独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)エネルギー技術研究部門【研究部門長 小原 春彦】佐山 和弘 首席研究員(兼)太陽光エネルギー変換グループ研究グループ長、同グループ 福 康二郎 研究員らは、多孔質の酸化タングステン(WO3)などを積層した半導体光電極を用いて、太陽光エネルギーで水を分解し、水素製造と同時にさまざまな高付加価値の化学薬品を効率良く製造する技術を開発した(図1)。
化学薬品としては過硫酸や次亜塩素酸塩、過酸化水素、過ヨウ素酸塩、四価セリウム塩などの酸化剤を製造できる。太陽光エネルギーを水素と過硫酸として化学エネルギーに変換・蓄積する反応では、ほぼ100 %の選択性で過硫酸へ変換でき、非常に高い太陽光エネルギー変換効率(ABPE効率=2.2 %)を達成できた。太陽光エネルギーを利用することで水の電気分解の電解電圧を著しく低減しながら、水素エネルギーと多様な有用化学薬品を同時に製造できる技術であり、将来の経済性の高い新規プロセスの実用化が期待できる。
なお、この技術の詳細は、2015年3月15日~17日に国立大学法人 横浜国立大学(神奈川県横浜市)で開催される電気化学会第82回大会で発表される。
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図1 太陽光と光電極による高付加価値な酸化剤および水素の製造 |
持続可能な社会を構築するためには、再生可能エネルギーの有効利用が不可欠であり、中でも最も膨大な太陽光エネルギーの利用は重要である。植物の光合成のように太陽光エネルギーを直接化学エネルギーに変換して貯蔵する人工光合成技術が近年注目され、酸化物の光触媒粉末や光電極を用いて、太陽光を利用して水と炭酸ガスから酸素と有機物を合成したり、水から水素と酸素を合成(ソーラー水素製造)したりする研究が活発に行われている。もし、太陽電池並みの高い効率で、植物栽培と同じようなシンプルで安価なソーラー水素製造システムが開発されれば、水素社会の実現やエネルギー問題の解決に大きな貢献が期待できる。しかし、光触媒や光電極の太陽光エネルギーを水素エネルギーなどに変換する効率は依然として低く、性能や経済性の高いシステムの開発が望まれていた。
また、さまざまな化学薬品の製造には膨大な化石燃料のエネルギーが使用されており、その省エネルギー化や二酸化炭素(CO2)フリー化は非常に重要な課題である(図2)。化学薬品の製造には酸化還元反応を伴う場合が大部分である。もし、太陽光エネルギーを利用した光電気化学的な化学薬品製造プロセスが高効率・低電圧で実現できれば大きな省エネ効果と低コスト化が期待でき、再生可能エネルギー社会構築への大きなブレークスルーとなるが、そのような検討例はほとんど無かった。
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図2 有用な化学薬品製造の(a)現状および(b)将来像 |
これまで産総研では、さまざまな酸化物半導体を用いた多孔質光電極による水分解水素製造の研究を行ってきており、2012年には酸化物半導体光電極による水分解水素製造に関して世界最高の太陽光エネルギー変換効率(ABPE効率=1.35 %)を達成した(2012年3月12日 産総研プレス発表)。もし、酸素発生よりも酸化還元準位が正に大きい化学反応を進行させることができれば、エネルギーロスは小さくなり、水素や酸化生成物への太陽光エネルギー変換効率の向上も期待できる。しかし、これまでは還元側の水素製造が注目される一方で酸化側の反応に対する注目度は低く、酸化側で高付加価値の生成物を効率良く生産する検討例は非常に少なく性能も低かった。
なお、本研究は経済産業省の日米等エネルギー環境技術研究・標準化協力事業(日米等エネルギー環境技術研究協力)」(平成22~26年度)による支援を受けて実施したものである。
