発表・掲載日:2008/07/09

室内照明で働く可視光応答性酸化タングステン光触媒の開発

-可視光で様々な揮発性有機化合物を完全に酸化分解-

ポイント

  • 難分解性の揮発性有機化合物でも完全酸化分解できる酸化タングステン(WO3)光触媒を開発。
  • パラジウムまたは銅化合物微粒子を助触媒として混練するだけで飛躍的に活性が向上。
  • 室内の蛍光灯照明で酸化チタン系光触媒の7倍以上の強力な酸化分解活性。


概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)エネルギー技術研究部門【研究部門長 長谷川 裕夫】太陽光エネルギー変換グループ 杉原 秀樹 研究グループ長、佐山 和弘 主任研究員、荒井 健男 産総研特別研究員らは、屋内や車内などの紫外線の少ない可視光や蛍光灯照明条件でも様々な揮発性有機化合物(VOC)完全酸化分解するのに十分な活性の可視光応答性の酸化タングステン(WO3光触媒を開発した。完全酸化分解とは有機物を完全に酸化して二酸化炭素(CO2)と水とに分解して無害化することである。VOCとしてはホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、ギ酸、酢酸などのほか、難分解性の物質として知られるトルエンなどの芳香族化合物の完全酸化分解にも成功した。

 この光触媒は、WO3半導体光触媒に、パラジウム(Pd)および銅(Cu)化合物という優れた助触媒を開発、添加したことにより実現した。助触媒微粒子粉末をWO3粉末と単に混練するだけで活性が飛躍的に向上する。可視光照明によるアセトアルデヒドの分解について比較すると、光触媒として最も代表的な酸化チタン(TiO2)系光触媒と比べて、Pd助触媒を添加したWO3系光触媒は7倍以上の大きな酸化分解活性を示した。

 紫外線の少ない屋内や車内などで、塗料や接着剤、建材から放出される有機溶媒やシックハウス原因物質の分解や悪臭物質の分解、空気清浄機への応用など様々な利用が期待できる。

 本技術の詳細は、平成20年7月16日に東京大学(駒場)で開催される第8回光触媒研究討論会で発表される。
ガラス基板に塗布した酸化タングステン光触媒の写真

写真:ガラス基板に塗布した酸化タングステン光触媒



開発の社会的背景

 現在、TiO2を用いた光触媒が様々な分野で実用化されている。例えば、有害物質を分解する機能を生かした空気清浄機やエアコン、ブラインド、壁紙、また防汚機能を持つ外壁材や窓ガラス、防曇機能を持つ自動車ドアミラー、抗菌機能を持つ病院用タイル、超親水性を利用した外壁冷却技術などに応用が広がっている。しかし、TiO2は紫外線しか吸収・利用できないという欠点がある。

 太陽光にはわずか3%(エネルギー換算)しか紫外線は含まれておらず、また、蛍光灯や白熱電球の光には紫外線は、わずかしか含まれていない。最近の住宅の窓ガラス(防犯ガラスやエコガラス)や車のフロントガラスも紫外線を大部分カットする。そのため、紫外線の少ない屋内や車内環境でも可視光によって効率的に働く光触媒が開発され、シックハウス症候群や化学物質過敏症の原因有機物質や各種VOC、悪臭物質を分解除去できるようになることが望まれている。

研究の経緯

 これまで、産総研では、水を光で分解して水素を製造する可視光応答性光触媒の開発を行ってきており、可視光で水を水素と酸素に完全分解する光触媒システムを世界で初めて開発した実績を持つ(プレス発表 2001年12月6日)。このシステムでも白金担持WO3半導体光触媒を用いたように、水分解にはWO3半導体は利用されてきたが、有害物分解にWO3を用いた例は非常に少ない。それは、WO3単独ではわずかな活性しか無く、完全酸化分解できなかったためである。しかし、WO3には波長460nmまでの可視光を吸収できるなど多くの長所があり、この長所を生かせば有害物の実用レベルの完全酸化分解が達成できると考えて研究を進めてきた。

 なお、本研究は独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「循環社会構築型光触媒産業創成プロジェクト」(平成19年度開始)の中で東京大学と共同実施した成果である。

研究の内容

 WO3粉末に様々な助触媒を添加(担持)した光触媒の完全酸化活性を調べたところ白金(Pt)、パラジウム(Pd)、銅(Cu)の化合物だけが、有機物の酸化分解の活性を向上させた。Ptは非常に高価であるため、実用化を考えて、より安価なPdとCuの助触媒について検討した。図1は今回開発したWO3系光触媒粉末であるが、助触媒であるPdまたは酸化銅(CuO)微粒子粉末を乳鉢でWO3粉末と混練するという簡単な方法で作製できる。

