国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)生物プロセス研究部門【研究部門長 田村 具博】環境生物機能開発研究グループ 菊池 義智 主任研究員(兼)国立大学法人 北海道大学 大学院農学研究院 客員准教授、深津 武馬 生物プロセス研究部門 首席研究員(兼)生物共生進化機構研究グループ 研究グループ長、環境管理研究部門【研究部門長 田中 幹也】環境微生物研究グループ 堀 知行 主任研究員らは、国立大学法人 北海道大学【総長 山口 佳三】(以下「北大」という)大学院農学研究院 淺野 行蔵 特任教授、大学院農学院博士課程2年 大林 翼らと共同で、放送大学、国立研究開発法人 農業環境技術研究所、釜山大学校(韓国)と協力して、農作物の害虫として知られるカメムシ類が、消化管に発達した狭窄部によって、餌とともに取り込まれた雑多な細菌の中から特定の共生細菌だけを選別して共生器官に取り込むことを明らかにした。
今回の成果は、害虫であるカメムシ類が共通で持つ、共生細菌の獲得に関わる特異な仕組みを初めて解明したもので、腸内共生の成立を阻害して害虫の防除を行う新たな方法の開発につながることが期待される。
この研究成果は2015年9月1日(日本時間)に、米国の学術誌Proceedings of the National Academy of Sciences USA(米国科学アカデミー紀要)にオンライン掲載される。
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ホソヘリカメムシ(左)と食用色素を吸わせたカメムシの消化管(右)
消化管中央にある狭窄部(黄色矢印)で色素は止まるが共生細菌は通り抜け共生器官に感染する。 |
作物に害を与える農業害虫や、病原性微生物を媒介する衛生害虫、シロアリのように木造住宅を食害する家屋害虫など、いわゆる「害虫」と呼ばれる昆虫のほとんどが体内に共生細菌を持っている。共生細菌は、成長・生存・繁殖に必要な栄養供給や消化の補助などの役割を担っている。このような共生細菌は害虫防除のための新たなターゲットになると考えられており、その共生機構の解明を目指し研究が進められている。
カメムシ類(半翅目:異翅亜目)は世界では40,000種以上、日本では1,500種余りが知られ、その多くは農作物の重要害虫である。多くの種についてその生態が十分には解明されておらず、稲やダイズといったさまざまな農作物にとって難防除害虫であるため、その防除法の開発が求められている。植物の汁を吸うカメムシ類の多くはその腸内に共生細菌を保持しており、共生細菌が栄養供給や植物適応、殺虫剤抵抗性の保持など重要な役割を担っている。共生細菌の機能や進化に関する知見が蓄積する一方、カメムシ類の腸内共生がどのような仕組みで成立しているのかは、ほとんど分かっていなかった。
産総研ではこれまでに、ダイズの重要害虫であるホソヘリカメムシが独特な腸内共生のシステムを持つことを発見した。ほとんどの昆虫では、共生細菌は母から子へと直接伝えられるが、ホソヘリカメムシは、環境土壌中に生息するバークホルデリアという共生細菌を幼虫が経口で取り込むことによって、世代ごとに新たに共生関係が成立する。バークホルデリアは培養が容易で、遺伝子操作も可能であることから、共生の成立に関わる遺伝的基盤を解明するために有用な研究対象として注目されている。
産総研ではこれまでにホソヘリカメムシの腸内共生系に関して「害虫に殺虫剤抵抗性を持たせる共生細菌を発見」(2012年4月24日産総研プレス発表)、「昆虫と細菌との共生におけるポリエステルの新たな機能」(2013年6月11日産総研プレス発表)などの研究成果をあげてきた。
北大は産総研との連携大学院を設けており、この制度によるホソヘリカメムシの研究によって同大学の大学院生が国際学会のポスター最優秀賞を受賞する(2014年9月25日北大発表)など、人材育成において大きな成果をあげてきた。今回の研究は、産総研の菊池 義智 主任研究員の指導のもと北大の大学院生である大林 翼らが共同で進めたものである。
なお、本研究は、農林水産省 農林水産技術会議「農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業」、と公益財団法人 発酵研究所「寄付講座助成」による支援を受けて行った。
