発表・掲載日:2013/01/24

制振マグネシウム合金の室温成形性を飛躍的に高める圧延法を開発

-マグネシウム合金の制振部材への応用拡大に期待-

ポイント

  • 制振マグネシウム合金の圧延材の集合組織を制御
  • 既存の圧延装置でも室温成形性に優れた制振マグネシウム合金圧延板材を作製できる
  • 制振マグネシウム合金部材の加工コストの低減、生産性の向上に期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)サステナブルマテリアル研究部門【研究部門長 中村 守】金属系構造材料設計研究グループ 鈴木 一孝 主任研究員、黄 新ショウ 研究員、湯浅 元仁 研究員、千野 靖正 研究グループ長は、国立大学法人 京都大学【総長 松本 紘】(以下「京都大学」という)馬渕 守 教授と共同で、制振マグネシウム合金の一種であるM1合金の圧延材の室温成形性を飛躍的に高める新しい圧延法を開発した。

 今回開発した圧延法は、既存の圧延機を用いながら焼鈍温度と圧延温度を制御することで制振マグネシウム合金の圧延材の室温成形性を高める技術である。この圧延法により作製した圧延材の集合組織は、従来の圧延材に比べてマグネシウム結晶があまり配向しないため、アルミニウム合金に迫る室温成形性(エリクセン値 7.9)を示す(図1)。この圧延材は、良好な室温成形性に加えて制振特性も優れているため、プレス成形によって制振マグネシウム合金製の部材を容易に作製できると期待される。

 この成果の詳細は2013年2月1日に日本金属学会の欧文誌Materials Transactions」(オンラインジャーナル Advanced View)で発表される。

今回開発した圧延法と従来の高温圧延法によるM1合金圧延材のエリクセン試験結果の図
図1 今回開発した圧延法と従来の高温圧延法によるM1合金圧延材のエリクセン試験結果

開発の社会的背景

 マグネシウムは、実用金属の中で最も低密度で比強度が高く、資源量も豊富なことから次世代の軽量構造材料として注目を集めており、家電製品(ノートPC、携帯電話)や輸送機器(自動車部品)などへの利用が拡大している。また、実用金属の中で最も優れた固有減衰能をもつため、スピーカー振動板や音響ケーブル用シールド材料などの制振部材としての用途も拡大しつつある。

 現在、構造材料として使用されるマグネシウムの多くは、アルミニウムや亜鉛を溶け込ませて機械的特性や耐食性を改善した合金である。しかし、マグネシウムの固有減衰能は、他の元素を溶け込ませると著しく劣化するため、汎用マグネシウム合金(AZ31合金など)の制振性能は純マグネシウムよりも著しく劣る。そのため、制振用途には純マグネシウムや制振マグネシウム合金が用いられるなど、用途に応じて使い分けされている。

 純マグネシウムやマグネシウム合金の室温成形性(温度域0~30 ℃)はアルミニウム合金や鉄鋼材料に比べて著しく低く、室温でプレス成形体を生産できないことが課題の一つとなっている。汎用マグネシウム合金(AZ31合金)では温間プレス成形(温度域250~300 ℃での方法)によって複雑な形状の成形体が作製され、また、室温成形性を改善するための圧延法も開発されつつある。一方で、純マグネシウムや制振マグネシウム合金は、250 ℃以上に加熱しても汎用マグネシウム合金ほどの延性が得られず、温間プレス成形が有効でないことが問題となっていた。そのため、室温成形性に優れた制振マグネシウム合金が望まれている。

研究の経緯

 産総研と京都大学は共同で、マグネシウム合金圧延材の室温成形性を改善するための研究開発を行ってきた。これまでに、マグネシウム-亜鉛系合金に微量の元素(セリウムなど)を添加した合金を熱間圧延する手法(2008年9月16日 産総研プレス発表)や、汎用マグネシウム合金(AZ31合金など)を高温(融点直下:約500 ℃)に加熱して圧延加工する手法(2010年1月26日 産総研プレス発表)など、アルミニウム合金並みの室温成形性を付与する手法を開発してきた。

 しかし、これらの手法は、高濃度の他元素を溶け込ませたマグネシウム合金を対象としており、制振マグネシウム合金には利用できなかった。そこで今回、制振マグネシウム合金の室温成形性を抜本的に改善することを目標として研究開発を行った。

研究の内容

 マグネシウムの室温成形性が低いのはマグネシウムの結晶構造に起因する。マグネシウムは室温では方向によって変形のしやすさが大きく異なる。図2に示すように、底面に沿ったa軸方向の変形(底面すべり)は容易だが、側面に沿ったc軸方向への変形は困難である。ところが通常の圧延により作製された板材の集合組織は、結晶のc 軸が圧延面に対して垂直に配向しているため、板の厚み方向に主な変形を担う底面すべりが起こらなくなる(図2右)。このため、マグネシウム合金圧延材は、室温で加工することが難しい。室温成形性の改善には、このような結晶が配向した集合組織形成の抑制が重要であり、板の厚み方向の底面すべりが起こりやすい集合組織を形成することが必要とされている。

マグネシウムの室温における結晶異方性と圧延によるマグネシウム合金板材の集合組織形成図
図2 マグネシウムの室温における結晶異方性(左)と圧延によるマグネシウム合金板材の集合組織形成(右)

