独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)
コンパクト化学システム研究センター【研究センター長 花岡 隆昌】先進機能材料チーム 蛯名 武雄 研究チーム長らは、2010年5月に設立した産総研コンソーシアム「
Clayteam」に参加する民間企業との共同研究により、高性能で多機能な
シート材および
粘土膜原料を開発した。
今回、開発したのは、①従来のアスベスト製品の使用温度域をすべてカバーし、発電所・化学プラントなどのガスケットに用いられる耐熱シール材{ジャパンマテックス 株式会社【代表取締役社長 塚本 勝朗】(以下「ジャパンマテックス」という)}、②機械的強度に優れ、LED照明や太陽電池の保護カバーに利用できる透明不燃シート{株式会社 宮城化成【代表取締役 小山 信康】(以下「宮城化成」という)}、③生活空間や医療現場での空気清浄化に用いるインフルエンザウイルスの不活性化に効果的な光触媒-粘土フィルター{株式会社 エーアンドエーマテリアル【代表取締役社長 重冨 光人】(以下「エーアンドエーマテリアル」という)}、④太陽電池などの防湿シート用として期待される水蒸気バリア膜用粘土{クニミネ工業 株式会社【代表取締役社長 國峯 保彦】(以下「クニミネ工業」という)}である。
これらは、産総研の持つ粘土膜技術を民間企業に技術移転した成果であり、引き続き共同開発を進め半年から2年以内の製品化を目標としている。
なおこれらの技術の詳細は、2010年9月14日に仙台市で開催されるClayteam第2回セミナーで発表される。また、本技術の一部は、2010年10月14、15日につくば市で開催される産総研オープンラボ2010で紹介される。
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図1 コンソーシアム「Clayteam」による粘土膜製品
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最近、粘土を主成分とする新しい膜材料が注目されている。この材料は、粘土の持つ特性から高い
ガスバリア性や耐熱性、不燃性を持つため、特に耐熱シール材、ガスバリアフィルム、耐熱透明フィルム、水素シール材などへの利用が期待されている。
これまで、産総研と民間企業との粘土膜についての個別の共同研究開発は行われていたが、原料粘土から製膜法、加工法、応用技術まで、材料技術全体をカバーするノウハウの共有化など総合的な連携については十分でなかった。また、粘土膜を汎用材料として本格的に製品化を進めていくためには、技術面・コスト面での課題があり、研究機関・民間企業の連携がさらに求められていた。
産総研は、粘土結晶を主原料とした粘土膜「
クレースト®」の開発に成功し(
2004年8月11日プレス発表)、その後、大学などの研究機関や民間企業との共同研究によって、粘土膜の実用化に取り組んできた。
産業界との連携を一層強化するため、2008年に産総研コンソーシアム「グリーンプロセスインキュベーションコンソーシアム」の分科会として「クレースト連絡会」を設置し、産総研・大学・民間企業が参加して、粘土膜の特性や利用分野について理解を深め、セミナー事業を中心に活動を行ってきた。さらに2010年5月には「クレースト連絡会」の活動を発展させ、粘土膜や無機ナノ素材を活かした材料開発の推進を目的とした、産総研コンソーシアム「Clayteam」を設立した。産総研は「Clayteam」に参加する研究機関・民間企業と連携し、原料粘土の提供、粘土膜関連技術の提供、他機関も含めた連携コーディネート、共同研究、製品評価などの支援を行い、研究開発の大幅な加速につなげている。
なお、本研究開発は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構の大学発事業創出実用化研究開発事業「高性能ガスケット・パッキンの製品開発(平成20年度~22年度)」、平成21年度宮城・仙台富県チャレンジ応援基金事業助成金「光透過性および不燃性およびガスバリア性に優れたFRP/クレースト複合材の開発と生産法に関する研究」、平成21年度ものづくり中小企業製品開発等支援補助金(試作開発等支援事業)「耐水性粘土膜用特殊粘土の開発」による支援を受けて行ったものである。
「
Clayteam」での連携支援活動によって、産総研と民間企業は共同で、短期間で新たに高性能・多機能なシート材や粘土膜原料を開発した。それぞれの開発品の概要は下記の通りである。
①耐熱シール材(共同研究先:ジャパンマテックス)(図2)
多くの産業分野で高温条件下の配管などに使用されているガスケットには、これまでアスベスト製品が広く用いられてきた。アスベスト使用の全廃に向け、高温環境でアスベスト製品と同等の性能と取扱性を持った非アスベスト製品が望まれていたが、シール性と耐久性を満足させることが困難であった。産総研とジャパンマテックスは、膨張黒鉛ガスケット表面に耐熱粘土膜「クレースト®」をコーティングして420 ℃までの温度領域で使用可能なガスケットを開発している(2007年1月17日プレス発表)。しかし、420 ℃以上の高温・酸素雰囲気下ではシール性能を保つことが難しく、過酷な条件に耐えるガスケット材料の開発をさらに進めてきた。
