独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)生物機能工学研究部門【研究部門長 巌倉 正寛】生物時計研究グループ 石田 直理雄 研究グループ長、大石 勝隆 主任研究員は、筑波大学大学院 白井 秀徳 氏、早稲田大学 理工学術院 柴田 重信 教授らとともに、高脂血症治療薬であるフィブレートによって体内時計の調節が可能であることを発見した。
夜行性の齧歯(げっし)類であるマウスを明暗環境下で飼育した場合、通常その活動時間帯は夜間に限られている。このマウスに、フィブレートを餌とともに投与すると、活動時間帯が約3時間前進(早寝早起き)し、明期の後半から活動を始めるようになった。
活動時間帯が後退(夜更かし朝寝坊型)する睡眠相後退症候群(DSPS)のモデルマウス(時計遺伝子の壊れたマウス)にフィブレートを投与したところ、活動時間帯の正常化が確認された。
フィブレートは
核内受容体PPARαに特異的に結合することから、
PPARαをターゲットとした新規な睡眠(リズム)障害治療薬や時差ぼけ改善薬などの開発につながるものと期待される。
遺伝性の睡眠障害に加えて、社会の24時間化に伴う様々な睡眠障害が社会的問題となっている。概日リズム睡眠障害と呼ばれる一連の睡眠障害の発症には、時計遺伝子によって構成されている体内時計が関係しているものと考えられているが、その詳細なメカニズムに関しては不明である。睡眠障害の治療法としては、特別な装置を必要とする高照度光療法や、ビタミンB12やメラトニンの投与が一般的であるが、その作用メカニズムは不明であり、効果に関しても大きな個人差が認められている。そのため、従来の治療法とは作用メカニズムが異なる、新規睡眠障害治療法の開発が望まれていた。
産総研ではこれまで、体内時計と食事の関係に注目して研究を行ってきた。その過程で、脂質代謝系が体内時計によって強く制御されていることを見出した。一方、近年になって、脂溶性物質が、核内受容体を介して生体内でさまざまな生理機能を担っていることが明らかとなってきた。今回産総研は、脂肪酸代謝において中心的な役割を担っているPPARαが、体内時計の調節に関わっていることを動物実験によって明らかにした。さらに、早稲田大学 柴田重信教授らの協力を得て、PPARα作動薬であるフィブレートの、リズム障害改善効果について研究を開始した。
高脂血症治療薬として広く用いられているフィブレート系薬剤は細胞の核内にある特異的な受容体PPARαに結合して作用し、脂質代謝を改善することが知られている。今回産総研はこの薬剤が体内時計に作用することで睡眠障害の治療薬となり得る可能性を発見した。
夜行性の齧歯類であるマウスを明暗環境下で飼育した場合、通常その活動時間帯は夜間(暗期)に限られている。このマウスに、PPARαに結合するフィブレートを餌とともに投与すると、活動時間帯が3時間程度前進(早寝早起き)し、明期の後半から活動を始めるようになることを見出した。また、体内時計の指標となる時計遺伝子の機能においても、時計遺伝子が最もよく働く時刻が3時間程度早くなっていた(図1)。
|
図1 フィブレート投与による活動時間帯の前進 |
さらに活動時間帯が後退(夜更かし朝寝坊型)する睡眠相後退症候群(DSPS)のモデルマウス(時計遺伝子Clockの壊れた変異マウス)にフィブレートを投与したところ、活動時間帯の正常化が確認された(図2)。
|
図2 フィブレート投与によるリズム障害の治療 |
今回の発見は、核内受容体PPARαをターゲットとした新規な睡眠(リズム)障害治療薬や時差ぼけ改善薬などの開発につながるものと期待される。
フィブレート系薬剤の中枢作用についてはほとんど研究されておらず、体内時計に作用するメカニズムについても現段階では不明である。今後は、脳内での作用部位や、PPARαが調節しているターゲット遺伝子の決定など、作用メカニズムの解明を目指す。
その一方で、フィブレート系薬剤は、高脂血症治療薬として広く臨床現場で患者に投与されている薬剤であるが、齧歯類とヒトでは体内時計に対する感受性が異なる可能性も考えられる。従って、ヒトを対象として、フィブレート系薬剤の体内時計に対する影響を検討しなければならない。