 今回開発した圧延技術では、高温(500 ℃程度)の熱処理と温間での圧延(200 ℃程度)を繰り返して行うことにより、制振マグネシウム合金(M1合金)の結晶が配向した集合組織形成を抑制した。これまでに開発した高温圧延法(圧延温度:500 ℃)と今回開発した圧延法により作製したM1合金の底面集合組織を図3に示す。新圧延法による板材の集合組織では、c軸が圧延方向から約15°傾いた結晶の割合が多く、極密度も著しく低い。これは、高温熱処理と温間圧延の繰り返しにより、c軸が圧延面に対して垂直の結晶が減少したことを示す。そのため、室温でも板の厚み方向に容易に変形でき、アルミニウム合金(5083合金相当:エリクセン値8.5)に迫る室温成形性(エリクセン値7.9)を示す(図1)。

M1合金板材の底面集合組織、板材の結晶配向の模式図
図3 M1合金板材の底面集合組織(上)、板材の結晶配向の模式図(下)

 図4に、純マグネシウム、M1合金、AZ31合金の減衰特性を示す。AZ31合金は汎用マグネシウム合金の中で比較的優れた減衰特性を示すが、内部摩擦は純マグネシウムの約30 %に過ぎない。一方、M1合金は純マグネシウムの約70 %の内部摩擦を示すが、今回開発した圧延法によるM1合金の内部摩擦も同程度であり、この圧延法により減衰特性を保ったまま室温成形性を改善できる。

 今回開発した圧延法は、制振性能と機械的特性を両立させた制振マグネシウム合金製部材の低コストの室温成形による作製につながる。そのため、音響材料などの制振特性が必要な部材として、マグネシウム合金部材の応用拡大が期待される。

純マグネシウム、M1合金、AZ31合金の内部摩擦の図
図4 純マグネシウム、M1合金、AZ31合金の内部摩擦

今後の予定

 企業との連携を幅広く求め、今回開発した圧延法で作製した制振マグネシウム合金圧延材の実用化研究を進めていく。



用語の説明

◆制振マグネシウム合金
マグネシウムに溶け込みにくい他元素をマグネシウムに添加した合金であり、純マグネシウムに迫る制振性能と汎用マグネシウム合金に迫る機械的特性をもった合金である。代表的な合金としてマグネシウムにマンガンを1~2質量%添加したM1合金が挙げられる。[参照元へ戻る]
◆M1合金
マグネシウム合金を表すASTM(米国材料試験協会)規格で、マグネシウムにマンガンを1~2質量%添加した合金であり、純マグネシウムに迫る制振性能と汎用マグネシウム合金(AZ31合金)に迫る機械的特性をもつ。高速で押出し成形可能なマグネシウム合金としても知られている。[参照元へ戻る]
◆焼純
塑性加工を行った金属材料を所定の温度に暖めることにより、塑性加工の際に内部に蓄積した歪みを除去し、もしくは蓄積した歪みを駆動力として再結晶化させ、金属材料を軟化させる熱処理法。[参照元へ戻る]
◆圧延
金属の塑性加工法の一つ。上下2つのロールを回転させ、その間に金属の塊を複数回通すことによって、その塊を薄く伸ばし、板を作製する方法。[参照元へ戻る]
◆集合組織
材料を構成する結晶の内、特定の方位に配列した結晶が多く存在する状態。加工した金属に観察される。[参照元へ戻る]
◆エリクセン値
圧延板のプレス成形性(主にプレス成形法の一つである張り出しの成形性を示す)を判断する試験法の一つであるエリクセン試験での測定値で、この値が大きいほど張り出し成形性が良い。日本工業規格JIS Z 2247(エリクセン試験方法)により規定されている。圧延材に鋼球ポンチ(直径20 mm)を押し込み、試験片に割れが生じた時点でのポンチ先端としわ押さえ面の距離をエリクセン値(単位:mm)と定義し、指標としている。下図はエリクセン試験の概要。[参照元へ戻る]
エリクセン値の説明図
◆制振
構造体に入力される振動を構造体内部の機構により吸収し、揺れを小さくすること。[参照元へ戻る]
◆プレス成形
上下の金型の形状を塑性加工により金属板に転写する成形方法。[参照元へ戻る]
◆比強度
物質の強さを表す物理量のひとつで、密度あたりの引っ張り強さのこと。[参照元へ戻る]
◆固有減衰能、内部摩擦
外力を加えずに物体を振動させた時の振動の減衰を表す指標である。固有減衰能および内部摩擦の定義を下図に示す。[参照元へ戻る]
固有減衰能、内部摩擦の説明図
◆汎用マグネシウム合金(AZ31合金など)
国内では、マグネシウムにアルミニウム(Al)、亜鉛(Zn)、マンガン(Mn)を添加した合金が汎用マグネシウム合金として認知されている。AZ31合金はマグネシウム合金を表すASTM(米国材料試験協会)規格で、主にAlを3質量%、亜鉛を1質量%添加した合金であり、マグネシウム合金展伸材の代表的な合金組成である。[参照元へ戻る]
◆温間プレス成形
上下の金型と板材を加熱した上でプレス成形を行う方法。一般に、マグネシウム合金を温間成形する場合は金型と板材を250~300 ℃に加熱する。[参照元へ戻る]
◆底面集合組織
結晶の底面が圧延方向もしくは板幅方向に何度傾いて存在するかを等高線により表した図。極点図ともいう。[参照元へ戻る]
◆極密度
極点図の等高線の極大値。極密度が高いほど、その角度で配向する底面の存在確率が大きいことを示す。[参照元へ戻る]

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