独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノシステム研究部門【研究部門長 八瀬 清志】グリーンテクノロジー研究グループ 川本 徹 研究グループ長、田中 寿 主任研究員、Durga Parajuli 産総研特別研究員らは、土壌中のセシウムを低濃度の酸水溶液中に抽出する技術を開発した。抽出したセシウムをプルシアンブルーナノ粒子吸着材で回収することで、放射性廃棄物の総量を減らすことが期待される。
平成23年3月11日の東北地方太平洋沖地震に伴い発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故により、さまざまな場所で放射性セシウムが検出されており、大量の汚染土壌の処理が課題の一つとなっている。高濃度の酸を用いて土壌から放射性セシウムを抽出できることは既に知られているが、取り扱いが難しいことや、抽出した放射性セシウムを吸着材で回収する際の効率が悪い、酸の再利用が困難でコストが高い、など多くの問題があった。
今回、土壌の重量に対して用いる酸水溶液の重量比(固液比)を上げ、200 ℃の高温で処理することで、大半のセシウムイオンを低濃度の酸水溶液中に抽出することができた。さらに、抽出したセシウムイオンを土壌の1/150の重量のプルシアンブルーナノ粒子吸着材で回収することに成功した。また、土壌からの抽出と、吸着材による回収を組み合わせることで、より効率的に抽出できることも見いだした。今後、協力企業を募り、実証試験を進めていく予定である。
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図 土壌からのセシウムイオン抽出とプルシアンブルーナノ粒子吸着材によるセシウムイオン回収の模式図(左)。土壌からのセシウムイオン抽出率の温度依存性(右)。
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2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震に伴い発生した東京電力福島第一原子力発電所の放射性物質漏洩事故により、環境中に多くの放射性物質が放出され、大きな社会問題となっている。放出された放射性物質は主としてヨウ素131、セシウム134、セシウム137である。ただし、ヨウ素131は半減期が8日と短いため、長期的に問題となるのは半減期が約2年のセシウム134と、半減期が約30年のセシウム137の二種類であると考えられる。これらを人為的に無害化することは困難であり、その対策としては、生活環境中の放射性セシウムを除去し、管理された区域に封じ込めることなどが必要となる。
現状では、放射性セシウムで汚染された土壌の除染方法としては、放射性セシウム濃度が高い表土を除去する方法が考えられているが、処理が必要な土壌の量が非常に多くなってしまう。独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構により2011年6月に実施された農地表土除去試験では、7アールの農地処理で50トンの廃棄土壌が生じている。福島第一原子力発電所周辺の警戒区域、計画的避難区域、緊急時避難準備区域に含まれる12市町村の農地面積は2万6千ヘクタールであり、単純に計算すると1800万トン以上の廃棄土壌が生じてしまうことになる。このような大量の廃棄土壌を管理区域に封じ込めることは現実的ではない。これらの廃棄土壌を減らすため、土壌中から放射性セシウムの吸着量が多いと考えられる粒径の小さな粘土鉱物のみを取り出し除去する方法も提案されている。しかし、粘土含有量が多い土壌では削減効果が少ないなどの課題がある。
除去された土壌や取り出された粘土粒子から放射性セシウムを脱離させ、吸着材で吸着して濃縮すれば、より効率的に放射性廃棄物を減量できる。また、廃棄土壌からセシウムイオンを脱離させ、放射性セシウム濃度を各種の廃棄時基準より下げることができれば、簡便な処理法を利用できるようになるため、大幅な処理コストの削減が見込まれる。土壌からの放射性セシウム脱離の方法としては、6 mol/Lの濃硝酸もしくは濃塩酸を使用し、90 ℃程度に加熱することで、90%程度の放射性セシウムを土壌から抽出できることが知られている。しかし、濃硝酸や濃塩酸は、容器の選択などをはじめ取り扱いが難しいことに加え、土壌の酸への溶出が大きく酸水溶液の再利用ができないなどコスト面の課題もある。また、セシウム吸着材は、高濃度の酸水溶液中では抽出したセシウムイオンを吸着する能力がしばしば低くなることが知られている。このことから、土壌の放射性セシウムを低濃度の酸水溶液で簡便に抽出できる方法が望まれている。
