独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)コンパクト化学システム研究センター【研究センター長 花岡 隆昌】蛯名 武雄 首席研究員らの研究グループと、ジャパンマテックス株式会社【代表取締役 塚本 勝朗】(以下「ジャパンマテックス」という)、住友精化株式会社【社長 上田 雄介】(以下「住友精化」という)は、粘土とポリイミドからなるコンポジット膜と膨張黒鉛シートを交互に積層させた産業用シートガスケットを開発した(図1)。このガスケットは極低温から高温までシール性能に優れ、電気絶縁性であるため、フランジが腐食しにくい。
今回開発したガスケットでは、コンポジット膜が膨張黒鉛シートの細かい隙間に入り込んで一体化した構造とすることにより、金属を使わずにシール性を著しく向上できた。極低温(-196 ℃)におけるシール性は、従来最もシール性に優れているステンレス膨張黒鉛多積層構造ガスケットを上回り、シートガスケットとしては世界最高レベルである。今回、多積層シートガスケットの製造方法を確立し、室内リークテストにより、高いシール性能を確認したが、さらに実プラントの高温蒸気配管に使用して性能評価を行い、高いシール性と耐久性を確認した。
地熱発電所、車両用ガスケットをはじめ、石油精製、石油化学、電力、製鉄、製紙プラントなど多くの産業分野で、幅広い温度条件下の配管部分のシール材としての使用が期待される。
この成果の詳細は、2013年7月24日~26日に東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催される、第8回 再生可能エネルギー世界展示会で発表される。
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図1 開発したガスケットの構造 |
多くの化学産業分野では、プラントの配管連結部などで、液体や気体の漏れ(リーク)を防止するために、ガスケットが用いられている。従来、高温となる部分のガスケットにはアスベスト製品が広く用いられてきたが、アスベストが厳しく規制され、代替品として膨張黒鉛製品が用いられるようになってきた。しかし、一般の膨張黒鉛製品は、粉落ち、焼付き、シール性の低さなどの問題点があった。また、高温で使用できるガスケットとしてはバーミキュライトという粘土鉱物に有機物を加えシート状に成形したものが用いられてきたが、十分に緻密でないため、シール性が悪いという問題があった。そのため、幅広い温度範囲で使用できるガスケットの開発が求められていた。
産総研は、平成16年に、粘土結晶を主原料として樹脂を少量添加し、ピンホールのない均一な厚みの粘土膜「クレースト®」を開発した。クレーストは柔軟で耐熱性に優れたガスバリア膜である。
ジャパンマテックスは、以前から膨張黒鉛ガスケット製品を製造・販売していたが、膨張黒鉛製品とクレーストとの複合化を提案し、平成17年度に、産総研と共同で基礎研究を開始した。その成果を基に、クレーストをコーティングした新しい膨張黒鉛ガスケット製品を開発し、原子力発電所を含め国内約50カ所の事業所で使用され、これらの製品の導入により非アスベスト化を達成した事業所を生み出すなどの成果をあげ、第2回ものづくり日本大賞優秀賞を受賞した。その後も、さらなる高温条件下で使用可能なシール材の製造技術の開発、製品評価試験などを行った(平成22年9月13日 産総研プレス発表)。
しかしこれらのガスケットは、さらにシール性を高めるためには、金属板の枠をはめたり、金属板で覆ったりする必要があり、電気絶縁ができず、ガスケットとフランジに電蝕によるさびが発生するという問題点があった。
住友精化は、高機能材料開発への展開を行う上で、産総研の粘土膜技術に注目し、共同研究を開始した。多種多様な粘土とプラスチックの組み合わせの中から従来よりも飛躍的に取り扱い性が向上したコンポジット膜を見いだし、学校法人 東京理科大学 山下 俊 准教授のポリイミドに関する知見を合わせて、さらなる取り扱い性の向上や、優れた膜特性の把握などを行うとともに、原料ペーストの生産プロセスを確立した(平成23年8月30日 産総研プレス発表)。
今回、この3者で、コンポジット膜と膨張黒鉛シートとの多積層化により、幅広い温度範囲で使用でき、電気絶縁性のガスケットの開発に取り組んだ。
粘土とポリイミドからなるコンポジット膜と膨張黒鉛シートを積層する場合、十分な密着性を得ることが重要である。そこで、種々の候補材料の中から適した粘土とポリイミドを選択し、これらの混合比率や混合方法を決定した。さらに多積層化するプロセスの条件を最適化するなどして、コンポジット膜が膨張黒鉛シートに侵入した微細構造の、1 m×1 mの大判多積層シートの製造に成功した。なお、ここで用いた粘土の結晶は平板形状であり、結晶が針状のアスベストとは異なり人体に対し無害である。
次に、室内評価試験によって、シール性などガスケットとしての基本性能を確認した。得られた多積層シートを打ち抜き、ガスケットを試作し評価を行ったところ、強度や圧密などの各種試験の全てで良好な評価結果が得られた。さらに-196 ℃~350 ℃までの広い温度範囲において、高いシール性能を示すことを確認した。以前に開発したガスケットに比べリーク量を3割~5割低減できた。特に低温領域では、これまでに開発した膨張黒鉛粘土膜コート製品、ステンレス膨張黒鉛積層タイプ製品を上回る良好なシール性能を発揮する(図2)。
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図2 各種ガスケットのシール性比較 |
今回開発した多積層シートは絶縁性に優れた疎水性の粘土を用いているため、高い電気絶縁性を示し、電蝕によるフランジ腐食を防止することが期待される。地熱発電所での使用を想定して、硫黄を含む酸性模擬地熱水を用いた腐食実験を行ったところ、金属板を使用した従来のガスケットではフランジ表面に腐食が発生したのに対し、今回開発した多積層ガスケットでは腐食が観察されなかった。
以上の結果を受けて、住友精化別府工場の実際のプラントの高温配管部で今回開発したガスケットの実証試験を行った。流体は、温度200 ℃、圧力25気圧の水蒸気であるが、2カ月の試験期間中、高いシール性を示し、取り出した後もガスケットの劣化や、フランジ表面への焼付き、さびの発生は見られず、高い易交換性を実証した(図3)。
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図3 実プラント実証試験の実施箇所と剥離後の様子
(住友精化別府工場) |
今後さらに広範な性能評価試験や長期耐久性の評価を行うと同時に製品の大量生産技術を確立し、ジャパンマテックスから6カ月以内の製品化を目指す。