独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)化学物質リスク管理研究センター【センター長 中西 準子】環境暴露モデリングチーム【チーム長 東野 晴行】は、化学物質の広域大気濃度分布や暴露人口分布を予測するモデルADMER の最新版(Ver.2.0)を開発した。平成19年1月11日から無償配布を開始する。【URL「https://admer.aist-riss.jp/」からダウンロード可能】
今回のバージョンアップの最大のポイントは、市区町村内など細かい領域で用いる際、多くのユーザーから要望のあった高解像度化を、サブグリッド解析機能の搭載によって実現したことである。これにより、空間解像度をこれまでの5kmから最高100mにまで大幅に向上させた。さらに、地理情報システム(GIS)の導入による図化機能と操作性の向上、解析に必要な気象、人口、交通量等のデータの自動ダウンロード機能の搭載、市区町村別の平均濃度を自動的に計算する機能の搭載など、ユーザーの要望に応えた様々な改良も行った(図1参照)。
本ソフトウェアに関するワークショップを平成19年1月22日に東京ビッグサイトにて開催する。定員は100名、参加費は無料。【URL「https://admer.aist-riss.jp/」で参加申し込みを受付中】
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・モデルの解像度は、最高で5km×5km
・濃度表示画面は、表示のみで操作はできない |
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・最高で100m×100mの濃度分布が推定可能に
・GISの搭載により操作性や表示の自由度が向上 |
図1.新たに開発したADMER Ver.2.0の特徴 |
従来、化学物質の暴露およびリスクは、観測データのみに基づいて評価されていたが、評価したい地域の広さや物質種の多さなどを観測だけで満たすには、莫大な費用と労力がかかるという問題があった。そこで、化学物質の大気中の濃度を、排出量と気象条件から計算するソフトウェアであるADMER(正式名称:産総研-曝露・リスク評価大気拡散モデル(National Institute of Advanced Industrial Science and Technology - Atmospheric Dispersion Model for Exposure and Risk Assessment:AIST-ADMER ))が開発された。
ADMERは、操作が簡単で誰でも入手できることに加え、PRTR制度が施行され化学物質の様々な排出量データが容易に入手できるようになったことから、ユーザーが年々増加しており、すでに様々な所で大気系化学物質のリスク評価に活用されている。しかしながら、モデルの普及と並行して、新たに様々な要望がユーザーから寄せられた。その中で、解析可能な空間解像度をもっと上げて欲しいという要望が最も多かった。これまでのADMERでは、空間解像度は5km×5kmに限定されていた。この解像度は、関東全体のような地域スケールでの分布状況を見るには最適だが、ある特定の都道府県や市区町村程度の領域で用いるためには、より高い解像度で解析できるのが望ましい。これまでのADMERでは、解像度の限界により、評価したい地点が発生源に近い場合には計算値は実測値より低くなった。例えば、ADMERによる計算結果と既設の観測局での実測値とを比較する場合を考えると、都市規模が比較的小さい郊外都市では、発生源と観測局の距離がグリッド間隔より比較的短くなる場合が多いため、計算値が過小となっていた。このような場所での実測値を再現するには、ある程度高い空間解像度が必要である。このため、従来は、細かい領域の解析には、METI-LISのような事業所近傍の濃度推定用の拡散モデルを併用する必要があったが、作業が煩雑になるうえ、計算時間や容量が膨大になり、暴露人口の推定ができないなどの問題があった。
ADMERは、2003年から産業技術総合研究所化学物質リスク管理研究センターのWebサイトで公表されており、誰でも無償でダウンロードして利用可能である。すでに2000人を超えるユーザーがあり同種のソフトウェアとしては、わが国で最も普及している。ADMERは、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下「NEDO」という)化学物質総合評価管理プログラム※の代表的な研究成果の一つであり、同プログラムで実施されたほとんど全てのガス状物質の初期及び詳細リスク評価に利用されているほか、国や自治体での環境政策、教育機関、企業など様々な所で用いられている。
