国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)省エネルギー研究部門【研究部門長 宗像 鉄雄】熱電変換グループ 太田 道広 主任研究員、山本 淳 研究グループ長、HU Xiaokai 元産総研特別研究員、独立行政法人 日本学術振興会 外国人客員研究員JOOD Priyankaは、鉛テルライド(PbTe)熱電変換材料の焼結体にマグネシウム・テルライド(MgTe)のナノ構造を形成することで高い熱電性能指数ZT = 1.8を実現し、さらにこの材料を用いて変換効率11 %を有する熱電変換モジュールの開発に成功した。
これまで、熱電変換材料においてはZT = 1.0を超えることが、熱電変換モジュールにおいては7 %の変換効率を超えることが困難であった。今回の成果では、米国ノースウェスタン大学のKANATZIDIS Mercouri G. 教授(兼)米国 アルゴンヌ国立研究所 主任研究員と共に、ナノ構造の形成技術を用いて熱電変換材料の焼結体のZTを1.8(550 ℃)まで向上させることに成功した。さらに、このMgTeナノ構造を形成したPbTe焼結体と電気的・熱的に比較的良好に接合する電極材料を開発して、熱電変換モジュールにおいて11 %の変換効率(高温側600 ℃、低温側10 ℃)を実現した。この高効率熱電変換モジュールを用いることで、未利用熱エネルギーを電力へと変換して活用する道が開けると期待される。
なお、この技術の詳細は、英国王立化学会の発行する学術論文誌Energy & Environmental Scienceに近く掲載される。
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図1 熱電性能指数ZTの向上の概念図(a)、開発した熱電変換材料の透過型電子顕微鏡写真(b)、および、熱電変換モジュールの概観(c)(d) |
(a)(b) PbTe焼結体に形成したナノ構造は、熱を運ぶフォノンを効果的に散乱し、一方で電荷を運ぶキャリアの輸送には影響を与えないので、PbTeの熱電性能指数ZTを劇的に向上させる。ナノ構造を形成したPbTe焼結体を用いた (c) 一段型と (d) 二段型(セグメント型)熱電変換モジュール。 |
日本では一次エネルギー(石油や石炭など)の大半を輸入に頼っているが、そのうち60 %以上は利用されずに熱として廃棄されている。エネルギーの安定供給を達成して持続可能な社会を実現するためには、この未利用熱エネルギーの活用を促進する必要がある。その鍵を握る技術が熱電発電であり、熱電変換モジュールを用いることで、廃棄されるだけのもったいない未利用熱エネルギーを利用価値の高い電気エネルギーとして回収できる。
これまでZT = 1.0を超える熱電変換材料を実現することは困難であったが、ここ数年、ナノテクノロジーを利用することでZT = 1.0を超える熱電変換材料の薄膜や溶融成長体の開発が可能になってきた。ただし、この材料分野での進展を熱電変換モジュールに応用できておらず、そのため、一般に入手できる一段型熱電変換モジュールの変換効率は5 %以下、研究室レベルで開発が進んでいる二段型(セグメント型)熱電変換モジュールでも変換効率は7 %程度である。材料分野での進展を熱電変換モジュールに応用するためには、加工に有利な焼結体においてZTの向上を実現することが不可欠である。
産総研では、熱電発電による未利用熱エネルギーの活用を目指し、材料からモジュール、そしてそれらの評価技術まで、熱電変換技術に関わる幅広い分野の研究開発に取り組んでいる。これだけ広範囲に熱電変換技術を研究している機関は、世界中でも数えるほどしかない。
これまで、熱電変換材料においてはZT = 1.0を超えることが困難であったが、2000年代に入り、熱電変換材料にナノ構造を形成することでフォノンを効率的に散乱して熱伝導率を低減し、その結果としてZTを劇的に向上できることが実証されてきた。産総研では、300 ℃から700 ℃の温度範囲で使用できる熱電変換材料のPbTeに注目し、ノースウェスタン大学とアルゴンヌ国立研究所と協力して、2012年にp型のPbTeの溶融成長体にMgTeのナノ構造を埋め込み、ZTの向上(ZT = 1.6)を確認した。本研究では、ナノ構造の形成により高いZTを示す熱電変換材料の焼結体を開発し、さらに産総研に蓄積した熱電変換技術を用いて、このナノ構造を形成した熱電変換材料と電気的・熱的に比較的良好に接合する電極材料を開発して熱電変換モジュールの高効率化を目指した。
なお、本研究開発は、経済産業省の委託事業「日米等エネルギー環境技術研究・標準化協力事業(平成22年度~25年度)」および「日米等エネルギー技術開発協力事業(平成26年度)」による支援を受けて実施した。
