発表・掲載日:2011/12/08

14 nm世代立体型トランジスタの特性ばらつきの主要因を解明

-14 nm世代以降のSRAMをはじめとする集積回路の歩留まり向上に貢献-

ポイント

  • トランジスタのオン電流ばらつき要因を詳細に解析
  • オン電流ばらつきの主要因が相互コンダクタンスばらつきであることを解明
  • オン電流ばらつきの低減に有効な高精度加工プロセスを提案

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノエレクトロニクス研究部門【研究部門長 金丸 正剛】シリコンナノデバイスグループ 松川 貴 主任研究員、昌原 明植 研究グループ長らは、14 nm世代立体型トランジスタ(フィンFET)のオン電流ばらつきの主要因を解明した。

 トランジスタのオン電流ばらつきの要因は、しきい値電圧ばらつき、寄生抵抗ばらつき、相互コンダクタンスばらつきである。今回、各要因の寄与を詳細に解析することで、14 nm世代のフィンFETでは相互コンダクタンスばらつきがオン電流ばらつきの主要因となることを明らかにした。また、シリコン起立型チャネル(フィンチャネル)の加工を高精度に行うと、オン電流ばらつきが低減すると予測された。さらにばらつき低減に有効なフィンチャネルの加工法を提案した。14 nm世代以降のSRAM(Static Random Access Memoryをはじめとする集積回路では、許容量を超えてオン電流がばらついたトランジスタが回路動作の不具合を引き起こし、これによって素子の歩留まりが低下することが最大の課題となっていたが、今回の成果はこの課題の解決に貢献するものと期待される。

 なお、この技術の詳細は、2011年12月5~7日(現地時間)に米国ワシントンDCで開催される国際電子デバイス会議(2011 IEDM)で発表される。

立体型トランジスタのオン電流ばらつき要因(左)と、14 nm世代のばらつき予測(右)の図
図1 立体型トランジスタのオン電流ばらつき要因(左)と、14 nm世代のばらつき予測(右)

開発の社会的背景

 これまで、シリコン集積回路は、その最小構成単位であるトランジスタを微細化することで高性能化・高集積化を実現してきた。素子微細化はコスト削減にもつながるため、微細素子開発の熾烈な競争が続いている。しかし、2017年以降に市場投入が想定されている14 nm世代トランジスタ技術では、その寸法の小ささから素子間の特性ばらつきの問題が顕在化してくると考えられ、製品の著しい歩留まり低下が懸念されている。とりわけ、システムLSIやマイクロプロセッサの50%以上の面積を占めるSRAMは、最小寸法のトランジスタを多用するので特性ばらつきの影響を受けやすい。このため、特性ばらつきの少ない微細トランジスタの開発が強く求められている。

研究の経緯

 産総研は、3次元立体構造にしたフィンFETと呼ばれる新構造トランジスタの研究を推進してきた。また、素子特性を電気的に制御するための端子が付加された4端子型フィンFETを提案し、2003年に動作検証に成功している。また、2008年にはフィンFETにおける新たな特性ばらつき要因として、金属ゲート電極材料の物性のばらつきを提唱、2010年には、その物性ばらつきの低減を可能とする相補型金属酸化膜半導体(CMOS)プロセスを提唱した(2010年6月15日産総研プレス発表)。その後も継続してフィンFETの特性ばらつきを抑えるための研究開発を行ってきている。

 本研究開発は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「ナノエレクトロニクス半導体新材料・新構造ナノ電子デバイス技術開発(平成21~23年度)」の一環として行われている。

研究の内容

 図2に、実測したフィンFETの電気的特性ばらつきを示す。ゲート長80 nm、フィン厚さ25 nm、48素子のフィンFETについて、ばらつきを評価した。集積回路の性能に直結するオン電流ばらつきの主要因としては、従来、しきい値電圧ばらつきが指摘されている。図2左にしきい値電圧ばらつきの寄与を示す。しかし、横軸をゲート電圧としきい値電圧の差として、しきい値電圧ばらつきを揃えても、図2右からわかるように、相互コンダクタンスばらつきによりオン電流ばらつきが発生している。

オン電流ばらつきをもたらすしきい値電圧ばらつきと相互コンダクタンスばらつきの図
図2 オン電流ばらつきをもたらすしきい値電圧ばらつきと相互コンダクタンスばらつき

 そこで、電気的特性より、しきい値電圧ばらつき、寄生抵抗ばらつき、相互コンダクタンスの3つのパラメータのばらつきを評価した。3つのパラメータ同士の相関、それぞれのオン電流との相関、素子寸法との相関を詳細に解析し、オン電流ばらつきへの3つの独立したばらつき要因の寄与率と素子寸法縮小による増加傾向予測を得ることができた。その結果、しきい値電圧ばらつきの寄与がゲート絶縁膜厚の縮小により低減できる(2010年6月15日産総研プレス発表)のに対して、相互コンダクタンスばらつきは素子微細化による低減が困難であるため、さらなる素子縮小に伴い重要な要因として顕在化し、14 nm世代のフィンFETでは、相互コンダクタンスばらつきが、オン電流ばらつきの主要因となると予測された(図3)。

