発表・掲載日:2010/09/29

共生細菌の異種間移植で、アブラムシが新たな性質を獲得

-これまで利用できなかった餌植物上での生存、繁殖が可能な体質に変化-

ポイント

  • 共生細菌の異種間移植で、アブラムシの植物適応能力が大幅改善することを発見
  • “昆虫の植物適応”が生物種を超えて伝播する可能性を示唆
  • 生態系における植物と昆虫の関係の解釈や、害虫対策に新たな概念を提示

概要

 独立行政法人理化学研究所(野依 良治理事長)と独立行政法人産業技術総合研究所(野間口 有理事長)は、アブラムシ体内に生息する特定の共生細菌を異種間移植することで、ある種のアブラムシが、これまで餌として利用できなかった植物上で生存や繁殖が可能になることを発見しました。これは、理研基幹研究所(玉尾 皓平所長)松本分子昆虫学研究室の土田 努基礎科学特別研究員、松本 正吾主任研究員、および産総研生物プロセス研究部門(鎌形 洋一研究部門長)生物共生進化機構研究グループ深津 武馬研究グループ長、古賀 隆一主任研究員による共同研究の成果です。

 多くの昆虫類では、消化器官や細胞内などに特殊な代謝機能を持つ微生物が共生しています。宿主である昆虫は、これらの共生微生物のおかげで、普通の動物にとっては劣悪な餌資源を利用して、生存・繁殖することができます。このような特定の餌資源の利用をつかさどる共生微生物の感染がほかの昆虫種に拡大すると、これまで利用することができなかった餌資源の利用能や、すでに餌である資源をより効率的に利用する性質も同時に拡大し、新たな能力を持った昆虫が生じると予想されます。例えば、本来は無害な昆虫が、共生微生物を獲得することで、農作物の害虫になるといったことが起こり得ます。しかし、これまでに、共生微生物の水平感染によって、宿主昆虫に新たな餌資源の利用能が賦与された例は報告されていませんでした。

 研究グループは、ある種のアブラムシの体内に存在する共生細菌Regiellaを、別種のアブラムシに異種間移植し、このアブラムシが、これまで利用できなかった餌植物上で生存や繁殖が可能になることを示しました。

 今回の研究成果は、害虫防除の観点からも重要な“昆虫の植物適応”という性質が、共生細菌の感染によって生物種を超えて伝播し得ることを実証したもので、自然界における植物と昆虫の関係や、食性の進化、新興害虫の起源などの解釈に新たな観点を与えるものです。

 本研究成果は、英国の科学雑誌『Biology Letters』に掲載されるに先立ち、オンライン版(9月29日付け:日本時間9月29日)に掲載されます。


背景

 昆虫は、特殊な微生物との間に密接な共生関係を築くことで、さまざまな環境に適応しています。数ある共生関係の中でも最も研究が進んでいる例は、アブラムシとその体内にすむ共生細菌Buchnera aphidicola(以下、Buchnera:図1)との関係です。Buchneraは、4,400種ほど知られているアブラムシのほとんどすべての種に共生し、アブラムシの餌である植物の師管液中に不足している必須アミノ酸やビタミンなどを供給しており、アブラムシにとって不可欠な存在となっています。多くのアブラムシ体内には、Buchneraに加えて、任意共生細菌と称される多種多様な細菌も存在しています。これらの任意共生細菌は、宿主の生存・繁殖には必須ではないものの、高温耐性や寄生蜂耐性、さらには植物適応を宿主アブラムシに賦与することが最近の研究から明らかになってきました。

アブラムシの共生細菌の写真
図1 アブラムシの共生細菌
アブラムシ体内には“菌細胞”という特殊な細胞(Myc)が存在し、菌細胞内にはアブラムシにとって必須の共生細菌Buchnera(緑)が生息している。任意共生細菌Regiella(赤)は、菌細胞、鞘細胞(図中、矢尻)のほか、アブラムシの体液中にも存在している。

 アブラムシの任意共生細菌の一種であるRegiella insecticola(以下、Regiella:図1)は、さまざまなアブラムシ種から検出される細菌です。土田研究員らはこれまでに、野外のシロツメクサ上で生存・繁殖するエンドウヒゲナガアブラムシ(Acyrthosiphon pisum:図2左)の多くがRegiellaを体内に保有し、その存在によってエンドウヒゲナガアブラムシがシロツメクサ上で旺盛に増殖できることを示しました。

 ソラマメヒゲナガアブラムシ(Megoura crassicauda:図2右)は、エンドウヒゲナガアブラムシとは異なり、シロツメクサを利用できないアブラムシです。これまでに、Regiellaを体内に保有するエンドウヒゲナガアブラムシの体液をソラマメヒゲナガアブラムシに微小注入法により移植することで、Regiellaが容易に伝わり、また安定して維持されることを明らかにしていました。この結果は、ソラマメヒゲナガアブラムシが、シロツメクサ適応をもたらすRegiellaの宿主になり得ることを示します。研究グループは、Regiellaを新たに獲得したこのソラマメヒゲナガアブラムシが、シロツメクサを餌として利用できるようになるか否かに注目し、検証しました。