熱電変換材料では、熱の流れを電気の流れに変換してエネルギーを運ぶため、電気伝導率は高く、一方で熱伝導率が低い方がZTは向上する。本研究では、熱電変換モジュールへの加工が有利なp型PbTeの焼結体(アクセプターとしてナトリウム(Na)を使用)にMgTeナノ構造を埋め込むことに成功した(図2(a))。この焼結体の透過型電子顕微鏡写真(図1(b))から、5 nm程度の球状ナノ構造と板状ナノ構造の形成が観察できる。埋め込まれたMgTeナノ構造は、フォノンを効率的に散乱して熱伝導率を低減させる(図1(a))。一方で、PbTeとMgTeは平滑な界面を有しているため、PbTeとMgTeのバンドオフセットが小さくなり、電荷を運ぶキャリアの移動に影響を与えない。電気特性に影響を与えず熱伝導率のみの低減を成し遂げた結果、図2(b)に示す通り、このMgTeナノ構造を形成したPbTe焼結体のZTは劇的に向上し550 ℃で1.8(既存のPbTeと比較しておおよそ二倍)に達する。
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図2 開発したMgTeナノ構造を形成したPbTe(p型)とn型に用いたPbTe熱電変換材料の概観(a)とZTの温度依存性(b)
p型ではアクセプターとしてNa、n型ではドナーとしてPbI2を使用。 |
さらに、産総研に蓄積した熱電変換技術を基盤に、p型のMgTeナノ構造を形成したPbTe焼結体とn型のPbTe焼結体(ドナーとしてヨウ化鉛(PbI2)を使用、外観は図2(a)に、ZTは図2(b)に示す)を用いて熱電変換モジュールの開発研究を実施した(図1(c))。本開発の中で、MgTeナノ構造を形成したPbTe焼結体と鉄(Fe)とコバルト(Co)から成る電極材料が、電気的・熱的に比較的良好に接合することを見いだした。高効率な熱電変換材料と比較的良好な接合をもたらす電極材料の開発に成功したことで、表1に示す通り、高温側を600 ℃、低温側を30 ℃としたときに、一段型熱電変換モジュールの最大出力電力は3.55 W、最大変換効率は8.8 %に達した。ここで、一つの熱電変換素子のサイズは縦2.0 mm×横2.0 mm×高さ2.8 mmで、開発した熱電変換モジュールは8対のpn素子対から構成される。
MgTeナノ構造を形成したPbTe焼結体は、300 ℃から700 ℃の温度範囲で高いZTを示すが、一方で、300 ℃以下のZTは低くなる(図2(b))。そこで、100 ℃程度の温度で高いZT(1.0程度)を示す一般的なビスマス・テルライド(Bi2Te3)を低温側の素子として用いて、二段型(セグメント型)熱電変換モジュールを開発した(図1(d))。低温側の効率が改善されたことで、高温側を600 ℃、低温側を10 ℃としたときに、最大出力電力は2.34 W、最大変換効率は11 %に達した(表1)。この熱電変換モジュールは、8対のpn素子対から構成され、PbTe熱電変換素子サイズは一段型と同じ、Bi2Te3熱電変換素子のサイズは縦2.0 mm×横2.0 mm×高さ2.0 mmである。
市販のソフトウェアCOMSOL Multiphysics®を用いた有限要素法により、MgTeナノ構造を形成したPbTe焼結体の熱電特性から熱電変換モジュールの性能をシミュレーションした(図3)。その結果、表1に示す通り、理想的な熱電変換モジュールを開発できれば、一段型熱電変換モジュールで12.2 %、二段型で15.6 %の最大変換効率が得られるという結果を得た。シミュレーション結果を解析した結果、この実測値とシミュレーション値の差は、PbTe焼結体と電極材料との界面に存在する電気抵抗がまだ大きいことと、輻射などの発電に寄与しない熱ロスに起因していることが明らかとなった。今後、界面の電気抵抗や素子配置を改善できれば、11 %を大幅に超える効率を実現できる可能性がある。
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図3 有限要素法を用いたシミュレーションの様子
二段型熱電変換モジュールのZTの分布を示す。 |
ナノ構造を形成した熱電変換材料と電極材料との間の電気的・熱的接合の改善に取り組み、更なる出力電力と変換効率の向上を実現する。さらに、開発した熱電変換モジュールの長期耐久性と機械的特性の向上に関する研究開発と、産業界での実証実験を実施して、5年以内に実用化を目指す。同時に、毒性元素の鉛(Pb)を毒性の少ない銅(Cu)などへ、希少元素のテルル(Te)を地殻存在量の豊富な硫黄(S)などへと元素代替を進める。本成果をもとに研究開発を進め、未利用熱エネルギーの革新的な電力活用への道を開いて、持続可能な社会に貢献する。