国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ナノチューブ実用化研究センター【研究センター長 畠 賢治】CNT評価チーム 中島 秀朗 産総研特別研究員、森本 崇宏 主任研究員、岡崎 俊也 研究チーム長(兼)同研究センター 副研究センター長らは、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構【理事長 石塚 博昭】(以下「NEDO」という)のプロジェクトの成果をもとに、産総研 ナノ材料研究部門【研究部門長 佐々木 毅】炭素系薄膜研究グループ 山田 貴壽 主任研究員、沖川 侑揮 主任研究員、九州大学【総長 久保 千春】グローバルイノベーションセンター【センター長 中島 寛】(以下「九大GIC」という)新エネルギー領域 吾郷 浩樹 教授らと共同で、微弱信号を高効率に検出できるロックイン赤外線発熱解析法を用いて大面積グラフェン膜のさまざまな微細な欠陥構造を高速・高精度で可視化できるイメージング評価技術を開発した。
多様な分野での活用が期待されるグラフェンは、近年化学気相蒸着(CVD)法による大面積化が進められている。しかしながら、一般にCVD法で合成されたグラフェンにはさまざまな欠陥構造が存在するため、電気特性が大きく低下してしまうという課題があった。今回開発した技術により、電圧をかけた時に発生するジュール熱を高効率に検出して、グラフェンの電気特性を低下させる要素を、炭素-炭素結合の切断といった原子レベルの構造の乱れで構成される結晶粒界(ドメインバウンダリー:DB)のような微細な欠陥まで、数分程度で識別できるようになった。大面積のグラフェンに存在するごく小さな欠陥を迅速に可視化する評価ツールとして今後の研究開発への貢献が期待される。
なお、この成果は2019年2月1日(米国東部標準時間)にScience Advancesにオンライン掲載される。
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ロックイン赤外線発熱解析法を用いたグラフェン欠陥構造イメージングの概念図 |
炭素原子一層の厚さを持ち炭素原子6個からなる六員環(炭素間結合距離:0.142ナノメートル)を最小単位とする二次元膜グラフェン(概要図)は、極めて高いキャリア移動度(電気特性)をはじめ、熱伝導性、機械的強度、化学的安定性など多くの優れた特性を示す炭素材料として盛んに研究されている。また近年ではCVD法により大面積の成膜ができるようになり、タッチパネルや太陽電池といったデバイス応用への実用化研究が急速に進められている。しかし、CVD法による成膜では、破れやシワ、結晶粒界といったさまざまな欠陥構造が形成され、グラフェンの電気伝導特性が大きく低下してしまうため、欠陥構造に関する評価はグラフェンの高品質化・高性能化に関わる大きな技術課題となっていた。これまで、主に走査型トンネル顕微鏡(STM)などで評価されていたが、走査する視野がナノメートルからマイクロメートル程度の狭い範囲に限られるため、大面積膜の評価法が大きな課題であった。
産総研 ナノチューブ実用化研究センターでは、カーボンナノチューブ(CNT)産業の創出を目指し、CNTの大量合成、構造分離、機能性複合材料作製、安全性評価などの基盤技術を開発してきた(産総研プレス発表2017年9月12日、2018年4月19日)。その中で、CNTをはじめとするナノ材料の評価技術の開発に取り組んでいる。一方、産総研 ナノ材料研究部門と九大GICでは、大面積CVDグラフェンの合成、転写、デバイス化に関する技術開発を行っている。高品質化・高性能化に向けたグラフェンの作製条件を探索する中で、予期せぬ性能低下や品質のムラといった課題が浮き彫りになり、それらの要因を識別できる評価技術が必要となった。
そこで今回、共同でこれまで蓄積した技術を活用して、大面積グラフェンの実用的な評価法の研究開発に取り組んだ。
