独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノシステム研究部門【研究部門長 八瀬 清志】スマートマテリアルグループ 吉田 勝 研究グループ長と山本 貴広 研究員は、光照射で損傷を修復できるゲル材料(高分子微粒子/液晶複合ゲル)を開発した。今回開発したゲル材料は、ゲル中にある光応答性材料の光異性化反応によるゾル-ゲル状態の光制御を利用して、微小な損傷であれば、短時間で修復できる。また、この損傷修復は繰り返し可能である。さらに、大きなせん断ひずみによってゾル状態へ転移しても、ひずみを除くと高速でゲル状態へと回復する。
材料のゾル-ゲル状態を光で制御できる技術は材料基盤技術として期待できる。このような材料を、光で損傷修復可能なコーティング塗料などへと応用すれば、製品の耐久性向上や長寿命化が可能となり、省資源・低環境負荷につながることが期待される。
この研究成果は、2012年5月24日(日本時間)に米国化学会誌Langmuirにオンライン掲載される。また、5月29~31日にパシフィコ横浜(横浜市西区)で開催される第61回高分子学会年次大会において発表される。
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ゾル-ゲル光転移を利用した光損傷修復の模式図
(a)光照射前(損傷あり、ゲル状態)、(b)紫外光照射後(損傷なし、ゾル状態)、
(c)可視光照射後(損傷なし、ゲル状態) |
現在、ソフトマテリアルとしてのゲルが、食品、化粧品、工業用増粘剤などの広範な分野において使用され、今後のさらなる応用が期待されている。近年では、部材や機器の耐久性向上や長寿命化による省資源・省エネルギーへの貢献を目的として、ゲルを用いた自己修復材料の開発が進められている。自己修復材料には、1)室温・大気中など温和な環境で自己修復できる、2)損傷を修復するために外部からの添加物を必要としない、3)繰り返し修復が可能であるなどの特性が要求される。さらに、実用的観点からは、短時間で自己修復できることも重要な特性であり、自己修復材料へ応用できる優れた特性のゲル材料が望まれている。
産総研では、ゲルの応用に注目し、さまざまなゲル化剤の開発に取り組み、最近種々の溶媒をゲル化できる有機電解質オリゴマーの開発に成功している(2007年5月25日産総研プレス発表)。これと並行して、新たなゲル材料の開発を目指し、液晶中に高分子微粒子などを分散させた微粒子/液晶複合系にアゾベンゼン誘導体を組み込んだ光応答性材料を開発してきた。そして、これまでにアゾベンゼン誘導体のシス-トランス光異性化反応を利用して、微粒子の凝集状態や材料の光学物性を光で制御することに成功している。今回、これらの材料技術を融合し、微粒子が液晶中で自己組織的に構築する三次元網目構造と、その構造により発現するゲル状態に注目し、光やせん断ひずみによってゾル-ゲル状態を制御できるゲル材料を開発した。
これまでに、液晶中で高分子微粒子が三次元網目構造を形成することによって、微粒子/液晶複合系がゲル状態を発現することは知られていたが、今回これに光応答性材料を組み合わせ、三次元網目構造を光で制御してゾル-ゲル転移させる光修復材料を開発した。光応答性材料として少量のアゾベンゼン誘導体を用い、アゾベンゼン誘導体のシス-トランス光異性化反応によって、ゾル-ゲル転移を生じさせてゲル材料表面の損傷を修復させる(図1)。図1のゲル材料は、少量のアゾベンゼン誘導体(約1 mol%)を溶解した液晶に高分子微粒子(約20 wt%)を分散させて調製した。このゲル材料表面に、複数個の微小な傷(深さ:約2 mm)をつけ(図1a)、用いた液晶の相転移温度(35.5℃)よりやや低く、ゲル状態が保たれる温度(32℃)で、損傷部分にレンズなどで集光した紫外光(波長:365 nm)を局所的に約10秒間照射すると、照射部分にアゾベンゼン誘導体のトランス体からシス体への光異性化反応による着色が生じた。同時に液晶の相構造がネマチック相から等方相_へと変化して、微粒子が構築する三次元網目構造が崩壊するため、照射部分ではゲル状態からゾル状態への転移が起きた。そして、ゾル状態への転移によって材料の流動性が増し、損傷部分がゾル状態の材料によってふさがれた(図1b)。紫外光照射により誘起されたゾル状態は、同じ温度(32℃)で約10秒間の可視光(波長:435 nm)照射によりアゾベンゼン誘導体をシス体からトランス体へと逆異性化させ、液晶の相構造をネマチック相へと変化させると、微粒子による三次元網目構造が再構築されて元のゲル状態が回復し、表面損傷が修復された(図1c)。なお、暗所で終夜放置することで色も元通りとなった。