Pd-WO3光触媒粉末の写真
図1: (a) Pd-WO3光触媒粉末
CuO-WO3光触媒粉末の写真
(b)CuO-WO3光触媒粉末

 図2は各種光触媒に可視光を照射してアセトアルデヒドを分解したときの完全酸化によって発生するCO2量の変化を示している。なおアセトアルデヒドは光触媒活性の比較に用いられる代表的なVOCである。TiO2(標準的な市販品)は可視光だけではほとんど活性を示さなかった。それ以外の触媒では、可視光により気相のアセトアルデヒドは見かけ上ゼロになったが、助触媒を添加しないWO3や可視光応答型TiO2(vis-TiO2)では、CO2の発生量の変化の結果から完全酸化が難しいことがわかった。これは酸化反応過程の中間体である酢酸やギ酸、ホルムアルデヒドの段階で止まってしまいそれ以上の分解が進みにくいためで、WO3上の酢酸やギ酸、ホルムアルデヒドの蓄積も確認された。中間体が蓄積すれば、活性の低下や触媒の劣化だけではなく、中間体による汚染拡大の可能性もある。分解される有機物の減少だけではなく発生したCO2増加量から完全酸化分解(=完全無害化)できるかどうかで触媒の性能を評価すべきである。

 TiO2系光触媒の活性は反応の後半で大きく低下したが、これは反応中間体が蓄積して触媒の働きを阻害しているためと考えられる。一方、Pdを助触媒としたWO3光触媒(Pd-WO3)は高い活性を維持し、速やかに全てのアセトアルデヒドの完全酸化分解に至った。反応が半分進んだ時点で比較するとCO2発生速度としてPd-WO3はvis-TiO2よりも約7倍活性が高い。反応後半では更に活性の差は大きくなった。また、Pdより更に安価なCuOを助触媒としたWO3光触媒(CuO-WO3)の場合はPd-WO3よりは活性が低いが、反応が半分進んだ時点でのCO2発生速度から評価するとvis-TiO2よりも約3倍活性が高かった。
アセトアルデヒド分解によるCO2発生量の変化の図

図2:アセトアルデヒド分解によるCO2発生量の変化

紫外線をカットした疑似太陽光を照射した。
アセトアルデヒド(導入量:約1.6μmol)が完全酸化すると約3.2μmolのCO2が発生する。
TiO2:市販の紫外線応答型TiO2光触媒、vis-TiO2:企業サンプル品の可視光応答型TiO2


 次に、代表的な反応中間体の一つである酢酸の酸化分解を比較した(図3)。アセトアルデヒドの分解と同様にPd-WO3光触媒の活性はvis-TiO2よりも飛躍的に高く、速やかに完全酸化分解に至った。また、別な反応中間体であり、シックハウス症候群の原因物質であるホルムアルデヒドについても、Pd-WO3およびCuO-WO3光触媒により、ほぼ完全に酸化分解できた。

酢酸分解によるCO2発生量の変化の図

図3:酢酸分解によるCO2発生量の変化

紫外線をカットした疑似太陽光を照射した。
酢酸(導入量:約2μmol)が完全酸化すると約4μmolのCO2が発生する。

 実際に近い使用条件である低濃度での流通実験についても触媒の活性の評価を行った(表1)。この実験では、照明器具のフードに光触媒膜を取り付けることを想定して、アクリル付き蛍光灯を光源に用いた。助触媒を添加しないWO3やvis-TiO2は完全酸化率が100%より小さく、完全酸化できずに中間体が多量に蓄積または放散している。アセトアルデヒドの除去率も100%より小さく、アセトアルデヒドの多くが触媒上で反応できずに流通系を抜けることがわかる。一方、Pd-WO3を用いると完全酸化率が100%で、かつ除去率が100%となり、流入したアセトアルデヒドが全てCO2へ完全酸化分解できたとわかる。つまり、流通実験においてもPd-WO3はvis-TiO2より高性能であった。また、CuO-WO3でも、蛍光灯照射、低濃度(2ppm)条件で、流通系での完全酸化率及び除去率がほぼ100%であった。

表1:流通反応系でのアセトアルデヒド分解の結果

流通反応系でのアセトアルデヒド分解の結果の表

測定条件:蛍光灯照射(アクリル窓板付き。3000Lux)。アセトアルデヒド濃度:5ppm。
流速:50ml/min。触媒面積:59cm2
*1 流通ガスのアセトアルデヒド濃度・流速ならびにアセトアルデヒド除去率から計算したアセトアルデヒド換算の除去速度
*2 除去されたアセトアルデヒド濃度に対して、生成した二酸化炭素濃度の炭素比率を百分率で表示
*3 完全に酸化されたアセトアルデヒドの濃度から求めた完全酸化速度(アセトアルデヒド換算)

 非常に難分解性であり、代表的な芳香族系VOCであるトルエンをPd-WO3により酸化分解した結果を図4に示す。トルエンは塗料や接着剤の希釈剤として使用されるVOCである。助触媒を添加しないWO3では活性は低く、反応途中でCO2発生量が低下した。反応中間体が触媒表面に蓄積して光触媒の活性が低下したためである。一方、Pd助触媒を担持する(Pd-WO3)と活性は大きく向上し、CO2の発生量から、完全酸化分解ができたと考えられる。また、反応を繰り返し光触媒活性の劣化がほとんどないことも確認した。