その結果、アスベストを用いず、粘土、無機繊維などの耐熱材料を主な原料とした耐熱性の高い材料を開発するとともに、連続シート材として製造する方法を確立した。この材料では、有機材料の量を極力低減させてあり、耐熱性を既存品の420 ℃から550 ℃へと向上させている。これは、アスベストシートガスケット製品の使用温度域をすべてカバーするものであり、石油精製、石油化学、電力、製鉄、紙パルプなど広範な産業分野に適用でき、アスベスト製品の完全代替につながるものと期待される。
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図2 耐熱シール材から加工したガスケット試作品
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②透明不燃シート(共同研究先:宮城化成)(図3)
近年、屋内・屋外用建材、列車・自動車などの車両用材料、内装材、照明装置用部材として、不燃性、透明性、軽量性、安全性のすべてを併せ持つ材料が求められている。特に普及が進みつつあるLED照明などの保護カバーにも同様の特性が必要であるが、透明性、不燃性、割れにくさを同時に満足する材料の開発は難しかった。
産総研と宮城化成は、お互いの持つ粘土膜とガラス繊維強化プラスチック(GFRP)の成形技術を融合させて、新たな透明不燃シートを開発した。この不燃シートは、GFRPの表面を粘土膜で被覆した複合材であり、光透過性に優れ、不燃性(700 ℃の炎を20分間当てても燃えない)である。軽量性および割れにくさは、GFRP並みの高い特性を持っている。この不燃シートは、建築、鉄道・自動車、航空・宇宙、エネルギーなど広範な分野で、透明不燃材、太陽電池カバー、LED照明用光拡散性カバーなどへの利用が期待される。
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図3 光透過性・光拡散性に優れた透明不燃シート
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③光触媒-粘土フィルター(共同研究先:エーアンドエーマテリアル)
生活空間の空気清浄化のために多くの材料が開発されているが、より高い吸着性能や活性を持つ材料が求められている。
産総研とエーアンドエーマテリアルは、光触媒と粘土を組み合わせて、柔軟で耐熱性に優れ、良好な光透過性と通気性を持つ光触媒-粘土フィルターを開発した。開発したフィルターは、粘土を主原料とする多孔質柔軟シートであり、粘土に由来する吸着性能を持つ。また、膜の厚み方向に多くの穴が貫通し、穴の内側表面に多くの酸化チタン微粒子を付着させてある。そのため、フィルターに照射された光は、膜の内部の酸化チタンによく届き、高い光触媒活性を発揮する。外部評価機関でのインフルエンザウイルス(H1N1)に対する不活性化試験では、紫外線照射によるウイルス抑制率が99 %以上であることが確認された。また、トルエンやアセトアルデヒドなどのVOCに対しても、良好な吸着・分解効果が得られている。さらに、このフィルターは無機材料で構成されているため、長期間にわたって紫外線を照射しても安定した性能が期待される。
④水蒸気バリア膜用粘土(共同研究先:クニミネ工業)
現在、太陽電池や各種の有機デバイス用に、高い水蒸気バリア性を持つ材料が必要となっている。産総研では2003年から、単体のプラスチック材料に比べて、耐熱性、水蒸気バリア性に優れた粘土膜「クレースト®SN」を開発してきた。この材料には粘土に含まれているナトリウムイオンなどをリチウムイオンにイオン交換した粘土を用いる必要がある。しかし、これまでイオン交換粘土は実験的に少量作製されていたに過ぎず、実用化に向けた大量生産プロセスは確立していなかった。
産総研とクニミネ工業は、天然粘土の中で特に膜になりやすい粘土を選択するとともに、効率的にイオン交換する方法を確立し、水蒸気バリア膜用粘土へと改質する生産プロセスを開発した。改質した粘土を添加物であるポリイミドとともにペースト化し、塗布・乾燥・加熱処理して作製した粘土膜は、太陽電池バックシートとして十分なガスバリア性、水蒸気バリア性を示した。クニミネ工業は各種分野での粘土膜の開発ニーズに応えるべく、月産数十キログラムオーダーでの生産体制を確立した。
今回発表した材料・技術については、今後さらに広範な性能評価試験を行うと同時に、長期耐久性の評価ならびに製品の大量生産技術を確立し、それぞれ半年から2年以内の製品化を目標としている。また、水蒸気バリア膜用粘土の供給体制の確立によって各種分野における粘土膜の開発、実用化が加速すると期待される。