体素子の特性向上につながる物性値が大きい。パワー半導体素子として応用した場合、同じデバイス構造でSi製のパワー半導体素子より1桁高い耐電圧が得られるにもかかわらず、オン抵抗が同等となるほか、高温での動作も可能となるため、次世代のパワー半導体として期待されている。[参照元へ戻る]
◆ラッピング
金属などで作成される円盤状の平坦な板(ラップ定盤)に研磨剤を挟み込むように工作物を押し当て、互いに摺動させる運動によって平坦化する研磨加工法の一つ。定盤の平坦度を形状転写する働きによって平滑な加工面が得られるため、ウェハなどの板材を加工する技術として古くから広く利用されている。[参照元へ戻る]
◆枚葉式、バッチ式
ウェハの製造方法には、1枚ずつ処理する方式の枚葉式と、複数枚同時に処理する方式のバッチ式がある。高精度なプロセス処理やウェハの大口径化が求められるにつれ、従来のバッチ式から枚葉式へ移行する工程が増えている。一方、バッチ式は枚葉式より量産効率が一般的に高く、プロセス処理の目的とコストバランスに応じて使い分けられている。[参照元へ戻る]
◆パワー半導体素子
電力制御用の半導体素子であり、一般的にパワーデバイスとも呼ばれている。整流ダイオード、パワートランジスタ、サイリスタなどがある。これらの組み合わせによって電圧や電流の制御や、交流と直流の変換を行う電力変換システムなどが製品化されており、関連する技術の総称をパワーエレクトロニクスという。[参照元へ戻る]
◆硬脆材料
ダイヤモンドなど一般に硬い材料は、ゆっくりとした負荷では変形しにくいが、衝撃で欠けや割れが生じやすい特徴を持っている。このように硬く脆い材料を硬脆材料と称する。硬脆材料の成形加工は高精度化、高速化を両立するが極めて難しいことが知られている。[参照元へ戻る]
◆ポリッシング
研磨加工の作業においてのポリッシングとは仕上げの研磨を指している。製品につやを出す最終的な磨きの工程。[参照元へ戻る]
◆ダイヤモンドスラリー
粉体のダイヤモンド粒子を砥粒として加工液に分散し、それを研磨剤とした液。硬度の高い材料の研磨剤として広く活用されている。[参照元へ戻る]
◆プレストンの経験則
研磨量が工作物と工具の相対速度、圧力、時間との間にある比例関係を表す経験則。1927年にPrestonが報告した天体望遠鏡の主鏡の研磨機設計に関する論文で初めて報告され、研磨条件を策定する際に広く活用されている。[参照元へ戻る]
◆民活型オープンイノベーション共同研究体つくばパワーエレクトロニクスコンステレーション
SiCをはじめとする次世代パワーエレクトロニクスのオープンイノベーション拠点を自立的に運営する民活型の共同研究体として2012年に産総研内に設置された。本年度は発足から10年目を迎え、民間企業44社、公的研究機関20機関が参画予定である。
参照ホームページ: https://www.tia-nano.jp/tpec/ [参照元へ戻る]
 

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