独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)生物機能工学研究部門【研究部門長 織田 雅直】生物時計研究グループ 大石 勝隆 研究グループ長は、女子栄養大学 栄養学部 堀江 修一 教授らとともに、炭水化物を少なくするダイエットによってマウスの体内時計を調節できることを発見した。
マウスに、炭水化物を減らした食餌(ケトン体ダイエット)を14日間摂取させ、体内時計の指標となる時計遺伝子の機能を調べたところ、時計遺伝子が最もよく働く時刻が4時間から8時間程度早くなっていることを発見した。
夜行性の齧歯(げっし)類であるマウスを昼夜のある明暗環境下で飼育すると、光による直接的な行動抑制作用(マスキング)が強いため、行動の変化を知ることは困難である。行動を制御する体内時計の変化を調べるため、恒暗条件にしてマウスの活動リズムを調べたところ、ケトン体ダイエットによってマウスの活動時間帯が早まる(早起きになる)ことが確認された。
この効果は、活動時間帯が後退(夜更かし朝寝坊型)する睡眠相後退症候群(DSPS)のモデルマウス(時計遺伝子の壊れたマウス)でも確認され、薬剤に依存しない睡眠(リズム)障害治療法や時差ぼけ改善法としての応用が期待される。
本研究成果は、米国科学誌「Arteriosclerosis, Thrombosis, and Vascular Biology」に掲載される。
図1 時計遺伝子の働きが早まった
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図2 活動開始時刻が早まった
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最近、社会活動の24時間化に伴うさまざまな睡眠障害が社会的問題となってきている。概日リズム(サーカディアンリズム)睡眠障害と呼ばれる一連の睡眠障害の発症には、時計遺伝子によって構成されている体内時計が関係しているものと考えられているが、その詳細なメカニズムは明らかになっていない。睡眠障害の治療法としては、高照度光療法や、ビタミンB12やメラトニンの投与が一般的であるが、その作用メカニズムは不明であり、効果に関しても大きな個人差がある。そのため、従来の治療法とは作用メカニズムが異なる、新規睡眠障害治療法の開発が望まれている。
産総研は、生物の体内時計のメカニズムや、体内時計と睡眠障害との関係などの研究を行ってきている。これまでに、ヒトの高脂血症治療薬であるフィブレート(核内受容体PPARαに作動する薬剤)による概日リズム睡眠障害の改善効果を、動物実験によって明らかにした(2007年4月25日プレス発表)。
産総研と女子栄養大学は、体内時計と栄養の関係に注目して、食による睡眠障害の改善を目指して研究を行ってきた。
時計遺伝子は体内時計のリズム発振に重要な役割を担っており、体内時計の時刻を知るための指標ともなっている。ヒトを含む哺乳(ほにゅう)類では、脳だけではなく、心臓や肝臓、腎臓などほぼすべての臓器で時計遺伝子の働きが認められる。今回、マウスを用いた動物実験によって、ケトン体ダイエットが、時計遺伝子の働きに作用し、体内時計を早める効果があることを発見した。
マウスの通常の餌には、50%程度の炭水化物が含まれているが、これを0.73%に減らしたケトン体ダイエットを調製し、これを14日間与えて時計遺伝子ピリオド2(period2)の働きを調べた。その結果ピリオド2の最もよく働く時刻が、4時間から8時間程度早くなっていることが確認された(図1)。
夜行性の齧歯(げっし)類であるマウスを昼夜のある明暗環境下で飼育した場合、光による直接的な行動抑制作用(マスキング)が強く、行動リズムの変化を知ることは困難である。行動リズムを制御する体内時計の変化を調べるためにマウスを恒暗条件に置いた。その結果、普通食を継続した場合と比べて、ケトン体ダイエットでの飼育によってマウスの活動時間帯が早まり、早起きになることが確認された(図2)。
さらに、図2の赤線(活動開始時刻)の勾配からマウスの体内時計周期(ヒトの場合は、約25時間といわれている)を計算すると、普通食で飼育したマウスに比べてケトン体ダイエットを与えたマウスでは15分から20分程度短くなっていることが判明した。
このようなケトン体ダイエットによる早起き効果は、活動時間帯が後退(夜更かし朝寝坊型)する睡眠相後退症候群(DSPS)のモデルマウス(時計遺伝子クロック(Clock)の壊れた変異マウス)でも確認できた。
ケトン体ダイエットが体内時計の動きを早めることは、薬剤に依存しない、食による睡眠(リズム)障害の治療法や時差ぼけ改善法としての可能性が考えられる。
ケトン体ダイエットによる体内時計制御のメカニズムについては、その作用部位も含めて不明な点も多く、今後は、個体レベルでの分子メカニズムの解明を目指す。
なお、ケトン体ダイエットは、癲癇(てんかん)や肥満の治療法として実際に臨床現場で用いられている一方で、その長期的な安全性についてもまだ議論されている段階であり、ヒトへの応用には、安全性を十分考慮した上で、その効果を慎重に検討する必要がある。