独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)太陽光発電工学研究センター【研究センター長 仁木 栄】先端産業プロセス・高効率化チーム 柴田 肇 研究チーム長、石塚 尚吾 主任研究員は、CIGS太陽電池の一種で、インジウムを含まない広禁制帯幅のCuGaSe2薄膜太陽電池の動作原理であるヘテロp-n接合の形成メカニズムを解明した。これまで、CuGaSe2のn型化は困難とされていたが、銅(Cu)が極端に欠乏したCuGaSe2の異相層はn型層として働き、p型CuGaSe2層とp-n接合を形成して太陽電池として動作することがわかった。
この発見により、現在製造されているCIGS太陽電池より広禁制帯幅を持つ新しい太陽電池デバイス構造が提案でき、エネルギー変換効率の向上といった高性能化に向けた研究開発の加速が期待される。
なお、この成果の一部は独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構の支援を受けて得られたものであり、詳細は米国物理学協会発行の学術誌「Applied Physics Letters」に近日オンライン掲載される。
|
CuGaSe2太陽電池のデバイス構造と断面の電子顕微鏡写真 |
太陽光発電は、有望な再生可能エネルギーとして注目されている。現在も着実に普及が進んでおり、代替エネルギーから主要エネルギーの一つになりつつある。CIGS太陽電池は、高い変換効率、高い耐劣化特性、黒一色の色彩、軽量でフレキシブル化が可能、といった多くの特徴を持ち、低コスト化も期待できる薄膜型太陽電池の一つである。単接合型太陽電池で高い変換効率を得るには、理論上約1.4 eVの禁制帯幅の材料が最適とされる。CIGS太陽電池はインジウム(In)とガリウム(Ga)の組成比を変化させることで禁制帯幅をCuInSe2の1.0 eVからCuGaSe2の1.7 eVまで制御できるが、現在まで最高効率が得られている太陽電池の禁制帯幅は1.1~1.2 eVと比較的狭く、それより広い禁制帯幅に制御しても理論通りの高い効率が得られないという問題があった。
CIGSは基本的にはp型半導体であるため、太陽電池の動作に必要なp-n接合を形成するにはバッファ層と呼ばれるn型半導体を組み合わせている。広禁制帯幅のCIGS太陽電池で高い変換効率を得るためには、このn型半導体材料の選択が重要と考えられてきたが、これまで広禁制帯幅CIGSの性能を十分に引き出せるバッファ層材料は見つかっていない。また、太陽電池デバイスの動作の基本原理であるp-n接合の形成や界面状態に関しても未解明な部分が多かった。そのため、広禁制帯幅CIGS材料を用いることがCIGS太陽電池の高効率化の有望なアプローチとされながらも、高効率化実現に必要なデバイス構造の設計指針が不明確であった。
産総研では、太陽光発電のさらなる普及拡大に向け、さまざまな太陽電池の高効率化や評価技術の研究開発に取り組んでいる。太陽光発電工学研究センター先端産業プロセス・高効率化チームはCIGS太陽電池を担当し、大学や企業と連携して基礎から応用まで幅広く多角的に研究開発を推進している(2013年9月26日産総研プレス発表、2013年3月18日産総研プレス発表、2011年6月20日産総研プレス発表)。
インジウムを含まないCuGaSe2太陽電池は、広禁制帯幅CIGS太陽電池としてその重要性が認識されていたが、高い変換効率を得ることが極めて難しく、これまで10 %を超える変換効率の報告例はなかった。しかし最近、産総研ではこのインジウムを含まないCuGaSe2太陽電池で初めて10 %以上の変換効率を得ることに成功している。今回、このCuGaSe2太陽電池を用いてp-n接合の形成メカニズムについて研究を行った。
なお、本研究の一部は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構の委託事業「フレキシブルCIGS太陽電池の高速製膜・高性能化プロセスの開発」、「ワイドギャップCIGS太陽電池の高効率化技術の開発」、「CIGS太陽電池のデバイスシミュレーション技術の開発」(平成22~26年度)による支援を受けて行ったものである。
CuGaSe2はp型半導体であり、安定的なn型化の報告例はまだない。つまりホモp-n接合の形成は困難であり、太陽電池デバイス作製には硫化カドミウム(CdS)などのバッファ層(n型半導体)が用いられ、CuGaSe2層とバッファ層とがヘテロp-n接合を形成すると考えられてきた。ところが、高い変換効率が得られたCuGaSe2太陽電池デバイスを電子線誘起電流法により観察したところ、p型CuGaSe2層とn型CdS層の界面にはp-n接合は形成されず、p型CuGaSe2層表面に存在する銅(Cu)欠乏異相層がn型層として働き、p-CuGaSe2層とp-n接合を形成していた(図1)。理論的にCuGaSe2のn型化は難しいとされるが、今回の結果は、CuGaSe2の銅欠乏異相はn型化が可能であり、p-CuGaSe2とp-n接合が形成できる可能性を示唆している。
|
図1 電子線誘起電流法によるCuGaSe2太陽電池のp-n接合の観察 |
また、この銅欠乏異相層には、CuGaSe2層中よりも高濃度のカリウム(K)やナトリウム(Na)などのアルカリ金属元素が存在することが確認された(図2)。Naは高い変換効率のCIGS太陽電池には欠かせないドーパントであり、その効果の一つとしてp型伝導性の向上が知られている。今回の結果から、アルカリ金属元素はp型伝導性制御だけではなく、より精密なp-n接合の制御を行う上で今後重要な鍵となると期待される。
|
図2 二次イオン質量分析測定によるp-n接合付近の元素分布
二次イオン強度(元素の存在度)は相対量。 |
これまで、CuGaSe2太陽電池の高効率化には、広禁制帯幅材料に適したn型バッファ層材料の探索が重要とされてきた。しかし、今回の発見は、バッファ層だけでなく銅欠乏異相層がp-n接合形成とその特性制御に利用でき、これを応用したCIGS太陽電池デバイスの新しい構造設計が可能であることを示唆している。CuGaSe2や広禁制帯幅CIGS太陽電池の高効率化に向けてこれまでとは異なるアプローチの可能性が示された。
今後は、銅欠乏異相層のn型伝導性に関与すると考えられる亜鉛(Zn)やカドミウム(Cd)などの二価の不純物元素とアルカリ金属元素の相互的な効果や、KとNaの効果の違い、これに関連する電子状態の解明などを行い、CuGaSe2だけでなく、同様に不明な点が多かったCIGS太陽電池のp-n接合形成メカニズムの詳細の解明、高効率化に向けたデバイス構造の新設計などへの応用を目指す。
さらに、製品に近い太陽電池モジュール作製などにも得られた成果を応用し、広禁制帯幅CIGSを用いた軽くて曲げることも可能なフレキシブル太陽電池モジュールの高効率化などにも取り組む予定である。