2011年3月の東京電力福島第一原子力発電所の放射性物質漏洩事故を受け、産総研は即座にその対策の為の研究開発に着手した。土壌汚染に関しては、土壌からの放射性セシウム抽出技術の開発と、セシウム吸着材の開発を並行して進めてきた。
セシウム吸着材の開発については、プルシアンブルーという顔料を使用し、さまざまな環境に使用できる吸着材群を開発した(2011年8月24日産総研プレス発表)。今回、低濃度の酸水溶液を使用した土壌からセシウムを抽出する技術を開発し、セシウム吸着材と組み合わせることにより、抽出-回収システムを構築するに至った。
本研究開発の一部は、平成23年度科学技術戦略推進費「放射性物質による環境影響への対策基盤の確立」において実施されたものである。
低濃度の酸水溶液を使用した土壌からの放射性セシウム抽出-回収システムの模式図を図1に示す。土壌を低濃度の酸水溶液で洗浄して、セシウムイオンを酸水溶液中に脱離させる。酸水溶液に抽出されたセシウムイオンは、セシウム吸着材であるプルシアンブルーナノ粒子で回収する。酸水溶液は低濃度であるため土壌洗浄に再利用できる(図1左)。さらに、この2つの工程を接続することで連続処理も可能となる(図1右)。
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図1 土壌からの放射性セシウム抽出-回収システムの模式図。(左)バッチ式、(右)連続式。
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このシステムの実現に向けて、まず土壌からの効率的なセシウムイオン抽出について検討を行った結果、土壌の重量に対して用いる酸水溶液の重量比(以下「固液比」という)を増加させることで、低い酸濃度でも効率的にセシウムイオンを抽出でき、さらに、酸水溶液を高温にすると、抽出効率がより高くなることを明らかにした。固液比の増加に伴い酸水溶液の量は多くなるが、低濃度の酸であるため酸水溶液を再利用でき、総使用量は少量で済む。
一般的に、放射性セシウムと非放射性セシウムの化学的挙動は同様であると考えられているため、今回、土壌から酸水溶液への非放射性セシウム抽出量を評価することとした。土壌試料は、計画的避難区域に指定されている福島県飯舘村の畑から採取した非汚染土壌(下層土、褐色森林土)を使用した。土壌に含まれる非放射性セシウムの総量は、土壌の全分解を行い、その溶液のセシウムイオン濃度を測定し2.3±0.3 ppmと評価した。以下に示すセシウムイオン抽出量は、このセシウムイオン濃度2.3 ppmに対する、抽出されたセシウムイオン量の比として計算した。
固液比増加によるセシウムイオン抽出量の増加について図2に示す。これは、0.5 mol/Lの希硝酸を使用した際のセシウムイオン抽出量の固液比依存性を示したものである。酸濃度が一定であっても、固液比を増加させると、セシウムイオンの抽出率が劇的に向上することがわかる。この処理により、例えば12000ベクレル(Bq)/kgの土壌を現在作付け制限の基準値となっている5000 Bq/kg以下にすることができる。さらに、使用する酸を硫酸にすることで、より多量のセシウムイオンの抽出も可能である。0.5 mol/Lの希硫酸を使用した場合、固液比200、95 ℃、45分静置の条件で約88%のセシウムイオンを抽出できた。ただし、実用上硝酸、硫酸のいずれを使用するかは、容器の耐久性などシステム要件を考慮して決定することが望ましい。
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図2 飯舘村の土壌と0.5 mol/Lの希硝酸を混合し、95 ℃、45分静置した際のセシウムイオン抽出量の固液比依存性
