国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ナノ材料研究部門【研究部門長 佐々木 毅】材料界面シミュレーショングループ 宮本 良之 研究グループ長と、中国 四川大学 Hong Zhang教授、Xinlu Cheng教授、ドイツ マックスプランク 物質構造・ダイナミクス研究所 Angel Rubio教授は、グラフェンナノリボンが紫外光をテラヘルツ(THz)の周期で変調させる作用があることをシミュレーションで発見した。この計算結果から、テラヘルツ波発振素子への応用を提案した。
このシミュレーションは、紫外光がグラフェンナノリボンを通ると、その強度がテラヘルツ周期で変調されることを計算したものである。変調された紫外光を光伝導特性を持つ半導体に当てると半導体内にテラヘルツ周期で変調された光電流が流れるため、それをアンテナに流すとテラヘルツ波の発振が可能になると予想される。これにより、有機物質の特定や生体観察などに利用できるコンパクトなテラヘルツ波発振素子を開発できる可能性が考えられる。
なお、このシミュレーションの詳細は、英国王立化学会の発行する雑誌Nanoscaleに近くオンライン掲載される。
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グラフェンナノリボンを用いたテラヘルツ波発振素子の概念図 |
近年、グラフェンの応用技術が注目を集めており、電子と正孔の伝導特性がどちらも高いことなどを利用したデバイスが研究されている(2012年12月11日産総研プレス発表)。しかし、光デバイスでは伝導特性が高ければ高いほどよいというわけではなく、この特性は必ずしも有利ではなかった。一方、グラフェンを短冊状に切ったグラフェンナノリボンはバンドギャップをもち、半導体のような特性があり、光の吸収や透過といった性質を利用することが研究されてきた。
また、特定有害物質の同定や建築物劣化の測定にはテラヘルツ波が利用できるが、強力なテラヘルツ波発生源をコンパクトな素子を用いて安価に製作することは容易ではなかった。
産総研は、計算科学による設計からナノスケール材料の研究開発を加速することを目指しており、第一原理計算によって物質中の電子や原子の働きをシミュレーションし、材料に光を当てた場合の電子の運動の計算や、グラフェンなどのナノスケール材料の光応答の計算に取り組んできた(2015年3月18日産総研プレス発表)。
今回の研究では、産総研と四川大学でグラフェンナノリボンの応用を検討し、マックスプランク 物質構造・ダイナミクス研究所が第一原理計算の適用方法と解釈について検討し、数値計算を産総研が担当した。なお、今回の数値計算は、文部科学省科学研究費補助金・新学術領域研究「原子層科学(SATL)(平成25~29年度)」による支援を受けて行い、大阪大学 サイバーメディアセンターの共同利用設備であるスーパーコンピューターを用いた。
今回の研究では、紫外光がグラフェンナノリボンを通過する際に、紫外光の強度がグラフェンによりテラヘルツ周期で変調されることをシミュレーションで確認し、その現象を利用したテラヘルツ波の発振素子を提案した。半導体のようにバンドギャップを持つ、リボン状になった一次元グラフェンナノリボンを対象とし、グラフェンナノリボンの端はグラフェンシートを構成する炭素原子に水素原子が結合したアームチェア型という構造を仮定した(図1)。このグラフェンナノリボンに、図1に示す方向に分極する光電場の紫外光を当てるシミュレーションを、時間依存密度汎関数理論に基づいた第一原理計算により行ったところ、グラフェンナノリボンの端から端に電子が行き来する振動が誘起されると計算された。すなわち、光照射により、グラフェンナノリボン内部の電子による電子雲が光電場の振動に合わせて振動しようとする。もし電子雲の固有振動数が光電場の振動数に近ければ共鳴現象を起こすと予想される。第一原理計算によるシミュレーションでは、紫外光(光子のエネルギーが6 eV程度)が照射されると電子雲の振動と光電場の振動が共鳴現象を示し、電子雲の振動の振幅が増大と減衰を繰り返すと計算された。
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図1 シミュレーションに用いたグラフェンナノリボンに長手方向に垂直に分極した紫外光の光電場を当てる様子 |
図2に、グラフェンナノリボンの表面から0.334 nmの高さでの、グラフェンナノリボンの電子の振動により発生した誘導電場と光電場の和(これを全電場と呼ぶ)と、光電場の時間変化のシミュレーション結果を比較した。なお、紫外光の光子エネルギーは、6.20 eVと6.53 eVとして計算してある。
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図2 グラフェンナノリボンに光子エネルギーが6.20 eVと6.53 eVの紫外光を照射した際のグラフェンナノリボン表面付近の全電場のシミュレーション結果 |
図2に示すように、全電場の強さは増大と減衰を繰り返し、その周期は約100 フェムト秒(fs)であった。この周期は約10 THZに対応する。したがって、グラフェンナノリボンを半導体表面に塗布し、紫外光をグラフェンナノリボン越しに半導体へ照射すると、周期100 fsで変調された紫外光が半導体に到達し、半導体内に流れる光電流も100 fsの周期で変調されると考えられる。この半導体をアンテナに接続すればテラヘルツ波を発生できると予想される。なお、アンテナからのテラヘルツ波発振には、電場として発振するために一方向の電流の強弱変化よりも、双方向の電流の変化が厳密には望ましいので、電流・電圧変換機を挿入してアンテナに接続することを併せて提案した。
今後は、実際に応用が期待されている0.5 THZから5 THZのテラヘルツ波を発生させる、グラフェンナノリボン以外の低次元材料を探索する。また、照射する光の波長も、紫外光領域から可視光、赤外光領域まで、より幅広い可能性を追求していく予定である。