国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)太陽光発電研究センター【研究センター長 松原 浩司】 佐山 和弘 首席研究員、機能性材料チーム 三石 雄悟 主任研究員、舘野 拓之 産総研特別研究員らは、経済産業省の革新的なエネルギー技術の国際共同研究開発事業「太陽光による有用化学品合成」による支援を受け、酸化物の半導体光電極を用い、太陽光エネルギーを利用したシクロヘキサンの直接酸化によりナイロンなどの原料であるKAオイル(シクロヘキサノン+シクロヘキサノール)を常温・常圧下で高い選択性(約99 %)で合成する技術を開発した。半導体光電極は板状や膜状の半導体に導線を接続した電極で、光照射を受けて酸化還元反応を進行させる。今回開発した技術は、高付加価値の有用化学品を、太陽光エネルギーとわずかな電気エネルギーから合成できる技術であり、持続可能な社会への貢献が期待される。
なお、この技術の詳細は、ドイツの学術論文誌Angewandte Chemie International Editionに2018年7月30日(中央ヨーロッパ夏時間)にオンライン掲載された。また、8月8日に横浜で開催される国際会議The 8th Tokyo Conference on Advanced Catalytic Science and Technology (TOCAT8)でも発表される。
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太陽光エネルギーと酸化物光電極を用いたナイロン原料合成の模式図(左)と光電極の写真(右) |
近年、光触媒電極を用いて、無尽蔵な太陽光から水や炭酸ガスを原料として水素や簡単な有機物(燃料)を合成する研究が活発に行われている。太陽光エネルギーを直接利用した光電気化学的な化学品製造プロセスが高い効率と非常に低い電圧(外部電力)で実現できれば、大きな省エネ効果とCO2排出削減、低コスト化が期待できるため、有用な化学物質変換技術としての発展も期待されている。
一方、シクロヘキサンの酸化によるKAオイルの合成は、ナイロン製造の重要な工程であり、世界での年間生産量は600万トン以上である。現在、KAオイルは、高温・高圧下で多大なエネルギーを使用して製造されているが、選択性を上げる制御の難しい酸化反応であり、環境調和性の観点から革新的な新規プロセスの開発が強く求められている。
産総研では、これまで、太陽光を利用して水を高効率で水素と酸素に分解できる酸化物半導体光電極を開発した(産総研プレス発表、平成24年3月12日)。また、酸化タングステン(WO3)などの酸化物半導体光電極を用いて、さまざまな無機化合物の有用化学品の合成に取り組み、過酸化水素や過硫酸、次亜塩素酸などの無機系酸化剤の効率的な合成法も開発した(産総研プレス発表、平成27年3月6日)。
光電極を用いて太陽光を利用した化学品製造は、報告例が少なく未開拓な分野であり、これまで産総研はこの分野の開拓をリードしてきた。また、光電極を用いた酸化的な有機合成反応も同様に報告例は非常に少ない状況にあった。種類が膨大にある有機系の反応の中で、光電極の強い酸化能力を生かし、高難度で非常にインパクトの大きなシクロヘキサンの酸化反応に取り組んだ。
飽和炭化水素であるシクロヘキサンのC-H結合は非常に強固であり、結合の切断や活性化には高温でエネルギーを投入したり、反応性の高い特殊な酸化剤を用いたりする必要がある。電気化学的に高い電圧をかけて切断する方法を貴金属電極や炭素電極で試したが、KAオイルはほとんど生成しなかった。今回、酸化タングステン薄膜の半導体光電極を用いて、わずかな外部電圧をかけて疑似太陽光を照射すると、KAオイルが選択的に合成できることを見いだした。
酸化タングステン薄膜の半導体光電極は、タングステン酸を含む前駆体溶液を導電性ガラス上にスピンコートし、大気下で焼成すると簡単に作製できる。作製した半導体光電極と対極を一室型反応容器中に配置し、シクロヘキサンと硝酸を含む反応溶液を用い、酸素が溶存している状態で光電極に疑似太陽光照射を行うとKAオイルが生成した。擬似太陽光照射だけでも、この反応をわずかに進行させることができるが、外部電圧をかけると生成速度は劇的に向上し、最大で6倍程度まで達した(図1)。なお、作製した酸化タングステン半導体光電極は安定であり、複数回利用しても問題なく動作した。一方、疑似太陽光を照射しないと2 V以下の外部電圧では電流は流れず、KAオイルは生成しなかった。また、酸素が存在しないとKAオイルは生成しなかった。
酸化反応の想定されるメカニズムを図2に示す。今回の反応のように酸素を用いた酸化反応やラジカル中間体を経由する反応はさまざまな副反応が進行する可能性があり、選択性を向上させるのが難しいが、反応で得られた酸化生成物を分析すると CO2生成は非常に僅かであり、KAオイルの生成物選択性は99 %以上と、今回開発した酸化物半導体光電極システムは非常に選択性が高いことが分かった。酸化タングステン表面の優れた触媒作用が要因と考えられる。想定した反応機構を元に流れた電流に対する生成物の見かけの利用効率を計算すると76 %に達した。
以上のように、太陽エネルギーを利用した光電気化学的な反応で、工業的に付加価値のある化学品であるKAオイルを、安価なシクロヘキサンと酸素から常温・常圧下で高選択的に合成できたことは、難度の高い有機合成反応を行う際に光電気化学的な反応による合成が有用であることを示す。
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図1:今回の光電気化学反応によるKAオイル生成に対する外部電圧の効果 |
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図2:想定されるシクロヘキサンからKAオイルが生成する反応メカニズム |
今回のように、生成物がほぼ100 %近い選択性で得られ、反応に必要な外部電圧を太陽エネルギーによって大きく低減させた光電気化学的な有用化学品製造の実用化を目指し、有機系と無機系の両方でさまざまな高効率な反応の開発を継続していく。