従来、化学物質の暴露及びリスクは、観測データのみに基づいて評価されていたが、ADMERを用いて発生源データからも評価できるようになった。これにより、評価可能な地域や物質の数が飛躍的に増加したとともに、発生源寄与率の推定(どのような発生源が高濃度・高リスクの要因となっているのか定量的に評価すること)や新規の物質など観測データの存在しない場合の推定、さらには将来・過去等の推定など社会経済的評価に不可欠な要素を解析することが可能となった。実際、産業構造審議会での有害大気汚染物質の自主管理の今後のあり方の議論においても、観測データのみではなくモデルを用いて発生源寄与率や削減効果を解析できたことが最終答申に大きく影響した。
※ 本モデルの開発は、NEDOからの受託研究「リスク評価、リスク評価手法の開発及び管理対策のリスク削減効果分析」の一環として行われたものである。
細かい領域での解析精度の向上のためにはADMERの高解像度化が必須だが、空間解像度を上げると当然のことながら、計算時間や取り扱いデータの容量が増大する。そのため、解析領域全体のグリッド間隔を細かくするような単純な高解像度化を行った場合、ADMERの特徴の一つである日本全国のような広範な地域での濃度分布や暴露人口の推定といったような使い方が難しくなり、実用上問題が生じる。そこで、ADMERの全体の空間解像度を上げるような変更はせずに、指定した特定のグリッドについてより解像度の高い解析が可能なモジュールを開発し、これをADMERに組み込むことによって、特定の細かい領域についての詳細な解析を実現できるモデルを構築した。これに加えて今回のバージョンアップでは、地理情報システム(GIS)の導入による表示機能や操作性の向上など、ユーザーからの要望に応えるための様々な改良も行った。
(1) サブグリッド解析機能
新たに開発したサブグリッドモジュールにより、図2に示すように、高解像度で計算を行う現行ADMERの特定のグリッド(5km×5kmグリッド)を1つだけ選択し、その内部について100m~1kmのさらに細かいグリッド(サブグリッド)に分割して濃度分布を推定する計算を行う。高精度が要求される近隣の発生源については数100mの解像度で計算するが、それほど高い精度が要求されない遠方の発生源からの影響についてはこれまで通り5km解像度での計算を行い、高い空間解像度と計算時間やデータ容量の効率化を同時に実現した。この機能の搭載により、郊外都市のように発生源密度が比較的低い地域や沿道のように発生源と評価地点が近い場所での予測精度が大幅に向上した(図3参照)。
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・特定のグリッドを選択し、その内部を高解像度(100m~1km)で計算
・遠方(当該グリッド以外)からの影響は、ADMERにより計算し足し合わせる |
高い空間解像度と計算時間やデータ容量の効率化を同時に実現! |
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図2.サブグリッド解析機能のしくみ |
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●:大都市域(関東・東海・近畿)の観測点 ■:郊外都市(3大都市以外)の観測点
サブグリッドの導入による高解像度化で,郊外都市のような発生源と観測点が近い場合の予測精度が大幅に向上!! |
図3.現況再現性の比較(平成14年度のベンゼン濃度、日本全国の観測点409地点で比較) |
(2) 地理情報システム(GIS)による図化
地理情報システム(GIS)の導入により、地図の拡大縮小移動、観測地点などを予め登録して表示、多種類の背景画像をレイヤー表示可能(行政の境界、道路、etc.)など、図化機能や操作性が格段に向上した(図4参照)。
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GISの搭載により操作性や表示の自由度が格段に向上! |
図4.ADMER Ver.2.0の濃度マップ表示画面 |
(3) 解析に必要なデータの自動ダウンロード機能
ADMERでは、グリッド排出量の作成や暴露人口の推計を行う際、人口、土地利用、交通量などの各種統計データ、気象データをグリッド化して用いる。これらの主要なものは内蔵しているが、最新のデータをADMERのサイトから自動的にダウンロードしアップデートする機能を搭載した。
(4) 市区町村別の平均濃度を自動的に計算する機能
ADMERでは、排出量や濃度はグリッド単位で管理されている。自治体などでの使用において、当該自治体における平均的な値が知りたいという要望に応えるため、グリッド単位の値を集計し、排出量や濃度の市区町村平均値を自動的に計算する機能を搭載した。
今後は、ワークショップ等を通じて、普及を図る予定である。ADMER Ver.2.0に関する最初のワークショップを、平成19年1月22日に東京ビッグサイトにて開催する。定員は100名、参加費は無料。【URL「http://www.safe.nite.go.jp/risk/entry.html」で参加申し込みを受付中】
今回のバージョンアップにより、モデルを用いた暴露とリスクの評価が、国から地方自治体レベルにまで普及し、合理的なモニタリング計画や比較的小さな地域スケールでの化学物質管理が進展することが期待される。