独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)サステナブルマテリアル研究部門【研究部門長 中村 守】金属系構造材料設計研究グループ 鈴木 一孝 主任研究員、黄 新ショウ 研究員、湯浅 元仁 研究員、千野 靖正 研究グループ長は、国立大学法人 京都大学【総長 松本 紘】(以下「京都大学」という)馬渕 守 教授と共同で、制振マグネシウム合金の一種であるM1合金の圧延材の室温成形性を飛躍的に高める新しい圧延法を開発した。
今回開発した圧延法は、既存の圧延機を用いながら焼鈍温度と圧延温度を制御することで制振マグネシウム合金の圧延材の室温成形性を高める技術である。この圧延法により作製した圧延材の集合組織は、従来の圧延材に比べてマグネシウム結晶があまり配向しないため、アルミニウム合金に迫る室温成形性(エリクセン値 7.9)を示す(図1)。この圧延材は、良好な室温成形性に加えて制振特性も優れているため、プレス成形によって制振マグネシウム合金製の部材を容易に作製できると期待される。
この成果の詳細は2013年2月1日に日本金属学会の欧文誌「Materials Transactions」(オンラインジャーナル Advanced View)で発表される。
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図1 今回開発した圧延法と従来の高温圧延法によるM1合金圧延材のエリクセン試験結果 |
マグネシウムは、実用金属の中で最も低密度で比強度が高く、資源量も豊富なことから次世代の軽量構造材料として注目を集めており、家電製品(ノートPC、携帯電話)や輸送機器(自動車部品)などへの利用が拡大している。また、実用金属の中で最も優れた固有減衰能をもつため、スピーカー振動板や音響ケーブル用シールド材料などの制振部材としての用途も拡大しつつある。
現在、構造材料として使用されるマグネシウムの多くは、アルミニウムや亜鉛を溶け込ませて機械的特性や耐食性を改善した合金である。しかし、マグネシウムの固有減衰能は、他の元素を溶け込ませると著しく劣化するため、汎用マグネシウム合金(AZ31合金など)の制振性能は純マグネシウムよりも著しく劣る。そのため、制振用途には純マグネシウムや制振マグネシウム合金が用いられるなど、用途に応じて使い分けされている。
純マグネシウムやマグネシウム合金の室温成形性(温度域0~30 ℃)はアルミニウム合金や鉄鋼材料に比べて著しく低く、室温でプレス成形体を生産できないことが課題の一つとなっている。汎用マグネシウム合金(AZ31合金)では温間プレス成形(温度域250~300 ℃での方法)によって複雑な形状の成形体が作製され、また、室温成形性を改善するための圧延法も開発されつつある。一方で、純マグネシウムや制振マグネシウム合金は、250 ℃以上に加熱しても汎用マグネシウム合金ほどの延性が得られず、温間プレス成形が有効でないことが問題となっていた。そのため、室温成形性に優れた制振マグネシウム合金が望まれている。
産総研と京都大学は共同で、マグネシウム合金圧延材の室温成形性を改善するための研究開発を行ってきた。これまでに、マグネシウム-亜鉛系合金に微量の元素(セリウムなど)を添加した合金を熱間圧延する手法(2008年9月16日 産総研プレス発表)や、汎用マグネシウム合金(AZ31合金など)を高温(融点直下:約500 ℃)に加熱して圧延加工する手法(2010年1月26日 産総研プレス発表)など、アルミニウム合金並みの室温成形性を付与する手法を開発してきた。
しかし、これらの手法は、高濃度の他元素を溶け込ませたマグネシウム合金を対象としており、制振マグネシウム合金には利用できなかった。そこで今回、制振マグネシウム合金の室温成形性を抜本的に改善することを目標として研究開発を行った。
マグネシウムの室温成形性が低いのはマグネシウムの結晶構造に起因する。マグネシウムは室温では方向によって変形のしやすさが大きく異なる。図2に示すように、底面に沿ったa軸方向の変形(底面すべり)は容易だが、側面に沿ったc軸方向への変形は困難である。ところが通常の圧延により作製された板材の集合組織は、結晶のc 軸が圧延面に対して垂直に配向しているため、板の厚み方向に主な変形を担う底面すべりが起こらなくなる(図2右)。このため、マグネシウム合金圧延材は、室温で加工することが難しい。室温成形性の改善には、このような結晶が配向した集合組織形成の抑制が重要であり、板の厚み方向の底面すべりが起こりやすい集合組織を形成することが必要とされている。
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図2 マグネシウムの室温における結晶異方性(左)と圧延によるマグネシウム合金板材の集合組織形成(右) |
今回開発した圧延技術では、高温(500 ℃程度)の熱処理と温間での圧延(200 ℃程度)を繰り返して行うことにより、制振マグネシウム合金(M1合金)の結晶が配向した集合組織形成を抑制した。これまでに開発した高温圧延法(圧延温度:500 ℃)と今回開発した圧延法により作製したM1合金の底面集合組織を図3に示す。新圧延法による板材の集合組織では、c軸が圧延方向から約15°傾いた結晶の割合が多く、極密度も著しく低い。これは、高温熱処理と温間圧延の繰り返しにより、c軸が圧延面に対して垂直の結晶が減少したことを示す。そのため、室温でも板の厚み方向に容易に変形でき、アルミニウム合金(5083合金相当:エリクセン値8.5)に迫る室温成形性(エリクセン値7.9)を示す(図1)。
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図3 M1合金板材の底面集合組織(上)、板材の結晶配向の模式図(下) |
図4に、純マグネシウム、M1合金、AZ31合金の減衰特性を示す。AZ31合金は汎用マグネシウム合金の中で比較的優れた減衰特性を示すが、内部摩擦は純マグネシウムの約30 %に過ぎない。一方、M1合金は純マグネシウムの約70 %の内部摩擦を示すが、今回開発した圧延法によるM1合金の内部摩擦も同程度であり、この圧延法により減衰特性を保ったまま室温成形性を改善できる。
今回開発した圧延法は、制振性能と機械的特性を両立させた制振マグネシウム合金製部材の低コストの室温成形による作製につながる。そのため、音響材料などの制振特性が必要な部材として、マグネシウム合金部材の応用拡大が期待される。
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図4 純マグネシウム、M1合金、AZ31合金の内部摩擦 |
企業との連携を幅広く求め、今回開発した圧延法で作製した制振マグネシウム合金圧延材の実用化研究を進めていく。