エンドウヒゲナガアブラムシとソラマメヒゲナガアブラムシの写真
図2 エンドウヒゲナガアブラムシとソラマメヒゲナガアブラムシ
エンドウヒゲナガアブラムシ(左)は、シロツメクサ(中)を寄主植物として利用できるが、ソラマメヒゲナガアブラムシ(右)はシロツメクサを利用できない。

研究手法と成果

 微小注入法を用いて、エンドウヒゲナガアブラムシの体液中に存在する共生細菌Regiellaを、異なる場所から採集した3系統のソラマメヒゲナガアブラムシに移植しました。移植されたRegiellaは、すべての系統において親から仔へと安定に垂直感染して、移植後70世代経った後でも共生細菌Regiellaの感染率は100%でした。このことは、ソラマメヒゲナガアブラムシがRegiellaの潜在的な宿主であり、少なくとも特定の環境下ではRegiellaの感染は安定して維持され、子孫へ綿々と伝えられていくことを意味しています。

 シロツメクサ上でRegiellaを移植していないソラマメヒゲナガアブラムシを飼育したところ、80%は移行後2日以内に死亡しました。系統によっては、成虫まで生き延びた虫がわずかに現れましたが、ごく少数の仔を産んだ後に死亡してしまいました。一方、Regiellaを移植したソラマメヒゲナガアブラムシでは、3系統のうち2系統で、シロツメクサ上での生存期間が有意に延長し、成虫での生存期間が伸びたことで産仔数も増加しました(図3)。

ソラマメヒゲナガアブラムシのシロツメクサ上での生存の図
図3 ソラマメヒゲナガアブラムシのシロツメクサ上での生存
共生細菌Regiella感染虫(橙の実線)、非感染虫(緑の破線)ともに、3日令幼虫100個体ずつを供試した結果、Regiellaの感染により、これまで餌として利用できなかったシロツメクサ上での生存期間が有意に伸び(一般化線形モデル、p<0.05)、成虫にすらなれなかった系統でも産仔が確認されるなど、植物適応が改善された。

 これらの結果は、ある種のアブラムシが、他種のアブラムシからの共生細菌移植によって、これまで餌として利用できなかった植物上での生存や繁殖が可能になるという、植物適応を獲得したことを示しています。今回の成果は、共生細菌の感染による植物適応の生物種を超えた伝播が、理論だけでなく、実際に起こり得ることを示した世界初の報告です。

今後の期待

 共生細菌が賦与する植物適応という、生命科学的に興味深いこの現象の生理・分子機構の解明を目指し、現在、Regiellaの全ゲノム解析や共生細菌とアブラムシの発現遺伝子の網羅的解析、代謝産物の解析などに取り組んでいます。

 また、アブラムシは、旺盛な繁殖力による直接被害やウイルス媒介による病害を農作物に引き起すため、世界中で重要な害虫であり、効果的な防除法が期待されています。今回の研究の進展によって、アブラムシの植物適応に関する重要な分子機構を明らかにすることができ、その分子機構の阻害によって、害虫種特異的で環境被害の少ない害虫防除法を開発できる可能性もあります。今後、こうした応用技術開発の可能性についても検討していく予定です。

用語の説明

◆共生微生物の垂直感染、水平感染
アブラムシの共生細菌は、親虫の体内の卵巣内で次世代の胚に感染する。このように親から仔へと世代間で共生微生物が受け継がれることを垂直感染(あるいは垂直伝播)と呼ぶ。それに対し、ほかの系統や他種へと感染が広がる場合を、水平感染(水平伝播)と呼ぶ。水平感染のメカニズムとしては、1)感染虫の唾液から植物師管液を介した非感染個体への伝染や、2)寄生蜂(アブラムシ体内に卵を産みつけるハチ)による感染体液の非感染個体への媒介、3)異種間での交尾による感染、などが考えられている。[参照元へ戻る]
◆昆虫の植物適応
植物を食べるさまざまな昆虫は、一般にどんな植物でも餌にすることができるわけではなく、むしろ限られた種類の植物しか利用することができない。こうした特定の植物に対する昆虫の適応能力を昆虫の植物適応といい、昆虫が餌として利用する植物のことを“寄主植物(きしゅしょくぶつ)”という。昆虫が植物適応できるかどうかについては、植物側と昆虫側の両要因が大きく関与すると考えられている。植物側の要因としては、植物の毒物質・忌避物質などの化学成分による防御機構、昆虫側の要因としては、植物化学成分の解毒・回避機構、などが挙げられる。昆虫から逃れたい植物と、植物をなんとか利用したい昆虫の両者が、軍拡競争のようにして共進化してきた結果、現在の特異的な昆虫と寄主植物の関係が築かれたと考えられている。[参照元へ戻る]
◆共生細菌の微小注入法
ガラスキャピラリーなどを用いて、任意共生細菌を生物体内に微量注入する手法。アブラムシの任意共生細菌は感染宿主の体液中に多く存在するため、感染体液を非感染アブラムシの体腔中に微小注入することによって、人工感染させることが可能。[参照元へ戻る]

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