独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)安全科学研究部門【研究部門長 中西 準子】環境暴露モデリンググループ 東野 晴行 研究グループ長は、化学物質の広域大気中濃度分布や暴露人口分布を予測するモデルADMER Ver.2.5を開発した。【 http://www.aist-riss.jp/software/admer/ja/index_ja.html 】において2008年8月5日から無償でダウンロードできる。
産総研では、これまで日本の各地域における化学物質の大気中濃度を、排出量と気象条件から計算するソフトウェアADMER(Atmospheric Dispersion Model for Exposure and Risk Assessment)を開発し無償公開してきたが、今回のバージョンアップでは、Google EarthTMの衛星写真上での濃度マップ表示、並列計算処理による高速化、操作性の向上、気象庁アメダスデータのダウンロード機能の搭載などの改良を行った。Google EarthTMを利用した大気汚染濃度の公開は、米国では昨年から行われているが、日本では初めて。
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ADMER Ver.2.5でのGoogle EarthTMを用いた大気中のベンゼン濃度分布表示の例
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日本各地を5km×5kmの基本グリッドに分割し、この解像度で濃度分布が表示される。グリッドを入れ子構造にして、基本グリッドの中を、1km×1km、500m×500m、100m×100mのサブグリッドに分割して詳細な濃度分布の表示もできる。 |
従来、化学物質の暴露およびリスクは、観測データのみに基づいて評価されていた。しかし、評価すべき物質の数が多く、対象となる地域が広い場合に、十分な空間解像度で暴露やリスクの評価を実施するには、莫大な費用と労力を要していた。そこで、化学物質の大気中の濃度を、排出量と気象条件から計算するソフトウェアであるADMER(正式名称:産総研-曝露・リスク評価大気拡散モデル(National Institute of Advanced Industrial Science and Technology - Atmospheric Dispersion Model for Exposure and Risk Assessment:AIST-ADMER)を2002年に開発した。
ADMERを利用することにより、評価可能な地域や物質の数が飛躍的に増加し、どのような発生源が高濃度・高リスクの要因となっているのか、定量的に評価できるようになった。また新規物質など観測データがない場合の推定、さらには将来と過去等の推定など、社会経済的評価に不可欠な要素を解析することも可能となった。
ADMERは操作が簡単で誰でも無償で入手できることに加え、日本において
PRTR(環境汚染物質排出移動登録)制度が施行され、化学物質のさまざまな排出量データが入手できるようになったことから、自治体や事業所などを中心にユーザーが年々増加しており、さまざまなところで大気系化学物質のリスク評価に利用されている。
ADMERは2003年にWebサイトで公開して以来、自治体や企業を中心に3000人を超えるユーザー登録があり、同種のソフトウェアとしてはわが国で最も普及している。ADMERは、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下「NEDO」という)の化学物質総合評価管理プログラム※の代表的な研究成果の一つであり、同プログラムで実施されたほとんどすべてのガス状物質の初期および詳細リスク評価に利用されているほか、国や自治体での環境政策、教育機関、企業などさまざまなところで用いられている。
2007年に公開したVer2.0では、空間解像度を最高100mにまで向上させ、市区町村内など細かい領域での暴露評価が可能になった。しかしながら、実際に細かい領域で用いると、背景の地図にも解像度の高さが必要となることから、対応する地図データが高価であるなど一般ユーザーの方々が利用するには不便さがあった。
※本研究は、NEDOからの受託研究「リスク評価、リスク評価手法の開発及び管理対策のリスク削減効果分析」の一環として行われたものである。
今回のバージョンアップ(Ver.2.5)では、表示、計算、および自動アップデート機能を強化した。
1.表示機能の向上
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Google EarthTMでの化学物質の大気中濃度マップ表示 |
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従来からADMERには地図表示機能が実装されているが、背景地図については市町村境界程度のものしか内蔵されていないため、詳細な地図は別途入手する必要があった。そこで、Ver.2.5では、Google EarthTMの衛星写真の上に計算結果(濃度マップ)を表示する機能を搭載した。Google EarthTMを利用することにより、ユーザーは高価な地図データを使用せずに簡便かつ無償で詳細な地図データを背景として利用することが可能となった(図1)。 |
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図1 Google EarthTMを用いた100m×100m解像度での濃度分布表示の例(赤-黄の部分は道路上の自動車から大気中へ排出されるベンゼンの濃度が高い場所を示す)
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階級値登録機能の改良 |
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分布図やヒストグラムなどの階級値設定画面において、従来は登録の操作が煩雑であったが、現在の表示に利用している階級値設定に名前を付けて登録できるようになった。
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分布図表示階級色の選択機能 |
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従来は、排出量や大気中濃度などの各分布図表示の階級色は変更不可能であったが、Ver.2.5から、複数のカラーテーブルから選択できるようにし、より扱いやすくした。 |
2.計算機能の向上
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並列計算処理の導入 |
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化学物質の大気中への拡散計算に並列処理を実装し処理の高速化を図った。市販のクワッドコアCPUを搭載したパソコンを用いる場合、計算が約3倍高速化された(図2)。 |
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図2 ADMER Ver2.0と今回強化したVer.2.5の計算時間の比較(Intel® CoreTM2 Quad 2.66GHz CPUを搭載したパソコンを用いて、2005年1月~12月の期間、関東地方全域(5km×5kmグリッド解像度)をサンプル物質について計算した場合)
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サブグリッドグループの導入 |
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従来のVer.2.0では、サブグリッド計算を行う場合、ADMERグリッドを一つずつサブグリッド計算対象として登録しなければならず煩雑な操作が必要であった。Ver.2.5では、複数のADMERグリッド(サブグリッドグループ)をまとめて、一度に計算できるように改良した。 |
3.自動アップデート機能の向上
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アメダスデータダウンロード機能 |
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これまでADMER用気象データの作成には、アメダス観測年報CD-ROMが必要であった。Ver.2.5では、必要なデータのみを専用フォーマットで、産総研のADMERサイトからネットワーク経由にてダウンロード可能とした。これにより、アメダス観測年報CD-ROMを購入しなくても、ADMER用気象データが作成可能となった(図3)。 |
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図3 ADMERデータアップデート機能(アメダスデータもダウンロードで入手できるようになった)
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グリッド排出量データソースダウンロード機能 |
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グリッド排出量データソースのダウンロード機能を付加した。グリッド排出量データソースは、各物質について適切な指標データ、排出量データを利用してあらかじめ作成されたグリッド排出量データであり、より適切な排出量データを簡単に作成することが可能となった。グリッド排出量データソースは、今後、適宜追加されていく予定である。
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ADMERプログラムアップデート機能 |
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ADMER上から、バージョンアップを実行できる機能を実装した。 |
今後は、データの自動アップデート機能を利用して、気象データや各種指標データなどの供給を行なっていく。また、講習会等を通じて、ADMERの普及を図りたい。