トルエン分解反応によるCO2発生量の変化の図

図4:トルエン分解反応によるCO2発生量の変化。

紫外線をカットの疑似太陽光を照射した。 前処理有り。
2回繰り返して安定性を確認している。
トルエン(導入量:約0.03μmol)が完全酸化すると7倍のCO2が発生する。

 以上のように、適切な助触媒を担持したWO3可視光応答性光触媒によりTiO2系光触媒以上の効率で多くの有害有機物質の完全酸化分解(完全無害化)ができた。WO3は安定性が高く、元素としての有害性もない。さらに混練法を用いる作製法は簡単で大量合成し易い。実用レベルに近い特性を持つ半導体光触媒であるといえる。

今後の予定

 実用化のための課題は、(1)触媒の低コスト化技術、および(2)活性を低下させずに製品に実用強度で成膜する技術の確立である。(1)のコストに関しては、TiO2より触媒原料コストが高いので、初期は付加価値の高い用途の実用化を目指す。例えば、照明器具フードや高性能空気清浄機、自動車車内利用、などである。光を効率的に吸収し触媒使用量を少なくする光閉じ込め技術などの検討をすすめる。Pd助触媒は、銅化合物より高価であるため、助触媒量を更に少なくする検討を進めている。Pd-WO3は高性能空気清浄機フィルターや塗装工場の浄化、安価で抗菌効果も期待できるCuO-WO3は病院用タイルや一般家庭用の照明器具フードや壁紙、ブラインド、などそれぞれに適した応用が考えられる。(2)の成膜技術に関しては、研究グループの持つ薄膜作成技術を生かし、長期信頼性向上も含めて研究を進めていく。



用語の説明

◆揮発性有機化合物(VOC)
VOC(Volatile Organic Compounds)とも呼ばれ、常温常圧で空気中に容易に揮発する有機化合物の総称。WHO の区分では沸点が50~260℃の有機化合物を示す。ホルムアルデヒドは住宅等の室内空気汚染(シックハウス症候群)の原因物質として知られており、発生源としては合板、壁紙用接着剤、家具などがある。アセトアルデヒドは実験評価が難しいホルムアルデヒドの代用として光触媒活性を比較する際に使用される最も代表的なVOCであり、またタバコなどの悪臭物質として知られている。一般にアセトアルデヒド分解の方がホルムアルデヒド分解より難しい。トルエンは接着剤や塗料の溶剤及び希釈剤として使用され、内装材等の施工用接着剤・塗料から放散される可能性がある。[参照元へ戻る]
◆完全酸化分解
有機物は酸化されると最終的にはもっとも安定なCO2になるが、酸化力が不十分だと、酸化途中の物質が中間体として生成・蓄積することがある。中間体としてはギ酸や酢酸等がある。また、二酸化チタン光触媒によるトルエン分解の場合は中間体が重合して有色の準安定中間体が蓄積し、触媒が褐色になりやすい。準安定中間体が大量に蓄積すると、触媒の劣化につながる。完全酸化分解ではない場合は、反応する有機物の炭素数総量と生成したCO2の炭素数総量が一致しない。[参照元へ戻る]
◆可視光応答性
可視光は400nm(380nm)から800nmまでの波長領域の光である。代表的な光触媒である二酸化チタンはちょうど可視光領域の短波長側より短い波長の光を利用する紫外光応答性光触媒であるので、一般には二酸化チタンの吸収より長い波長の光を利用できる光触媒が可視光応答性光触媒とされる。 [参照元へ戻る]
◆光触媒
光触媒は光吸収により励起され、酸化反応および還元反応を引き起こす触媒物質である。不均一系の半導体光触媒や均一系の色素光触媒などがあるが、本発表は前者。半導体触媒は伝導帯と価電子帯が禁制帯で隔てられたバンド構造を持つ。バンドギャップ以上のエネルギーを持つ光により、価電子帯の電子が伝導帯に励起され、伝導帯に電子が、価電子帯にその抜け殻の正孔が生成する。伝導帯に励起された電子は価電子帯の電子よりも還元力が非常に強く、暗時では起こらない還元反応を起こすことができる。同様に、正孔も強力な酸化反応を起こす。有機物分解の場合、正孔により有機物が酸化されて、最終的にCO2に完全酸化される。一方、伝導帯に励起された電子は酸素を還元し、最終的に水が生成する。[参照元へ戻る]
◆助触媒
半導体粉末上に担持したり、反応系に添加することで活性を発現させたり向上させる物質。担持助触媒としては金属や酸化物、非酸化物等がある。助触媒の役割は、活性部位として働いたり、電荷の蓄積により多電子反応を促進したり、電荷分離を促進するなど様々である。本発表のWO3に対しては、PdやPt等の金属およびCuO等の銅化合物の助触媒は酸素の還元を促進する働きをしていると考えられる。銅化合物としてはCuBi2O4などの複合酸化物も有効であることを確認している。[参照元へ戻る]

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