今回、タングステン酸イオンを含む溶液を導電性ガラスにスピンコートし、焼成するという簡便な方法で成膜した多孔質の酸化タングステン膜の半導体光電極を作製した。膜厚を厚くしてさらに光散乱を有効利用しながら光吸収効率を大きくすることで、水素と同時にさまざまな高付加価値の酸化剤を効率良く製造することができた(図1、図3)。光電極と対極との間には逆反応を防ぐためにイオン交換膜を配置している。酸化剤としては、硫酸水溶液(HSO4-)から過硫酸(S2O82-)、食塩(NaCl)水溶液から次亜塩素酸塩(ClO-)、炭酸塩水溶液から過酸化水素(H2O2)、ヨウ素酸塩(IO3-)を含む水溶液から過ヨウ素酸塩(IO4-)、三価セリウム塩(Ce3+)を含む水溶液から四価セリウム塩(Ce4+)などを含む水溶液が効率良く製造できた。S2O82-、ClO-、H2O2に関しては、これまでの報告の中で最も高い性能が得られた。またIO4-およびCe4+生成は全く新規な反応である。これらの反応はいずれも、酸素発生の酸化還元準位(1.23 V(RHE))よりも正に大きく、太陽光エネルギーの有効利用にもつながる。特に、硫酸水溶液中での過硫酸製造の場合、酸素発生は観測されず、酸化生成物の過硫酸への選択性はほぼ100 %であった。通常、この電気化学反応を従来の金属電極で進行させるには2.1 V以上の電圧が理論上必要であるが、光電極を用いれば0.6 Vからでも反応を進行することができる(図4)。太陽光エネルギーを、補助電圧をかけながら水素と過硫酸の化学エネルギーに変換・蓄積するための、光電極の性能指数である太陽光エネルギー変換効率(ABPE効率)は2.2 %であった。この数字はこれまでの報告値と比べて約1.6倍の最も高い効率である。光電極の代わりに白金電極を用いて酸化反応を行ったところ、2~3 Vの電圧を加えても過硫酸はほとんど生成せず、酸素ガスだけが発生したことから、この半導体光電極の選択性の優れていることがわかる。図3のような半導体上の酸化力の強い正孔で直接反応している、特異的な機構が関与していると推察される。
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図3 光電極による有用な化学薬品製造の反応機構 |
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図4 WO3光電極による水素と過硫酸製造の電流電圧特性(疑似太陽光照射下) |
次亜塩素酸塩も有用な酸化剤であり、特に漂白剤や飲料水の消毒薬として広く使われている。WO3半導体光電極を用いると、1.1 V以下の低い電圧で食塩水から次亜塩素イオンを生成できた。さらに、WO3よりも太陽光エネルギーを幅広く利用できることが知られている、バナジン酸ビスマス(BiVO4)という酸化物半導体から成る光電極を用いても、低電圧で次亜塩素酸塩を生成できた。流れた電流に対する生成物選択性は約46 %であった。次亜塩素酸塩は現在、直接または間接的な食塩水の電解により膨大な電力エネルギー(1.4 V以上の電解電圧)を用いて大量に製造されている。光電極と太陽光エネルギーを用いてさらに効率的な次亜塩素酸製造の低電圧化ができれば大きな省エネ効果が期待できる。
さらに、これらのWO3やBiVO4光電極では、炭酸塩水溶液を用いた場合に水を酸化して過酸化水素が生成できることも見いだしている。流れた電流に対する生成物選択性は49 %に達した。過酸化水素も強力な酸化力を持ち、使用後の生成物が水のみであることからも、汎用性の高いクリーンな酸化剤として利用されている。過酸化水素は、主にアントラキノン法という方法を用いて製造されているが、製造プロセスが複雑であることや、有機溶剤を多量に使用するなどの問題点も数多い。また、新規な反応であるIO4-およびCe4+生成の生成物選択性はWO3光電極上においてそれぞれ約50 %および40 %~50 %であった。
製造したさまざまな酸化剤はその強い酸化力を利用して、有機汚染物質の浄化や、排水処理、漂白、殺菌、消毒、洗浄、選択的有機変換などのさまざまな分野に利用できる。水溶液に存在する酸化剤を別の場所で分解すれば、高純度の酸素を製造することもでき、純酸素ガスの集中捕集も容易になる。また、酸化剤は使用後に元の原料に戻る。このように無尽蔵な太陽光エネルギーを動力として、クリーンな水溶媒中で水素エネルギーと同時に有用化学薬品を製造・蓄積できる本システムは、太陽光エネルギーの革新的な有効利用法の将来性を明示した画期的な成果である。
光電極の太陽光エネルギー変換効率を向上させるには、光電流を増大させつつ、選択性を向上させ、補助電源電圧を低下させる必要がある。今回のWO3やBiVO4半導体よりも、太陽光のより幅広い利用が期待できる酸化物や、非酸化物の半導体などの光電極でも高付加価値の化学薬品製造ができることを既に確認しており、現在はその高性能化を検討している。
さらに、光電極の補助電源に安価な有機系太陽電池を用いて一体化した独立システムの検討も行っており、システム全体の高効率化と最適化を行い、単純な太陽電池-水電解よりも低コストの水素製造や省エネルギーの飲料水浄化システムなどが実現できるように研究を進めている。