発表・掲載日:2018/08/02

シクロヘキサンの常温・常圧酸化により高選択的にナイロンの原料を合成

-太陽光を利用した半導体光電極で、高難度のC-H結合切断と選択反応を実現-

ポイント

  • 光電気化学システムを用いて、常温・常圧下で高難度の有機合成反応を進行
  • 太陽光と酸素を用い、シクロヘキサンの酸化により高選択的(約99 %)にナイロン原料を合成
  • 太陽光エネルギーを利用した有用化学品合成という新分野へ貢献できる技術を開発


概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)太陽光発電研究センター【研究センター長 松原 浩司】 佐山 和弘 首席研究員、機能性材料チーム 三石 雄悟 主任研究員、舘野 拓之 産総研特別研究員らは、経済産業省の革新的なエネルギー技術の国際共同研究開発事業「太陽光による有用化学品合成」による支援を受け、酸化物の半導体光電極を用い、太陽光エネルギーを利用したシクロヘキサンの直接酸化によりナイロンなどの原料であるKAオイル(シクロヘキサノン+シクロヘキサノール)を常温・常圧下で高い選択性(約99 %)で合成する技術を開発した。半導体光電極は板状や膜状の半導体に導線を接続した電極で、光照射を受けて酸化還元反応を進行させる。今回開発した技術は、高付加価値の有用化学品を、太陽光エネルギーとわずかな電気エネルギーから合成できる技術であり、持続可能な社会への貢献が期待される。

なお、この技術の詳細は、ドイツの学術論文誌Angewandte Chemie International Editionに2018年7月30日(中央ヨーロッパ夏時間)にオンライン掲載された。また、8月8日に横浜で開催される国際会議The 8th Tokyo Conference on Advanced Catalytic Science and Technology (TOCAT8)でも発表される。

概要図
太陽光エネルギーと酸化物光電極を用いたナイロン原料合成の模式図(左)と光電極の写真(右)


開発の社会的背景

近年、光触媒電極を用いて、無尽蔵な太陽光から水や炭酸ガスを原料として水素や簡単な有機物(燃料)を合成する研究が活発に行われている。太陽光エネルギーを直接利用した光電気化学的な化学品製造プロセスが高い効率と非常に低い電圧(外部電力)で実現できれば、大きな省エネ効果とCO2排出削減、低コスト化が期待できるため、有用な化学物質変換技術としての発展も期待されている。

一方、シクロヘキサンの酸化によるKAオイルの合成は、ナイロン製造の重要な工程であり、世界での年間生産量は600万トン以上である。現在、KAオイルは、高温・高圧下で多大なエネルギーを使用して製造されているが、選択性を上げる制御の難しい酸化反応であり、環境調和性の観点から革新的な新規プロセスの開発が強く求められている。

研究の経緯

産総研では、これまで、太陽光を利用して水を高効率で水素と酸素に分解できる酸化物半導体光電極を開発した(産総研プレス発表、平成24年3月12日)。また、酸化タングステン(WO3などの酸化物半導体光電極を用いて、さまざまな無機化合物の有用化学品の合成に取り組み、過酸化水素や過硫酸、次亜塩素酸などの無機系酸化剤の効率的な合成法も開発した(産総研プレス発表、平成27年3月6日)。

光電極を用いて太陽光を利用した化学品製造は、報告例が少なく未開拓な分野であり、これまで産総研はこの分野の開拓をリードしてきた。また、光電極を用いた酸化的な有機合成反応も同様に報告例は非常に少ない状況にあった。種類が膨大にある有機系の反応の中で、光電極の強い酸化能力を生かし、高難度で非常にインパクトの大きなシクロヘキサンの酸化反応に取り組んだ。

研究の内容

飽和炭化水素であるシクロヘキサンのC-H結合は非常に強固であり、結合の切断や活性化には高温でエネルギーを投入したり、反応性の高い特殊な酸化剤を用いたりする必要がある。電気化学的に高い電圧をかけて切断する方法を貴金属電極や炭素電極で試したが、KAオイルはほとんど生成しなかった。今回、酸化タングステン薄膜の半導体光電極を用いて、わずかな外部電圧をかけて疑似太陽光を照射すると、KAオイルが選択的に合成できることを見いだした。

酸化タングステン薄膜の半導体光電極は、タングステン酸を含む前駆体溶液を導電性ガラス上にスピンコートし、大気下で焼成すると簡単に作製できる。作製した半導体光電極と対極を一室型反応容器中に配置し、シクロヘキサンと硝酸を含む反応溶液を用い、酸素が溶存している状態で光電極に疑似太陽光照射を行うとKAオイルが生成した。擬似太陽光照射だけでも、この反応をわずかに進行させることができるが、外部電圧をかけると生成速度は劇的に向上し、最大で6倍程度まで達した(図1)。なお、作製した酸化タングステン半導体光電極は安定であり、複数回利用しても問題なく動作した。一方、疑似太陽光を照射しないと2 V以下の外部電圧では電流は流れず、KAオイルは生成しなかった。また、酸素が存在しないとKAオイルは生成しなかった。

