独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)フレキシブルエレクトロニクス研究センター【研究センター長 鎌田 俊英】印刷エレクトロニクスデバイスチーム 徳久 英雄 主任研究員、吉田 学 主任研究員らは、有限会社 ナプラ【代表取締役 関根 順子】(以下「ナプラ」という)関根 重信が開発した、低温プロセス用銅ペーストを利用して、低損傷印刷製造技術による結晶シリコン太陽電池の配線・電極の形成に成功した。
ナプラは、この銅ペーストを、ナプラが開発した偏析しない均一組成のナノコンポジット構造粒子作製法によって作った低融点合金粒子と銅粉末を混合して作製した。このペーストは低温焼結が可能である。産総研は、スクリーン印刷低温焼結法を適用して、高生産性低損傷印刷製造技術への対応を実現した。
これらの技術により、低温低熱損傷加工(<200 ℃)、低抵抗(3x10-5 Ω·cm)、低接触抵抗(5.3x10-4 Ω·cm2)、高剥離強度、高安定性(耐酸化安定性)を同時に満たす、結晶シリコン太陽電池セル用電極・配線の低コスト印刷製造が可能となり、太陽電池のさらなる低コスト生産に道を拓くこととなった。また、合金ペーストの組成制御により、これらの技術をフレキシブルディスプレイやセンサーなどの多様なセル構造の配線電極形成に適用することも可能である。
この技術の詳細は、2011年10月13、14日に茨城県つくば市で開催される産総研オープンラボ2011で紹介する予定である。
安全なエネルギーの供給源として、太陽電池の開発普及に対する社会要請は著しく高まってきている。太陽電池を広く社会に普及させるためには、コストをいかに抑えるかが最も重要な課題となっている。低コスト化には、セル効率の向上などに加え、セルの実装製造プロセスのコスト低減なども大きく寄与することから、近年銀ペーストなどを用いた太陽電池セルの電極・配線の印刷製造に高い関心が集まってきている。しかし、最近の世界的な需要拡大や太陽電池普及の急拡大などによりペースト材料である銀の価格が高騰しているため、銀を代替する安価な金属ペーストの開発が急務とされている。
銅は、銀とほぼ同等の導電性をもつにもかかわらず、銀より2桁安価であるため注目されている。しかし、銀を代替するためには、銅の酸化や基板中への拡散など解決すべき課題が残されている。また、高効率太陽電池セル、例えばヘテロ接合太陽電池セルなどは、デバイス性能の熱劣化を防ぐため、製造プロセスの低温化(200℃以下)が必須とされている。
今後、太陽電池のさらなる低コスト化、高効率化を実現するために、印刷のできる低温焼成型銅ペーストの開発が求められている。
産総研では、エネルギー・情報通信機器デバイスの省エネルギー高生産性製造技術の開発を目指して、印刷法を駆使したデバイス製造技術の開発を行ってきた。これまでにプラスチックフィルムなどのフレキシブル基板上に素子を印刷形成することで、フレキシブルディスプレイ、フレキシブルセンサー、フレキシブルRFIDタグなどを開発してきた。
一方、ナプラは独自に開発した偏析しない均一組成のナノコンポジット構造粒子作製法を活用することにより、融解後も等軸晶を形成する低融点合金の開発・量産化に成功するとともに、これらの低融点合金を用いて、低温焼成型合金ペーストを開発してきた。そこで、結晶シリコン太陽電池セルの製造に、これらの技術を適用することによる低コスト化について検討した。
なお、本研究開発は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構の委託事業「太陽エネルギー技術研究開発/太陽光発電システム次世代高性能技術の開発/極限シリコン結晶太陽電池の研究開発(平成22~24年度)」により行っている。
今回ナプラが開発した銅ペーストは、主に偏析しない均一組成のナノコンポジット構造粒子作製法によってできた低融点合金と銅粉とを混合して作製される。図1に示すように、銅ペースト中の低融点合金は150℃以下で融解し、銅の粒子間および銅粒子中へ拡散し、合金化することによって金属結合を形成し、導電性を向上させる。また、この融解した低融点合金が銅粒子を覆うので、銅粒子の酸化や、銅原子の基板などへの拡散が抑制される。図2は、粒子の断面の電子顕微鏡写真である。低融点合金が銅粒子中に拡散することにより、空隙の少ない金属導電体を形成することがわかる。従来の樹脂銀ペーストでは、樹脂がバインダーとなり銀粒子を接触させ、導電性を向上させる役割を果たしているのに対して、今回開発された銅ペーストでは、低融点合金がバインダーとなり銅粒子間を接触させて、導電性を向上させている。
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図1 低融点合金融解前後の性質変化(構造、導電性) |
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図2 ナプラが開発した銅ペースト(左)と市販樹脂銀ペースト(右)の電子顕微鏡写真 |
この銅ペーストを用いて、スクリーン印刷法で導体パターンを印刷形成し、加熱温度200℃以下で焼成したところ、図3に示すように、線抵抗率は3x10-5Ω·cmを示し、市販の銅ペーストより非常に低く、市販の銀ペーストに匹敵する値であった。また、太陽電池セルを構成するITO透明電極上にパターンを印刷形成して接触抵抗率を評価したところ、現行の太陽電池に用いられている銀ペーストよりも低く(5.3x10-4Ω·cm2)、太陽電池の高効率化に寄与することがわかった。この接触抵抗率は、印刷形成したパターンを大気中に半年以上(7ヶ月)放置しても変化せず、高い耐久性を示すことを確認した。こうして作成した電極を標準剥離テスト(テープテスト)で評価したところ、全く剥離が見られない高い接着性を示した。このように、太陽電池セル製造に要求されるさまざまな仕様に対する総合的な適合性の高さをみると、これまで主流であった銀ペーストによる太陽電池用電極部材の形成に代替し得るものとして、十分高いポテンシャルをもつことがわかった。
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図3 開発した銅ペーストとの抵抗率の比較
(市販の銅ペースト:A、B、C、ナプラ開発の銅ペースト:D、市販の銀ペースト:E) |
以上のように、結晶シリコン太陽電池の低コスト印刷製造を実現する技術として、その電極構成部材としての低温焼結型銅ペーストを利用して、その印刷製造技術を開発した。これは、現行の銀ペーストを用いる技術から低価格材料への転換の実現を可能とするものであり、太陽電池のさらなる低コスト化が期待できる。
現状では焼成温度は最高加熱温度200℃としているが、合金ペーストの混合成分や組成比を最適化することにより低融点合金の融点(143℃)程度までの低温焼成が可能である。また、成分調整により電極仕事関数の制御も可能であり、例えばPET(ポリエチレンテレフタレート)などのプラスチックフィルム基板を用いたフレキシブルディスプレイやセンサーなどの、情報端末機器デバイスの製造にも適用が期待できる。
今後、環境試験を行うとともに、長期耐久性、安定性を評価し、早期製品化を目標としている。また、高効率太陽電池セルに電極材料として用いて、低コスト化、高効率化の早期実現を目指していく。