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図1 微粒子/液晶複合ゲルにおける表面損傷の光修復
(a) 初期状態、(b) 紫外光照射後(照射時間:約10秒)、(c) 可視光照射後(照射時間:約10秒)、
表面損傷の修復後、ゲルを暗所に終夜放置することで色も元通りとなる。 |
微粒子/液晶複合ゲルの基本的な特性である硬さの指標となる貯蔵弾性率と添加微粒子濃度の関係を測定した(図2a)。このゲル材料の貯蔵弾性率は、添加微粒子濃度が大きくなると直線的に増加するので、材料の硬さを添加微粒子濃度によって調節できる。貯蔵弾性率の増加は、添加する微粒子の量が増えると、構築される三次元網目構造がより強固になることによる。現在のところ、貯蔵弾性率が104 Paを超えるゲル材料を調製することが可能であり、形状が保持できる程度に良好な自己支持性と成型性を持つことを確認している(図2b、c)。
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図2 (a) 微粒子/液晶複合ゲルの貯蔵弾性率と添加微粒子濃度の関係、
(b)微粒子/液晶複合ゲル(添加微粒子濃度=30 wt%)の自己支持性と(c)成形性 |
一般にゲル材料は、大きなせん断ひずみを加えて材料中に構築された三次元網目構造を破壊してゾル状態にすると、ゲル状態へと回復しない場合や、回復に長時間を要する場合が多い。一方、今回開発したゲル材料は、大きなせん断ひずみを加えて材料をゾル状態にしても、ひずみを取り除くと直ちにゲル状態が回復する高速チキソトロピー性を示した(図3)。小さなせん断ひずみ(■、0.1 %)では、貯蔵弾性率(●)は損失弾性率(▲)よりも大きく、材料はゲル状態(●>▲)にある。ここに大きなせん断ひずみ(300 %)を加えると、損失弾性率が貯蔵弾性率よりも大きくなり、ゾル状態となる(▲>●)。しかし、せん断ひずみを再び小さくすると(0.1 %)、ゲル状態が直ちに回復した(●>▲)。この材料では微粒子は液晶のネマチック相ドメイン間に強く凝集して三次元網目構造を形成している。そのため、大きなひずみを加えた際も三次元網目構造は完全には破壊されず、ひずみを取り除くと直ちに元の三次元網目構造が再構築されて、ゲル状態が回復するためと考えている。同様の現象は水を溶媒とするヒドロゲル材料で発現することが知られているが、液晶のような有機溶媒を用いたゲル材料ではまれであり、今回開発した材料に特徴的な物性である。
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図3 微粒子/液晶複合ゲルにおける高速チキソトロピー性 |
今回開発したゲル材料は、光刺激によるゾル-ゲル転移を利用した損傷の修復が可能であるだけでなく、高速なチキソトロピー性も示す。このゲル材料を基にしてさらに開発を進めることによって、さまざまな製品の耐久性の向上や長寿命化が可能となる自己修復性コーティング塗料の開発が期待される。
今回開発したゲル材料は、紫外光に応答するアゾベンゼン誘導体を用いているが、種々の波長の光による損傷修復機能を目指し、アゾベンゼン以外の官能基を有する光応答性材料も用いた可視光や赤外光によるゾル-ゲル状態の光制御技術の研究を進める。また、アゾベンゼン誘導体の添加量や液晶の相構造・相転移温度、微粒子の粒径・素材などの影響を検討し、より低温で光修復が可能なゲルやさらに高強度のゲル材料の開発も予定している。将来的には、コーティング塗料を始めとするさまざまな産業分野での応用を目指し、本成果に対して興味を持った企業と実用化を目指した共同研究を推進する。