14 nm世代のフィンFETにおけるオン電流ばらつきの要因(左)とそれらの寄与(右)の図
図3 14 nm世代のフィンFETにおけるオン電流ばらつきの要因(左)とそれらの寄与(右)

 さらに、通常の加工技術(ドライエッチング技術)でフィンチャネルを形成したFETと、産総研で開発されたナノウェットエッチング技術で形成したFETについて相互コンダクタンスばらつきを測定した。図4に実測した相互コンダクタンスばらつきに関するPelgromプロットを示す。Pelgromプロットは、トランジスタ特性ばらつきの指標として広く使われており、横軸はゲート面積の平方根の逆数、縦軸は相互コンダクタンスのばらつき割合(標準偏差/平均値)を示している。プロットの傾きAGmは、ゲート寸法の縮小に対するばらつきの増加率で、このAGmが小さいほど特性ばらつきが小さく抑えられることを示す。ナノウェットエッチング技術によるシリコンフィンチャネルの高精度な加工により、相互コンダクタンスばらつきが低減されることがわかった。

相互コンダクタンスばらつきの評価結果の図
図4 相互コンダクタンスばらつきの評価結果

 図5に、ナノウェットエッチング技術による相互コンダクタンスばらつき低減のメカニズムを示す。実測された相互コンダクタンスばらつきの要因をさらに解析した結果、移動度ばらつきが主要因であることがわかった。移動度はチャネル中でのキャリアの散乱頻度により決まる。通常のドライエッチング技術によるフィン加工では、レジストの凹凸(ラフネス)を反映してフィンの側面にも凹凸が生じる。また、加工の際にプラズマによってフィンチャネルにダメージや欠陥電荷が発生する。これらはキャリアの散乱体として作用して移動度を減少させるが、従来の加工技術では素子間に散乱体の密度のばらつきが生じて、結果的に移動度のばらつきを引き起こす。一方、ナノウェットエッチング技術による加工では、フィンチャネルへのダメージがなく、また、フィンの側面は極めて平滑となる。そのため、散乱体の密度が低く抑えられ、移動度のばらつきや、それによって生じる相互コンダクタンスばらつきが抑制されていると考えられる。

ナノウェットエッチング技術による相互コンダクタンスばらつき低減のメカニズムの図
図5 ナノウェットエッチング技術による相互コンダクタンスばらつき低減のメカニズム

 図6に、14 nm世代フィンFETのオン電流ばらつきと、各要因の寄与を予測した結果を示す。通常のドライエッチング技術を用いてフィンチャネルを作製した場合、相互コンダクタンスばらつきが主要因となり、結果として大きなオン電流ばらつきが発生するが、ナノウェットエッチング技術を用いて高精度にフィンチャネル加工を行うと、相互コンダクタンスばらつきが低く抑えられ、オン電流ばらつきが低減すると予測される。

14 nm世代フィンFETのオン電流ばらつきの各要因の寄与の予測の図
図6 14 nm世代フィンFETのオン電流ばらつきの各要因の寄与の予測

 今回の成果は、14 nm世代以降で深刻になるトランジスタ特性ばらつきの解決案を提示するものであり、ひいてはSRAMをはじめとする集積回路の歩留まりが低下する問題の解決に貢献できると考えられる。

