独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という) 界面ナノアーキテクトニクス研究センター 清水 敏美 センター長および高軸比ナノ構造組織化研究チームは、水に溶けやすい部分と油に溶けやすい部分を併せ持つ両親媒性分子を新たに設計、合成し、有機溶媒中で自己集合させることで、内径が40~200nm(ナノメートル:ナノは10億分の1)、外径が70~500nm、長さが数µm(マイクロメートル)の形状を持つ種々の有機ナノチューブを合成する技術を開発した。この方法では従来法と比較して溶媒の使用量が1,000分の1以下と少なく、有機ナノチューブを大量に製造可能である(図1)。
有機ナノチューブは、カーボンナノチューブとは異なり、水中への分散性が優れており、また、タンパク質や核酸などの10nm以上の大きさのゲスト物質を内部に取り込む(包接する)ことができる。現在、包接用物質として事業化されているシクロデキストリンでは包接不可能な大きさの機能性物質でも内部に取り込むことができることから、医療、健康、ナノバイオ分野など幅広い応用展開が期待できる。
本研究成果は、7月25日~27日にパシフィコ横浜で開催されるオルガテクノ2006で展示公開される。
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図1 (左)有機ナノチューブ(平均外径 = 80nm、平均内径 = 60nm)から構成される白色固体粉末(重量は約100グラム)と(右)その走査電子顕微鏡写真 |
炭素原子から構成されるカーボンナノチューブに関する研究がその用途開発、実用化、量産化の観点から精力的に推進されているが、外径が10~数十nmの多層カーボンナノチューブと同様なサイズをもつ有機ナノチューブがある。石鹸分子のように1つの分子中に水に溶けやすい部分(親水部)と油に溶けやすい部分(疎水部)を併せ持った両親媒性分子が水中で自発的に集まって(自己集合とよぶ)ナノチューブ構造を形成するもので、リン脂質、糖脂質、ペプチド脂質など、ある限られた両親媒性分子だけがナノチューブ形態に自己集合することがわかってきた。有機ナノチューブのサイズは用いる分子によってサイズが異なるが、一般的には内径が10~200nm、外径が40~1000nm、長さが数~数百µmである。分子はその親水部を外側に向けた二分子膜構造を形成し、円筒層状に重なった膜構造をしている(図2)。数百万個以上もの分子が化学結合ではなく、分子間力だけで寄り集まって整然と配列し、安定なチューブ状構造をしているのが大きな特徴である。
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図2 有機ナノチューブの代表的な分子充填模式図。オタマジャクシ型をした両親媒性分子の頭部が親水部、尾部が疎水部を示す。 |
有機ナノチューブの合成技術としては、水中での自己集合法があったが、重量にしてナノチューブの1,000から10,000倍もの大量の水を必要とする欠点があった。さらに、分子を最終的にチューブ状集合体へと形態変化させるには多くのステップと長時間が必要である(図3)。このため、実験室レベルではナノチューブ1グラム以上の量産化は困難とされてきた。
産総研では、過去10年にわたってナノチューブ形成用両親媒性分子の設計、合成、自己集合化の研究開発を推進してきているが、今回、有機ナノチューブの量産化に成功した。この研究は、独立行政法人 科学技術振興機構(以下「JST」という)と産総研の共同研究【戦略的創造研究推進事業(CREST)プロジェクト、平成12~17年度】およびJSTの委託研究【戦略的創造研究推進事業発展研究(SORST)プロジェクト、平成17~19年度】の一環として実施された。
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図3 水中で両親媒性分子が球状集合体、コイル状集合体を経て、最終的にナノチューブ形態に変化する形成メカニズム |