今回開発したシステムでは、周期電圧をグラフェンにかけ、グラフェンから発生する熱輻射を赤外線カメラで撮影して発熱の分布を空間的にイメージングしている(図1(a))。従来のサーモグラフィー手法とは大きく異なり、このシステムではかけた電圧の周波数と同期して連続撮影し、一定間隔で画像を取り込んで、ロックイン検出(計測信号と参照信号との同期検波に基づく検出手法で、微弱な信号も高効率に検出できる)に基づく演算処理を行っている(図1(b))。この処理によってグラフェンを支持する基板上での蓄熱成分(直流)が除かれ、電圧によってグラフェンから生成されるジュール熱成分(交流)だけを高効率・高速に発熱画像としてイメージングできる。
図1(c)はCVDで成膜したグラフェン単層膜を今回開発したシステムで撮影して得た発熱画像である。試料はグラフェン結晶が複数繋がったものであり(概要図)、結晶同士の境界であるグラフェンの結晶粒界(ドメインバウンダリー:DB)上で、強い線状の発熱が観測された(図中DB1とDB2)。また、ほとんど発熱がみられない結晶粒界もあった(DB3)。この画像は、グラフェンを流れる電流が結晶粒界上を通る際に、局所的な電気抵抗の上昇によるジュール発熱量の違いとして明瞭にイメージングできることを示している(図1(d))。さらに今回の技術により、ミリメートルサイズのグラフェンを10分程度で計測でき、大面積試料の非常に有用な評価法になると期待される。
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図1 ロックイン赤外線発熱解析法による大面積CVDグラフェン膜の発熱画像
(a)、(b)今回開発した計測システム、(c)ロックイン赤外線発熱解析法による発熱画像と(d)結晶粒界上で起こるジュール発熱の模式図 |
図2(a)に、幾つかの結晶粒界箇所について計測された発熱強度とラマン分光法で得られたグラフェンの結晶性の関係を示す。また、図2(b)-(e)に、観測した結晶粒界箇所の構造的な特徴を示した。結晶性が高くグラフェン結晶がシームレスに連結している場合(図2(b))では、結晶内部と粒界の電気抵抗の差が小さいためジュール熱がほとんど観測されない。一方、グラフェンの基本単位である六員環構造中の炭素-炭素結合(サブナノメートルサイズ)の切断のような原子スケールの欠陥が連続することで起こる不連結(六員環同士の連結が途切れた状態)やオーバーラップ(六員環同士が互いに上下に重なったような状態)が連鎖することで生じる幅100ナノメートル程度の欠陥構造を含む粒界(図2(c), (d))では、その幅で起こる局所的な電気抵抗の上昇を反映した強いジュール熱が観測された。また、基本の六員環構造が崩れて五員環や七員環などになる構造の乱れと考えられる原子スケールの欠陥構造でも検出可能であり(図2(e))、微細な欠陥の影響も評価できることがわかった。さらに、結晶粒界に加え、破れやシワといったグラフェン膜のさまざまな欠陥構造も可視化できた。
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図2 結晶粒界における発熱強度と結晶性との関係 |
今回開発したロックイン赤外線発熱解析法によって、これまで原子スケールの欠陥の評価に用いられているSTMなどの探針プローブを用いたナノメートルからマイクロメートル程度の局所的な範囲のグラフェン品質評価を、10ミリメートル以上の広い視野に拡張できる(図3)。また、従来のサーモグラフィーやテラヘルツ時間領域分光といった手法では本質的に困難であったナノスケールの微細な構造が数分程度の短時間でイメージング評価できるようになった。今回の成果は、高品質化・高性能化が求められるCVDグラフェンの性能評価として有用であり、大面積デバイスへの応用に向けて大きく貢献し得ると期待される。
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図3 従来計測法と比べた本評価技術の位置付け(文献値比較) |
今後は、今回の成果をもとに、品質評価を通じてCVDグラフェンの高性能化に貢献するとともに、近年発光デバイスとして注目される二次元シートの一種である遷移金属ダイカルコゲナイドといったさまざまな材料系への応用に取り組む。