独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)ナノテクノロジー研究部門【研究部門長 南 信次】ナノ構造制御マテリアルグループ 宮内 雅浩 主任研究員とZHAO Zhigang 産総研特別研究員は、簡便な水熱法で酸化タングステンのナノチューブを合成することに成功した。開発したナノチューブは、酸化タングステンの微結晶の集合体からなり、壁の部分にナノメートルオーダーの細孔が存在するナノポーラス構造を持つ。ナノポーラス構造を持つため比表面積が大きく、それによって高い光触媒活性を示す。
この酸化タングステンナノチューブに助触媒として白金を用いて、可視光を照射して気相アセトアルデヒドを分解したところ、従来の窒素ドープ型酸化チタンよりも8倍、白金助触媒を使用した従来の粒子状酸化タングステンよりも3倍以上の高い可視光での光触媒活性を示した。
水熱法で合成できるため低コストで大量合成が可能であり、紫外線の少ない室内環境でも有害な揮発性有機化合物(VOC)等を分解・浄化できる「安全、健康住宅部材」への実用化が期待される。
本成果は、ドイツのWILEY-VCH社発行の学術誌、Angewandte Chemie-International Edition誌(アンゲバンデ・ケミ誌)に掲載される予定。
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酸化タングステンナノチューブの走査型電子顕微鏡写真
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光触媒は光を当てることにより有害物質を分解したり抗菌機能を示したりする。また、外壁材にコーティングすると、汚れがつきにくくなる自己浄化作用を発揮する。代表的な光触媒として酸化チタンが知られているが、酸化チタンは紫外線でしか光触媒機能を発揮しないため、室内などの紫外線の少ない環境での効果は不十分であった。室内の有害なVOCの分解・浄化のようなシックハウス対策への応用など、室内で使うために可視光で働く光触媒が望まれている。近年になって窒素ドープ型酸化チタン等の可視光で機能する光触媒が報告されているが、その性能は不十分であった。一方、最近になって、単純酸化物である酸化タングステン(WO3)の表面に白金やパラジウムの金属粒子や銅化合物等の助触媒を用いると可視光で高い活性を示すことが明らかとなってきた。しかしながら、市販の酸化タングステン粒子はサイズが大きく、比表面積が小さくなるため、必ずしも光触媒のベースとなる材料としては適切ではなかった。また、現状では酸化タングステンのナノ粒子の合成例は乏しく、酸化タングステン系光触媒のさらなる高活性化のため、ナノ構造を制御した酸化タングステン粒子の開発が望まれていた。
これまで産総研エネルギー技術研究部門では、酸化タングステン光触媒にパラジウムや銅化合物微粒子を助触媒として混練するだけで、飛躍的に活性が向上することを見出している(プレス発表2008年7月9日)。一方で産総研ナノテクノロジー研究部門では、特にベースとなる酸化タングステンの粒子自体に着目し、ナノ構造を制御することによる高活性光触媒の創製を目標として開発をおこなってきた。
なお、本開発は独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「循環社会構築型光触媒産業創成プロジェクト」の中で東京大学と共同実施をおこなって得られた成果である。
合成した酸化タングステンナノチューブの走査型電子顕微鏡写真を図1に示す。ナノチューブは100nm以下の微結晶の集合体からなり、ナノチューブの壁の部分に大きさが数10nmの多数の細孔が存在し、高い比表面積をもつナノポーラス構造であった。このナノチューブの大きさは、外径が300~1000 nm、長さが2~20µmである。合成方法は極めて簡便で、密閉容器内で出発原料と溶媒を加熱する水熱法によって収率良く合成することができる。本研究では、水熱反応溶液の中に尿素を導入することでナノチューブの形成が可能になることを見出したことにより、高収率の合成プロセスが開発できた。今回用いた水熱法では、高価な鋳型剤が不要であるため、低コストで、大量合成が可能な製造プロセスとなり得る。
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図1 酸化タングステンナノチューブの走査型電子顕微鏡写真
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得られた酸化タングステンナノチューブの表面に助触媒として白金微粒子を担持し、気相アセトアルデヒドの分解試験をおこなった。波長400nm以上の可視光の照射によってアセトアルデヒドの濃度が減少するとともに、分解生成物である二酸化炭素が発生し、可視光による光触媒活性を示した。図2に可視光の照射による二酸化炭素の発生速度を示す。今回開発した酸化タングステンナノチューブ(図2(4))は、従来の窒素ドープ型酸化チタン(図2(2))と比較して約8倍高い活性を示した。また、市販の粒子状の酸化タングステンに同様に白金を担持したサンプル(図2(3))と比較しても、白金を担持した酸化タングステンナノチューブは3倍以上高い可視光による触媒活性を示した。
また、今回開発した酸化タングステンナノチューブは、可視光の照射でアセトアルデヒドを二酸化炭素に完全分解できることも確認した。
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図2 可視光を照射した場合のアセトアルデヒド分解試験結果
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酸化タングステンナノチューブの高い可視光活性の要因は、大きな比表面積を持つナノポーラス構造によるところが大きい。今後は、ナノチューブの内壁、外壁に選択的に助触媒を担持することで、さらなる高活性化をめざす。また、コーティング部材への応用を考えた薄膜化プロセス等を開発していく。