今回、ナノチューブ形成用に、食品として用いることのできる糖やペプチドといった低コストで安全な原材料を親水部および疎水部に用いてN-グリコシド型糖脂質、あるいはペプチド脂質を分子設計、合成した。さらに、水溶媒を用いる代わりに、食用にも使われるエタノールなどの安全な有機溶媒中で自己集合させて中空繊維状の有機ナノチューブを合成することに成功した。
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図4 有機溶媒中での両親媒性分子の自己集合メカニズムを示した推定図(図面協力:産総研ナノテクノロジー研究部門) |
溶媒を室温放置あるいは濃縮するという簡便な操作で、しかも、ナノチューブの材料をよく溶かす有機溶媒を使用したために、従来の1,000~10,000分の1という少ない溶媒使用量で有機ナノチューブの固体粉末が大量(1キログラム以上)に製造できた。分子が水中でのナノチューブ形成のような多段階のステップを経ずに、たった一段階でナノチューブ構造に集合したために非常に短時間で、しかも大量に得られたと考えられる(図4)。透過電子顕微鏡および走査電子顕微鏡により、白色固体粉末は内径が40~200nm、外径が70~500nm、長さが数µmの有機ナノチューブからなることを確認した(図5)。
今回の有機溶媒を使用する技術により、1キログラム以上の有機ナノチューブを10リットル程度の有機溶媒で作成できたが(従来法では水が20,000リットル必要)、それだけではなく、機能性物質を取り込む(包接する)ことができるナノチューブを製造するためには、従来は数日間以上の真空乾燥が必要であったが、有機溶媒を使用することで、乾燥が容易になり、数時間で完了できる。
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図5 白色固体粉末を構成する有機ナノチューブの走査電子顕微鏡写真(透過モード) |
この有機ナノチューブはカーボンナノチューブとは特性もサイズも機能も異なるナノチューブ構造体であり、今後の応用、開発研究、実用化研究が日本発の研究として加速化されると考えられる。そこで現在、オーガニックナノチューブAISTと命名し、登録商標を申請中である。
ブドウ糖分子が環状に6~8個つながって構成されるシクロデキストリンと呼ばれる環状分子が食品分野、メディカル応用、家庭用品など様々な分野で広く利用されている。その中空内孔に様々な有機低分子を取り込む(包接する)ことで、不安定な物質を安定化させたり、医薬や香料をゆっくりと放出したり、水に溶けにくい物質を溶解させたりする機能をもっている。一方、糖脂質が自己集合して形成する有機ナノチューブは水中によく分散するが、このナノチューブに、シクロデキストリンでは取り込むことができない大きな物質、例えば、タンパク質、核酸、ウイルス、金属ナノ粒子などをチューブ内部に取り込んで、水中に分散させることが可能である。例えば、30~60nmの内径をもつ有機ナノチューブを用いて、1~20 nm程度の大きさをもつ金ナノ粒子や直径12nmの球状タンパク質(フェリチン)を内部に取り込むことにも成功している(図6)。
現在、包接機能を応用したシクロデキストリン包接品が研究開発され、すでに事業化されているものも多いが、今回、開発した有機ナノチューブは、大量合成が可能であり、また、大きな分子の取り込みが可能であることから、新たな包接機能をもつ物質としての産業応用が期待される。
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図6 (左、中)内径が30~50nmの有機ナノチューブに2種類の大きさが異なる金ナノ粒子を内部に取り込んだ様子、(右)内径が60nmの有機ナノチューブに外径が12nmのフェリチンが取り込まれた状況を示す電子顕微鏡写真 |
吸着、包接、徐放効果のある新しい有機ナノチューブコンテナーや有機ナノチューブキャリヤーとして、(1)農業用(プリオン除去、徐放性肥料など)、(2)食品(脂肪排出、機能性ファイバーなど)、(3)健康(脱毛予防、アレルゲンフィルターなど)、(4)医療(標的ドラッグデリバリシステム、血液浄化、ウイルス捕捉、インシュリン投与、噴霧など)、(5)環境(金属微粒子除去など)、(6)その他、女性、高齢者用の健康食品添加用材料、といった各分野への応用を視野に入れて、有機ナノチューブの開発を進めていく。