国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)化学プロセス研究部門【部門長 古屋 武】マイクロ化学グループ 宮沢 哲 研究グループ長、西岡 将輝 上級主任研究員は、中空糸など中空構造をもつ繊維の内側表面に機能性微粒子や結晶を選択的に合成する技術を開発した。
この技術では、繊維の中空部分に原料溶液を導入したのちに、マイクロ波選択加熱による化学反応で繊維の中空部分に機能性微粒子や結晶を合成し、その機能を付与する。例えば、天然繊維である綿(コットン)の中空部分に銀ナノ粒子を合成して抗菌性をもつ繊維が製造できる。この技術により製造した綿は、機能性の粒子が繊維の中空部分のみにあるため、風合いなどの特徴を維持しつつ、摩擦などによる機能の劣化も抑制できることが期待され、医療用の織布(病衣、シーツなど)への利用が想定される。
なお、今回開発した技術の詳細は、2020年1月29~31日に東京ビックサイト(東京都江東区)で開催されるnano tech 2020国際ナノテクノロジー総合展・技術会議で発表される。
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繊維の中空部分への機能性微粒子導入のイメージ |
スポーツウエアや医療施設の内装などに代表されるように、衣類や居住の快適性向上のために、繊維の高機能化が望まれており、その方法の一つに繊維への機能性化学物質の導入がある。これまで、繊維に機能性化学物質を導入する技術として、繊維原料の樹脂製造工程で混練などにより機能性材料を導入する技術や、製造後の繊維に含浸などにより機能性材料を結合・コーティングする技術が知られている。しかし、混錬の場合、機能を付与する工程が製造時に限られるという課題があった。含浸などの場合はさまざまな繊維に対応できるが、主に繊維表面への機能の付与であり、繊維のもつ風合いなどの変化や、摩擦・摩耗によって機能が劣化しやすいなどの問題があった。
産総研では、化学反応の高度な制御により、高付加価値の素材を低環境負荷で製造する化学プロセスの実現を目指した研究開発を行っている。今回用いたマイクロ波加熱を利用する反応制御技術の開発では、これまでにナノ粒子合成装置や電子部品の実装装置(2010年2月15日、2018年2月9日産総研プレス発表)を発表している。
今回、機能性繊維として広く利用されている中空構造をもつ繊維に着目し、マイクロ波加熱による反応制御で、中空部分へ選択的に機能性化学物質を導入する技術の開発に取り組んだ。
今回開発した技術では、あらかじめ中空繊維を機能性粒子・結晶の原料溶液に含浸して、繊維の空隙に原料溶液を浸透させる(図1①)。その後、原料溶液が浸透した繊維を、原料溶液と非相溶の溶媒(圧入溶媒)中に保持し、脱気や加圧を行って、圧入溶媒を繊維の空隙に浸透させることによって原料溶液を空隙から押し出して中空部分に導入する(図1②)。マイクロ波吸収の少ない圧入溶媒を用いると、マイクロ波加熱によって原料溶液を選択的に加熱でき、繊維の中空部分に所望の機能性粒子・結晶を合成できる(図1③)。
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図1 今回開発した技術の概 |
図2に、フッ素系の中空合成繊維の内側にゼオライト結晶を合成した例を示す。繊維内表面(図2(a)矢印部分)に微粒子の付着がみられた。その粒子をはぎ取り、電子顕微鏡分析と構造分析(X線回折測定: XRD)を行ったところ、ゼオライトの一種であるソーダライト構造が確認された(図2(b)(c))。天然の中空糸である綿の中空部分に、抗菌作用のある銀ナノ粒子を合成した例を図 3に示す。繊維断面の走査型電子顕微鏡(SEM)像(図 3(a))の矢線に沿って元素分析を行った結果(図 3(b))から、銀元素は、綿のセルロースに由来する炭素元素よりも内側に存在していることが示され、綿表面よりも中空部分の表面に選択的に銀ナノ粒子が合成されていることが確認できた。
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図2 中空化学繊維の内側((a)矢印部分)で合成したゼオライトの走査型顕微鏡写真(SEM)写真(b)とX線回折(XRD)分析の結果(c) |
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図3 綿の断面SEM像(a)と、SEM像矢線に沿っての元素分析結果(b) |
今回開発した技術は、中空構造をもつ繊維であれば天然繊維や合成繊維を問わず広く適用できる。また、導入できる機能性微粒子などはゼオライトなどの無機結晶から、薬効のある有機結晶や、導電性粒子など多岐にわたる。このため、この技術で得られた機能性繊維や、それらから作られる織布は広範な分野での利用が期待される。例えば、医療分野では抗菌・防カビ性のあるシーツ、生活分野では、防臭性や調湿性のある衣類、住宅分野では難燃性カーテン、農業分野では防虫性ネットなどが考えられる。
今後は抗菌や調湿など具体的な機能の発現に必要な条件を明らかにし、耐摩耗性などの性能評価を進める。また、大量合成技術の確立など、今回の技術の実用化に必要な要素技術の開発を進める。