独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)界面ナノアーキテクトニクス研究センター【研究センター長 清水 敏美】高軸比ナノ構造組織化チーム 浅川 真澄 主任研究員は、分子が自己集合して形成する有機ナノチューブ(オーガニックナノチューブAIST®以下「ONT-AIST」という)に蛍光分子を取り込ませることで、蛍光を発光するナノチューブ(以下「発光性ONT-AIST」という)を開発した(図1)。
今回開発した発光性ONT-AISTは、両親媒性分子が溶液中で自己集合する過程に蛍光分子を加えることにより、発光する有機ナノチューブを得たもので、ナノチューブの管壁中に蛍光分子が安定に埋め込まれている構造である。蛍光分子を加えても有機ナノチューブの中空構造は空のまま保持されており、その中に薬剤などを内部に取り込む(包接)能力は失われていない。
この発光性ONT-AISTを利用することで、これまで困難であったONT-AISTの生体内での観察が容易になり、ONT-AISTによる薬剤の運搬状況の解析への応用が期待される。
本研究成果の一部は、9月19日~21日にパシフィコ横浜で開催されるバイオジャパン2007(Bio Japan 2007)で展示公開される。
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図1 左から無発光、赤色、橙色、黄色、青色に発光する有機ナノチューブの写真 |
ONT-AISTとは、ブドウ糖とオリーブオイルに豊富に含まれるオレイン酸を原料に合成された両親媒性分子が、自己集合によりチューブ状構造を形成している材料であり、その優れた水中への分散性とタンパク質や核酸を内部に取り込む(包接)能力から、医療、健康、食品分野など幅広い応用展開が期待されている(図2)。
一方、癌の化学療法に用いられている制癌剤は、正常細胞に対しても毒性を持っているため、制癌剤で癌細胞を死滅させようとすると、薬物の副作用が生じてしまう。この問題を解決するために、癌細胞にだけ薬物を運ぶシステム(DDS)が精力的に研究されている。ONT-AISTは、両端が開いたチューブ構造体であり、その両端から薬剤を徐々に放出できる新しいDDS材料としての応用が期待されている。しかし、その性能評価のためには、ONT-AISTによる薬剤包接・運搬の状況を細胞などの生体内で観察することが必要であるが、生体内でONT-AISTを観察することは困難であるため、応用にまでいたらなかった。
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図2 両親媒性分子の自己集合により大量合成可能なONT-AIST |
産総研界面ナノアーキテクトニクス研究センターでは、過去10年にわたって有機ナノチューブ形成用両親媒性分子の設計、合成、自己集合化の研究開発を推進しており、2006年にはONT-AISTの大量合成技術を開発し、現在はその用途開発を展開している。
一方、リポソームを用いたDDSに関する研究が、盛んに行われ、生体内のリポソームを観察するため、リポソームのリン脂質に蛍光分子を化学的に結合させる(蛍光標識)か、高価な蛍光標識剤を使用することが行われている。発光性リポソームの色を変えるには、蛍光分子を変えた蛍光標識がその都度必要であり、時間と手間とコストがかかる。
そこで今回産総研では、ONT-AISTの包接、運搬能力を失わずに、生体内でのONT-AISTの観察を容易にするため、光るナノチューブの簡便な製造方法の開発を目指した。
なお、この研究は、独立行政法人 科学技術振興機構の委託研究【戦略的創造研究推進事業発展研究(SORST)プロジェクト、平成17~20年度】の一環として実施された。
今回、ONT-AISTに蛍光を発光させるために、一般的な蛍光分子を使用した。産総研で開発したONT-AISTの大量合成法の工程で、両親媒性分子が有機溶液中で自己集合する際に、蛍光分子を加えておくと、蛍光分子が取り込まれて、発光するONT-AISTが得られることを見出した(図3)。
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図3 発光性ONT-AISTの製造工程 |
具体的には、まず両親媒性分子の粉体と蛍光分子の粉体をビーカーに所定量入れる(1)。それぞれの分子を溶解できる量の有機溶媒を加え、加熱しながら撹拌して完全に分子を溶かす(2)。2で得た溶液を室温で一晩放置すると、両親媒性分子が自己集合化する過程で、自然に蛍光分子が両親媒性分子の間に埋め込まれる(図4)。それによって、蛍光分子を取り込んだONT-AISTができて、溶液から析出してくる(3)。析出したONT-AISTをろ過し、乾燥すると発光性ONT-AISTの粉末を得ることが出来る(4)。
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図4 発光性ONT-AISTの構造模式図 |
発光性ONT-AISTを走査電子顕微鏡で観察した結果、蛍光分子は、発光性ONT-AISTの管壁の膜中に安定に埋め込まれた構造であり、中空構造は空のまま保持されている。そのため、ONT-AISTの中空構造内部に薬剤などを包接する能力は失われていないことが判った(図5)。
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図5 左からピレンを膜内に埋めこんだ発光性ONT-AISTの粉末写真、蛍光顕微鏡像、走査電子顕微鏡像である。 |
また、ONT-AISTの製造工程に一般的な蛍光分子を加えるだけという簡単な操作で発光性ONT-AISTを合成できることから、発光色を変えることも容易であり、短時間、低コストで多彩な発光性ONT-AISTを作製できる。今回、4色の発光性ONT-AISTを試作したが、使用した蛍光分子は、赤色がローダミンB、橙色がローダミン6G、黄色がフルオレセイン、青色がピレンであり、それぞれ安価で手に入りやすい蛍光分子である(図6)。
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図6 左からローダミンB(赤)、ローダミン6G(橙)、フルオレセイン(黄)、ピレン(青)を埋め込んで製造した発光性ONT-AISTの蛍光発光 |
発光性ONT-AISTを投与した細胞などの生体内での観察を実施することにより、ONT-AISTの生体内での安定性や生体内での挙動など、貴重な情報が得られると期待している。
また、薬剤を包接した発光性ONT-AISTの生体内での輸送挙動に関しても観察できるようになることから、DDSに関する研究をライフサイエンス系の研究グループと共同で進めていく予定である(図7)。
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図7 発光性ONT-AISTを利用した薬剤包接、放出挙動の模式図 |
なお、現在、ONT-AISTについては、迅速な技術移転を目指して企業へのサンプル提供を実施中である。今後は、産総研との共同研究に基づいたONT-AIST事業化を目指すことを希望する企業を広く求めていく予定である。