国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)省エネルギー研究部門【研究部門長 竹村 文男】熱電変換グループ 山本 淳 研究グループ付、太田 道広 主任研究員、ジュド プリヤンカ 研究員、チェティ ラジュ 産総研特別研究員は、未利用熱エネルギー革新的活用技術研究組合【理事長 町田 明登】(以下「TherMAT」という)と共同で、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構【理事長 石塚 博昭】(以下「NEDO」という)「未利用熱エネルギーの革新的活用技術研究開発」プロジェクトにおいて、熱電発電試験の標準参照モジュールとして使える優れた機械的耐久性などの高い信頼性をもつ熱電発電モジュールを開発しました。なお、産総研での研究活動の一部は、経済産業省の委託事業「革新的なエネルギー技術の国際共同研究開発事業」からの支援を受けました。
近年、熱電変換材料の性能は進歩していますが、熱電発電技術の幅広い普及には至っていません。課題の一つとして、熱電発電システムの基本構成部品である熱電発電モジュールの発電性能や耐久性などの試験に関して、標準参照モジュールが存在しないことが挙げられます。今回、この課題を解決するため、機械的耐久性に優れたニッケル合金を使用した熱電発電モジュールを開発しました。このモジュールは、繰り返し試験や長時間試験に対して安定であるため、発電特性試験装置の性能保証などのための評価参照用として使用されることが期待されます。
なお、この技術の詳細は、2020年1月14日(協定世界時)にElsevierの発行する学術論文誌Applied Energyに掲載されます。
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図1 開発した熱電発電試験用標準参照モジュールの外観と試験の様子
(a)今回開発したニッケル合金を使用した熱電発電モジュール
(b)産総研の試験装置での開発モジュールの発電特性評価の様子 |
われわれの身の回りには、利用されずにただ棄てられているだけの膨大な熱エネルギーが存在しています。最近、省エネルギーとCO2排出削減の観点から、この未利用熱エネルギーを有用な電力に直接変換できる熱電発電技術に注目が集まっています。材料科学の進展により熱電変換材料の性能は日々進歩していますが、熱電発電技術の幅広い普及には至っていません。その要因としては、例えば、熱電発電モジュールにおいて高温で安定な電極形成が困難、標準的な測定手法が存在しないなど、さまざまなことが挙げられます。その中で、今回、解決に取り組んだ課題は、熱電発電モジュールの発電性能評価において、試験装置の検証に使用できる標準参照モジュールがほとんど存在しないということです。今後、熱電発電技術を速やかに社会に普及させるためには、その性能を保証するための標準参照モジュールが必要です。
NEDO、産総研、TherMATでは、熱電材料の高性能化と熱電発電モジュールの発電性能評価技術に関する研究を進めてきており、例えば、ナノテクノロジーを用いてこれまでの性能を凌駕する熱電材料の開発に成功しております(2018年5月22日NEDOプレス発表 )。試験技術に関しては、産総研は、熱電発電モジュールの変換効率を高精度に評価できる世界的にも数少ない研究機関の一つであり、公的機関として、NEDOとTherMATらと共に各種熱電発電モジュールの試験を行ってきた実績があります。また、産総研では、これまで高い変換効率を有する熱電発電モジュールなどの開発に成功しています(2015年11月26日 、2018年5月22日 産総研プレス発表)。
熱電発電モジュールは、p型熱電変換材料とn型熱電変換材料から構成されています。一般に、熱電変換材料は焼結体である場合が多く、そのためにもろいことが一つの欠点とされています。一方、試験装置に使われる標準参照モジュールには、試験法標準化のための正確で迅速な発電性能評価につながる優れた耐久性が求められます。そこで、NEDOと産総研、TherMATは、これらの課題を解決するために、今回、焼結体よりも耐久性に優れたニッケル合金を熱電発電試験用標準参照モジュールのp型とn型熱電変換材料として用いました。具体的には、p型はクロメル(Ni90Cr10)、n型はコンスタンタン(Cu55Ni45)の熱電変換材料です。これらは焼結体の熱電変換材料よりも機械的耐久性が高い一方、熱伝導率が高いため、標準参照モジュールとして用いるためには、熱伝導率を低減する必要があります。そこで、ニッケル合金の熱電変換材料を中空に加工し、熱が伝わる面積を減らすことで、焼結体の熱電変換材料と同程度の低い熱伝導率を実現しました(図1)。
表1では、高温側を500℃、低温側を50℃としたときの、ニッケル合金を使用した熱電発電試験用標準参照モジュールの最大出力電力と最大変換効率の初期値と、クロメル、コンスタンタン、銅電極、基板などの電気と熱の輸送特性からのみ予想されるそれらの計算値(熱損失と電気損失を考慮していない値)を示します。実測値と計算値はおおむね一致しており、熱損失と電気損失の少ないモジュール設計を実現しました。
ニッケル合金を使用した熱電発電試験用標準参照モジュールの高温側を500℃、低温側を50℃として、1回の試験後にセッティングをモジュールの着脱からやり直す方法で、発電特性を繰り返し試験しました。図2(a)は、熱電発電試験用標準参照モジュールの最大出力電力と最大変換効率の変化を示しています。12回の測定すべてで最大出力電力と最大変換効率はほとんど変化せず、非常に高い安定性を示しております。最大出力電力と最大変換効率における平均値からの偏差は、それぞれ0.5%と0.6%以内に収まることが分かりました。
次に、ニッケル合金を使用した熱電発電試験用標準参照モジュールの高温側を500℃、低温側を50℃として、発電性能の120時間耐久試験を実施しました。図2(b)に、熱電発電モジュールの最大出力電力と最大変換効率の時間変化を示します。120時間後において、それらの値は変化せず非常に高い安定性を示しており、最大出力電力と最大変換効率における平均値からの偏差は、それぞれ0.8%と0.3%以内に収まることが分かりました。
このモジュールは、このように高い信頼性を持つために、性能を保証するための参照用熱電発電モジュールとしての使用が期待されます。
表1 ニッケル合金を使用した熱電発電試験用標準参照モジュールの最大出力電力と最大変換効率
高温側を500℃、低温側を50℃としたときの実測値と、ニッケル合金などの電気と熱輸送特性から予想される計算値をあわせて示す。
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最大出力電力 (W) |
最大変換効率 (%) |
実測値(初期値) |
0.39 |
0.53 |
計算値 |
0.41 |
0.57 |
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図2 ニッケル合金を使用した熱電発電試験用標準参照モジュールの耐久試験結果
高温側を500℃、低温側を50℃としたときの最大出力電力と最大変換効率の(a)繰り返し試験と(b)120時間耐久試験 |
NEDOと産総研、TherMATは、国内外の研究機関と連携し、本標準参照モジュールの普及を進めることで、熱電発電モジュールに関する信頼性の高い性能計測技術の確立を目指します。またNEDOと産総研、TherMATは、この熱電発電試験用標準参照モジュールを、現在、国際電気標準会議(IEC-TC47/WG7)において進めている熱電発電モジュールの発電性能試験法に関する国際標準化活動にも活用します。産総研における海外との連携に関しては、具体的にはドイツ航空宇宙センターなどと連携します( 2017年3月20日産総研プレス発表 )。