こホソヘリカメムシの消化管の後半部分には多数の袋状組織が発達しており(図1)、その中にバークホルデリアが共生している。この袋状組織が多数発達した消化管の部位を、以下「共生器官」と呼ぶ。また、消化管の中央付近(共生器官の手前に当たる部位)は極端に狭まっており、本研究ではこの部位を「狭窄部」(図1)と名付けた。この狭窄部は、古い文献に記載がみられるが、その機能については不明であった。
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図1 ホソヘリカメムシの消化管全体像と、狭窄部と共生器官の拡大像 |
まず、ホソヘリカメムシの消化管における食物の流れを観察するために、さまざまな食用色素を吸わせ消化管内容物の流路を観察したところ、色素は狭窄部までは到達するものの、以降の共生器官にはまったく流入せず(図2)、ホソヘリカメムシの消化管ではこの狭窄部によって食物の流入が極端に制限されていることが明らかとなった。
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図2 さまざまな色素を吸わせたホソヘリカメムシの消化管(黄色矢印は狭窄部) |
次に、バークホルデリアを持たないカメムシの幼虫に、食用色素と緑色蛍光タンパク質(GFP)で緑に発光させたバークホルデリアを同時に吸わせたところ、色素は狭窄部分で止まり、バークホルデリアだけが共生器官に感染することが分った(図3A)。さらに、GFPで緑に発光させたバークホルデリアと赤色蛍光タンパク質(RFP)で赤く発光させた大腸菌を同時に吸わせたところ、大腸菌は狭窄部で止まるが、バークホルデリアだけが狭窄部を通過して共生器官に到達していた(図3B)。大腸菌以外にも土壌細菌として一般的なシュードモナス・プチダや枯草菌も、同様に吸わせたが、いずれも共生器官には感染しなかった。これらの結果から、ホソへリカメムシの消化管には物質の流入を制限しつつ共生細菌だけを特異的に通過させる、極めて高度な細菌選別機構が発達していると結論できる。
食用色素がマルピーギ管や糞から検出されたことから、餌の消化吸収は全て狭窄部の手前までには完了し、体液中に吸収された色素がマルピーギ管に集められ排泄されると考えられる。つまり、ホソヘリカメムシの消化管は、狭窄部を中心に「食物を消化吸収する前部」と「共生細菌を住まわせる後部」に高度に機能分化しているといえる。このように餌の流入が消化管の途中でストップすることは通常の動物では報告がないが、ホソヘリカメムシが消化吸収しやすい植物の汁液を餌にすることと関連がある可能性は高い。
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図3 狭窄部における共生細菌の選別 |
(A)色素とGFPで発光させたバークホルデリアを同時に吸わせたときの狭窄部拡大像。
(B)GFPで発光させたバークホルデリアとRFPで発光させた大腸菌を同時に吸わせた時の狭窄部拡大像。Bの右2枚は共焦点顕微鏡による断面観察像。黄色矢印は狭窄部を示す。 |
次に、バークホルデリアが狭窄部を通過する機構を解明するため、トランスポゾンを挿入したバークホルデリアの変異株を作成し、どのような変異株がカメムシに共生できないかを調べた。その結果、べん毛形成に変異を持つ運動不全株が狭窄部を通過できないこと分った。これは、バークホルデリアはべん毛を使って泳いで狭窄部を通り抜けている事を示唆している。
農作物の害虫カメムシ類の多くは、ホソヘリカメムシ同様に腸内共生細菌を持つ。代表的な分類群のカメムシ類について消化管を観察したところ、ホソヘリカメムシ同様に消化管の中央付近に狭窄部があった。食用色素を吸わせてその流路を確認したところ、調査をした全ての種で、色素は狭窄部以降の共生器官には流入していなかった(図4)。この結果から、多くのカメムシ類に共通して、消化管は「食物を消化吸収する前部」と「共生細菌を住まわせる後部」に高度に機能分化しており、狭窄部によって共生細菌が選別されていると考えられる。
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図4 色素を吸わせたカメムシ類の消化管(黄色矢印は狭窄部) |
今後は、ホソヘリカメムシを中心に細菌選別器官である狭窄部における発現遺伝子やタンパク質を網羅的に解析し、共生細菌の腸内選別が起きている遺伝的基盤を明らかにしていく。
狭窄部による細菌選別は多くの害虫であるカメムシ類にみられる共通の機構であり、その遺伝的基盤の解明は、共生細菌の感染・定着を阻害するような新しい害虫制御技術の開発につながる可能性が期待され、そのような観点から研究に取り組んでいく。