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処理温度をさらに上げることで、ほぼ100%のセシウムイオンの抽出も可能である。水の沸点は100 ℃ であるが、圧力容器内で加熱することにより、さらに高温の処理が可能となる。図3は、同じ土壌と0.5 mol/Lの希硝酸を固液比200で混合し、抽出した際のセシウムイオン抽出量の温度依存性を示したものである。200 ℃の場合には、ほぼ完全にセシウムイオンを抽出できた。抽出率が100%を超えているのは、土壌中のセシウムイオン量のばらつきに起因する誤差と考えられる。
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図3 飯舘村の土壌と0.5 mol/Lの希硝酸を固液比200で混合し、45分静置した際のセシウムイオン抽出量の温度依存性
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表1に示す通り、酸水溶液に硝酸セシウムを溶解させたセシウム溶液からも、土壌からセシウムイオンを抽出した溶液からも、ほぼ100%のセシウムイオンをプルシアンブルーナノ粒子で回収できた。高濃度の酸を使用した場合、水素イオンや土壌中のほかのイオン、有機物なども大量に抽出されるため、セシウム吸着材の吸着機能が低下するが、低濃度の酸水溶液を使用することで、セシウム吸着材による回収も問題なく可能となった。吸着効率を表す指標として知られる分配係数は、0.5 mol/L硝酸水溶液でセシウムイオンを抽出した溶液では、約89万 mL/gという高い値が得られた。これは、セシウム吸着材として知られるゼオライトを用いて酸を含まないセシウム水溶液から吸着させた場合と比べても高い回収効率を示している。一方、5 mol/Lの硝酸および硫酸水溶液でセシウムイオンを抽出した溶液では、200~3000 mL/gという低い値であった。また、今回の実験で使用したプルシアンブルーナノ粒子の量はセシウムイオンを抽出したもとの土壌量の1/150であり、放射性廃棄物の量を1/150に低減できる可能性を示している。理論的には10万分の1以下にすることも可能である。
さらに、セシウムイオン回収後の酸水溶液は若干の酸濃度低下が見られたものの、再度新たな土壌洗浄に使用したところ問題なく使用できた。よって、酸水溶液は酸濃度の調整のみで、繰り返し利用できることが期待できる。
表1 プルシアンブルーナノ粒子を利用した酸水溶液からのセシウムイオン抽出試験結果。
「硫酸」、「硝酸」は0.5 mol/Lの酸水溶液に硝酸セシウムを溶解させたもの。
「硫酸(土)」、「硝酸(土)」は、土壌からセシウムイオンを抽出した溶液。
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さらに、土壌から酸水溶液へのセシウムイオン抽出に、プルシアンブルーナノ粒子吸着材によるセシウムイオンの回収を組み合わせることにより、使用する酸水溶液の総量を変えずに、抽出されるセシウムイオンの量を増加できることがわかった。図1右の連続式システムを利用し、まず、5.7 gの土壌を充填したカラムに、0.5 mol/Lの硝酸水溶液100 mLを通水した(固液比17.5)。9時間通水したところで、抽出率は30.5%で頭打ちとなった。ここで酸水溶液を不溶性プルシアンブルーナノ結晶を充填したカラムに通水し、ほぼ100%のセシウムを酸水溶液から除去後、再度土壌充填カラムに通水したところ、40.1%まで抽出率が向上した。このことは、固液比の増加や、高温処理に加え、吸着材によるセシウムイオン除去を工程に組み込むことで、土壌からのセシウム抽出がより効果的になることを示唆している。
処理温度、酸濃度などの最適化や、土壌量に対するプルシアンブルー使用量をさらに低減させるなど、技術改良を進める。また、本技術を利用し、福島県をはじめ各地の汚染土壌などの除染を進めるべく、多様な協力企業を募ることで、実用化へ向けた実証試験を進めたい。さらに、土壌浄化でよく利用される加熱水蒸気などを利用した効率的なセシウムイオン脱離の検討や、土壌だけでなく、汚泥や焼却灰など、ほかの汚染物質の除染への活用についても検討を進めていく。