国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)機能化学研究部門【研究部門長 北本 大】スマート材料グループ 山本 貴広 主任研究員は、株式会社 TAT【代表取締役 髙野 芳樹】(以下「TAT」という)と共同で、溶剤を用いずに剥がせる塗料材の作製技術を開発した。
今回、アクリル樹脂やウレタン樹脂などに液晶成分を均一に混合した新たな樹脂を開発した。この樹脂に、特定の波長の近紫外光を照射すると、均一に混合されていた液晶成分の凝集構造が変化し、樹脂から相分離することを見出した。この技術を塗料材に適用すると、近紫外光による液晶成分の相分離により、塗料材の密着性が大きく低下した。また、ジェルネイルへ適用できるように、硬さの向上と無色化も実現した。
これまで、溶剤を用いずに塗料材を剥がすことは難しく長年の課題であったが、今回開発した技術はこのようなニーズに直接的に応えるものである。特に、ジェルネイルへと応用すると、有機溶剤を大量に使用することなく簡便に除去ができるようになり、ジェルネイル利用者とネイリストの健康と安全性の向上が期待できる。
|
溶剤を用いずに塗料材を剥がす技術 |
ジェルネイルは、爪を美しく装飾するだけでなく、労働生産性やQOLを向上する効果が期待されており、老若男女を問わず多くの人々に親しまれている。また近年では、スポーツ選手の爪を保護することによりパフォーマンス向上に繋げる試み(アスリートネイル)も行われるなど、ジェルネイルの利用と効果は、今後ますます拡大すると予測される。ジェルネイルは、液状の光重合性組成物を爪に塗布し、光照射により重合・硬化させて塗膜を形成して、爪に強固に密着させる。そのため、2~3週間は装飾された状態を維持できるが、剥がす際には、有機溶剤を大量に使用する必要があり、ジェルネイル利用者とネイリストの健康と安全に対する影響が懸念されていた。そのため有機溶剤を極力使用せずにジェルネイルを除去できる技術の開発が望まれており、これまでに酸性水溶液やアルカリ性水溶液などを用いる方法が提案されているが、現在のところ実用には至っていない。
産総研では、光に応答して構造や物性が変化する「液晶と樹脂の混合物」を用いて、光で損傷を修復できるゲル(2012年5月24日 産総研プレス発表)や、光で粘着性を制御できるフィルムの開発に取り組んできた。
一方、ネイル業界では、ジェルネイルを除去する際の煩雑なプロセスが大きな課題となっており、TATはより簡便な手法を模索していた。今回、TATが産総研の材料技術に注目し、溶剤を用いずに除去できるジェルネイルの実現に向けた共同研究を開始した。
産総研の光によって材料を制御する技術をジェルネイルに適用するには課題があり、その解決に取り組んだ。まず、従来の樹脂と液晶の混合物は柔らかく、ジェルネイルに用いるには硬さが足りなかった(硬さの指標である貯蔵弾性率が、約104 Pa)。そこで今回、光重合性組成物を含む樹脂原料を用いて、光による重合・硬化(光硬化)の際に架橋構造を導入することで、硬さの向上を試みた。樹脂原料と液晶の混合物を可視光(波長 = 405 nm、照射時間 = 3分)の照射で光硬化すると貯蔵弾性率は、これまでの千倍(107 Pa)程度まで向上させることができた(図1)。
|
図1 光硬化による貯蔵弾性率変化と従来の混合物との硬さの比較 |
次に、混合物の無色化に取り組んだ。従来の樹脂と液晶の混合物は、液晶成分としてアゾベンゼン系化合物を含有しているため橙色に着色していた。ジェルネイルに応用する場合、別途さまざまな色に着色できるように、無色透明であることが望まれる。そこで、アゾベンゼン系とは異なる化合物を用いた新しい液晶成分を開発し、材料の無色化を進めた。
光学特性と熱物性を指標に、数十種類の液晶成分を検討した結果、無色透明の混合物を得ることに成功した(図2①)。この混合物に近紫外光(波長 = 365 nm、照射時間 = 10分)を照射すると、液晶成分の凝集構造が変化し、樹脂と相分離して白濁化することを確認した(図2②)。この状態になると、基材(アルミ)に対する混合物の密着性が、照射前の10分の1まで低下した(図2)。なお、密着性は、混合物の弾性率測定の際に、混合物に加えるずり応力を大きくしていき、均一混合の混合物がアルミ製測定治具から外れるときのずり応力から推算した密着性を100とした相対値で評価した。
|
図2 密着性変化の簡易評価結果 |
今回の技術により、溶剤を用いずにジェルネイルを簡便に剥がせる新しいプロセスが想定される(図3)。まず、今回開発した混合物を基材とするジェルを爪に塗布する(図3①)。そして、現在の施術と同様に可視光(波長 = 405 nm)を照射して光硬化させる(図3②)。ジェルネイルを剥がす際は、近紫外光(波長 = 365 nm)を照射して相分離を誘起し(図3③)、ジェルネイルと爪の密着性を低下させて剥がす(図3④)。なお、これらの可視光と近紫外光は、既にジェルネイルの施術で広く使用されており、既存のライトを使用できる。今後、今回の技術の進展によって、溶剤を全く使用しない施術が可能となり、ジェルネイル利用者とネイリストの健康と安全の向上が大きく期待できる。
|
図3 簡便に剥がせるジェルネイルの想定プロセス
①、②:既存の施術プロセス;③、④:今回開発した塗料材による剥がすプロセス |
今後は、材料メーカーとの連携を進め、数年以内の実用化を目指す。