酸化反応の想定されるメカニズムを図2に示す。今回の反応のように酸素を用いた酸化反応やラジカル中間体を経由する反応はさまざまな副反応が進行する可能性があり、選択性を向上させるのが難しいが、反応で得られた酸化生成物を分析すると CO2生成は非常に僅かであり、KAオイルの生成物選択性は99 %以上と、今回開発した酸化物半導体光電極システムは非常に選択性が高いことが分かった。酸化タングステン表面の優れた触媒作用が要因と考えられる。想定した反応機構を元に流れた電流に対する生成物の見かけの利用効率を計算すると76 %に達した。

以上のように、太陽エネルギーを利用した光電気化学的な反応で、工業的に付加価値のある化学品であるKAオイルを、安価なシクロヘキサンと酸素から常温・常圧下で高選択的に合成できたことは、難度の高い有機合成反応を行う際に光電気化学的な反応による合成が有用であることを示す。

図1
図1:今回の光電気化学反応によるKAオイル生成に対する外部電圧の効果

図2
図2:想定されるシクロヘキサンからKAオイルが生成する反応メカニズム

今後の予定

今回のように、生成物がほぼ100 %近い選択性で得られ、反応に必要な外部電圧を太陽エネルギーによって大きく低減させた光電気化学的な有用化学品製造の実用化を目指し、有機系と無機系の両方でさまざまな高効率な反応の開発を継続していく。



用語の説明

◆半導体光電極
本研究の酸化タングステンを用いた半導体光電極の場合、半導体に光が吸収されると価電子帯の電子(e-)が伝導帯に跳ね上がる。この伝導帯の電子を補助電源の作用で対極に送り込み、対極で酸素の還元を進行させる。一方、価電子帯にはその電子の抜け殻ができ、この部分に正電荷に帯電した正孔(h+)ができる。正孔は他の物質から電子を奪いやすい(酸化しやすい)状態になっている。この正孔の酸化力は非常に強く、シクロヘキサンの強固なC-H結合を切断して水素をプロトン(H+)として脱離させ、図2のようなラジカル中間体を生成する機構で反応が進行していると推察している。[参照元へ戻る]
◆シクロヘキサン
石油由来のベンゼンの還元水素化によって主に得られる、最も一般的な環状飽和炭化水素の一種。下図のような六角形の炭素の環状化合物で、化学式はC6H12。KAオイル製造を経由するナイロンの原料や有機溶剤としても良く用いられる。[参照元へ戻る]
シクロヘキサンの説明図
◆KAオイル
シクロヘキサノンとシ クロヘキサノールの混合物のこと。ナイロンの原料であるアジピン酸やヘキサメチレンジアミン、ε-カプロラクタムの製造のほか、有機溶剤としても用いられる。[参照元へ戻る]
シクロヘキサノンの説明図
シクロヘキサノン
シクロヘキサノールの説明図
シクロヘキサノール
◆酸化タングステン(WO3
可視光応答性を持つ黄緑色の光触媒であり、三酸化タングステンとも呼ばれる。強酸中でも化学的に安定で取り扱いが容易であり、代表的な光触媒である酸化チタンと同等の強い酸化力を示す。屋内用の環境浄化用光触媒として、実用化もされている。[参照元へ戻る]
◆スピンコート
高速回転する基板に溶液を滴下して塗布し、溶媒を除去して薄膜を形成させる方法。[参照元へ戻る]
◆生成物選択性
得られた酸化生成物のうち、所望の生成物が占める割合を示す。今回のKAオイル合成の研究では、シクロヘキサンの完全分解が進行した場合、KAオイルの生成に対してCO2の生成が競合する。1分子のシクロヘキサンからは6分子のCO2が生成すると考えられるため、それを考慮して下記式で計算する。CO2以外のシクロヘキサン酸化による副生成物は痕跡量程度しか観測されなかった。
生成物選択性=(KAオイルの生成量)÷(KAオイルの生成量+1/6 CO2の生成量)×100 [参照元へ戻る]
◆流れた電流に対する生成物の見かけの利用効率
流れた電流のうち、所望の生成物を製造するのに使用された割合を示す。見かけの電流効率または Faraday効率とも呼ぶ。反応に関与する電子の数を仮定して計算される。[参照元へ戻る]


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