独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)触媒化学融合研究センター【研究センター長 佐藤 一彦】革新的酸化チーム 今 喜裕 主任研究員、佐藤 一彦 研究センター長らは、住友精化株式会社【社長 上田 雄介】(以下「住友精化」という)と共同で、機能性樹脂として期待されるラジカルポリマーの一種、ニトロキシドポリマーの低環境負荷で安全な新規合成法を開発した。
ニトロキシドポリマーは酸化還元樹脂の一つで、酸化還元能を利用した機能性樹脂として応用が期待されている。今回、新たな触媒を開発・最適化し、過酸化水素を酸化剤として用いて、安全かつ高効率に工業化できるニトロキシドポリマーの新規合成法を開発した。この技術の詳細は、2013年6月6~7日に大阪府大阪市で開催される第2回JACI/GSCシンポジウムで発表される。
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ニトロキシドポリマーの安全で高効率な実用的合成法 |
安定ニトロキシドを高分子化したニトロキシドポリマーは、酸化還元樹脂の一つとして70年代から多くの種類が報告されている。室温環境でも十分長い寿命を持つラジカルである2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル(TEMPO)をさまざまな種類のポリマーに接続したニトロキシドポリマーの開発が活発であり、例えば、TEMPOを(メタ)アクリレートに接続したポリマーやTEMPOをポリスチレンに接続したポリマーは、アルコールのアルデヒド、ケトンへの酸化触媒能を示すことが知られている。また、近年、酸化還元能を利用した用途展開が実施されている。
しかし、過酢酸やメタクロロ過安息香酸(m-CPBA)を用いたTEMPO(メタ)アクリレートポリマーの通常の製造法では、製造時の爆発危険性が高いうえ、有機溶媒を大量に使用し、環境への負荷が大きく大量合成は不可能だった。一方、過酸化水素を用いる方法は、副生成物が水だけとなり、クリーンな方法であるが、過酸化水素の使用量が理論量の数倍にものぼり、危険性の高い助燃性の酸素が製造中に大量に発生するといった問題があった。また、近年、ハロゲンフリーの機能性化学品の製造が必要とされている。
大量で安定的なニトロキシドポリマーの供給に向けた、より高効率かつ安全な製造方法の開発が求められている。
産総研は、過酸化水素を用いたクリーン酸化技術による機能性化学品の高効率合成法の確立へ向けた触媒技術の開発を行ってきた。これまでに、過酸化水素による酸化プロセスによって、さまざまな機能性化学品をハロゲンフリー、高効率、高選択的に製造する実用的な触媒を開発してきた(2006年10月30日、2012年5月29日、2012年9月18日 産総研プレス発表)。住友精化では、これまでピペリジン(メタ)アクリレートポリマーを過酸化水素によって酸化して、TEMPO(メタ)アクリレートポリマーを製造するプロセスの研究開発に取り組んできた。しかし、過酸化水素の使用量が多く、大量の酸素が発生する危険なプロセスだったため、製造法としての採用が困難だった。そこで、産総研の高効率な過酸化水素酸化技術を適用して、より安全で高効率なプロセスを確立するため共同研究開発に着手した。
なお、本研究開発は、住友精化からの受託研究「過酸化水素を用いたニトロキシドポリマーの合成に関する研究(平成22~23年)」により行った。
これまでの、過酸化水素を用いて原料のピペリジン(メタ)アクリレートポリマーを酸化してTEMPO(メタ)アクリレートポリマーを合成するプロセスでは、酸化反応に使用される量の数倍以上の過酸化水素が有効に使われずに分解して大量の酸素を発生させていた。一般に過酸化水素による酸化反応にはアルコール系の有機溶剤が使用されるが、反応を詳細に解析したところ、アルコール系の有機溶剤を用いた場合、生成したTEMPO(メタ)アクリレートポリマーにより過酸化水素が激しく分解することが明らかとなった。そこで、さまざまな有機溶剤を検討した結果、N,N-ジメチルアセトアミド(DMAC)を用いると、過酸化水素の分解をほぼ完全に抑えることができることを見いだした。さらに、触媒としてタングステン酸とリン化合物を用いることで、極めて高い酸化率(酸化率:95 %)でTEMPO(メタ)アクリレートポリマーを合成できた。この製造方法は、過酸化水素の使用量が原料の2倍程度で、製造中の酸素発生量が工業生産で提示されているしきい値以下であり、実用的で安全な製造方法である(図1)。また、酸化剤として過酸化水素を用いるため、副生成物は水だけで、ハロゲンを一切使用しないため、低環境負荷である。
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図1 今回開発したニトロキシドポリマーの製造方法 |
産総研と住友精化は引き続き協力して、触媒量の低減を含めた製造プロセスの改良によるさらなるコスト低減を検討し、実用化を目指す。