今後の予定

 今後は、フィンFETを用いた集積回路を作製し、回路レベルでの歩留まり向上の実証を目指す。



用語の説明

◆14 nm世代
国際半導体技術ロードマップ(ITRS, International Technology Roadmap for Semiconductor)によって、2017年に市場投入と想定されている、トランジスタと配線の仕様(トランジスタの各寸法や電気的特性、配線間隔等)の業界名称を14 nmトランジスタ技術といい、「14 nm」とは、その仕様での最小加工寸法(通常、ゲート配線の幅または間隔)を表す。別名では、最小の金属配線ピッチの半分の長さ(hp, half pitch)で定義し、ハープピッチ17 nm世代とも呼ばれる。現在製品化されている最新の集積回路では、32 nm世代(ハープピッチ45 nm世代)トランジスタ技術が使われている。[参照元へ戻る]
◆フィンFET
フィン型マルチゲート電界効果型トランジスタのこと。起立型のチャネルを採用することによって、平面型の2重ゲート電界効果トランジスタでの2つのゲートの位置合わせの難しさを解消した2重ゲート電界効果トランジスタ。起立したシリコンチャネルが魚などのヒレに似ていることからフィン型と呼ばれる。[参照元へ戻る]
◆オン電流ばらつき
オン電流とは、トランジスタがオン時に流れるドレイン電流の値を指す。オン電流が高い程、回路は高速動作できる。チップ内の素子の間でオン電流がばらついた場合、オン電流が一番低い素子によってチップの性能が制限される。 [参照元へ戻る]
◆しきい値電圧
トランジスタは、ゲートにある一定の電圧を印加することで、2つの電極間(ソース~ドレイン)が導通するスイッチとして動作する。このとき、2つの電極間に電流が流れ始める最小のゲート電圧を「しきい値電圧」と呼び、トランジスタ性能を決めるパラメータの一つである。[参照元へ戻る]
◆寄生抵抗
寄生抵抗は、ソース、ドレイン、ゲートの各電極自体の内部抵抗で、その抵抗値はそれぞれの材料・構造の影響を受ける。トランジスタにおいて、ソース・ドレインの寄生抵抗は、オン電流の低下による性能低下を引き起こす。また、寄生抵抗のばらつきにより、オン電流ばらつきが発生する。このため、最先端のトランジスタでは、寄生抵抗をいかに抑制するかが重要な技術的課題となっている。[参照元へ戻る]
◆相互コンダクタンス
トランジスタ性能を決めるパラメータの一つで、しきい値電圧以上のゲート電圧を加えた際のドレイン電流の増加率を示す。相互コンダクタンスは、トランジスタ寸法及び移動度で決定される。相互コンダクタンスのばらつきは、一定ゲート電圧におけるオン電流ばらつきを引き起こす。[参照元へ戻る]
◆SRAM(Static Random Access Memory
静的ランダムアクセス記憶装置のこと。随時、書き込み・読み出しが可能な半導体記憶装置。DRAMでは必須のリフレッシュと呼ばれる記憶内容の書き直し操作が不要であり、かつ高速動作が可能である。SRAM装置において1ビットの記憶を保持する最小構成要素、セルは、現在標準的なCMOS(Complementary MOS, 相補型金属-酸化膜-半導体構造)式の場合、6つのトランジスタで構成される。揮発性メモリーのため、DRAMと同様に電源を切ると情報が失われる。[参照元へ戻る]
◆システムLSI
複数の機能を持つ回路を1チップ上に集積し、1つのシステムとして動作する大規模集積回路(Large Scale Integration)。携帯型電子機器などの中核をなす半導体部品として開発される。多くの場合、一時記憶装置として用いられるSRAMを内蔵している。[参照元へ戻る]
Pelgromプロット
P.M.Pelgromによって提唱されたばらつき強度を表すプロット。例えば、不純物統計ばらつきのようなランダムな事象が原因となってしきい値電圧ばらつきが誘起される場合には、しきい電圧Vthの標準偏差σ(Vth)は、ゲート面積(チャネル長L ×チャネル幅W)の平方根の逆数に比例することが知られている。Pelgromプロットでは、横軸を1/(LW)1/2、縦軸をσ(Vth)としており、通常その傾きが、特性ばらつきの強さを表す指標として用いられる。今回は、この解析手法を相互コンダクタンス(Gm)に適用し、その傾きAGmを特性ばらつきの強さの指標として用いた。[参照元へ戻る]
◆移動度
半導体の中でのキャリアの流れやすさを表す指標。半導体中のキャリアの移動速度Vは、加えた電界強度Eに比例し(V=μE)、比例係数μ[cm2/Vs]が移動度と呼ばれる。同じ大きさの電界を加えたときには、移動度が大きいほど、キャリアの走行速度が大きくなり、電流が増加する。キャリアの散乱頻度の影響を受け、散乱頻度が少ないほど移動度が大きく、一定電界での電流が大きくなる。[参照元へ戻る]
◆キャリアの散乱頻度
電界によって半導体中をキャリアが運動する際には、半導体中の不純物、結晶欠陥、半導体表面の凹凸、結晶格子の熱振動により散乱を受ける。散乱頻度が少ないほど、キャリアは高い運動速度を保って半導体中を移動できる。上記の移動度は、キャリアの散乱頻度に反比例する関係をもつ。[参照元へ戻る]
◆キャリアの散乱体
キャリアの散乱の発生要因のうち、半導体中の不純物、結晶欠陥、半導体表面の凹凸など、構造的な要因を指す。[参照元へ戻る]

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