独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)太陽光発電研究センター【研究センター長 近藤 道雄】化合物薄膜チーム 仁木 栄 研究チーム長、エレクトロニクス研究部門【研究部門長 和田 敏美】低温物理グループ 柴田 肇 主任研究員は、酸化亜鉛に数%~10数%のマグネシウムを混合することで、紫外線を高効率で発光する半導体材料を開発した。
今回の酸化亜鉛系半導体材料の発光性能は、分子線エピタキシャル法により高品質な単結晶薄膜を成長させることで実現できたものである。窒化ガリウム系化合物など従来の紫外線を発光する半導体材料は、いずれも発光波長が短くなるにつれて発光効率が減少する性質を持っていたが、今回開発した材料の特徴は、マグネシウム濃度を増すと発光波長が短くなるが、それにもかかわらず同時に発光効率が顕著に増大する点である。この材料により、紫外領域において高効率で発光する発光ダイオードや半導体レーザーあるいは高性能の白色照明用光源の実現が期待できる。
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酸化亜鉛にマグネシウムを混合した材料の絶対温度1.4度における発光スペクトルのマグネシウム濃度依存性 |
青色発光ダイオードに続くブレークスルーとして、紫外線発光ダイオードの実現が、産業界より強く望まれている。波長が短くなることで、光記録密度の向上や白色発光の蛍光体の励起など、様々な新機能が期待できるからである。しかしながら、青色発光ダイオードで実用化されている窒化ガリウム系材料をはじめ、従来の半導体は発光波長を短波長側に変化させるに従って発光効率が減少してしまうという一般的な性質を持っており、紫外線発光ダイオードの実現は決して容易ではなかった。酸化亜鉛は、紫外線発光半導体素子の材料の有力候補として、従来から注目され精力的に研究されてきている。
産総研はこれまでに、酸化亜鉛を半導体材料として利用した紫外線発光ダイオードや紫外線発光半導体レーザー、あるいは高性能なトランジスターをめざして、酸化亜鉛の高品質な薄膜単結晶成長技術の開発と、精密な基礎物性評価の研究に取り組んできた。特に、分子線エピタキシャル法による成長技術の開発と、フォトルミネッセンス法による発光特性評価に重点を置いて、高品質な薄膜単結晶の成長技術や、発光特性の評価技術に高いポテンシャルを持っている。
最近では、エピタキシャル成長した酸化亜鉛の単結晶薄膜の上に、マグネシウムを混合した酸化亜鉛の単結晶薄膜を更にエピタキシャル結晶成長する技術の開発にも着手し、発光特性の評価技術と融合させて研究開発を進めてきている。
酸化亜鉛にマグネシウムを混合した物質(以下「ZnMgO」という)は、マグネシウムの濃度が増大するに従って、その発光波長が短くなることが従来から知られていた。今回、明らかになったのは、従来の半導体とは逆に酸化亜鉛中のマグネシウムの濃度が増大すると発光効率が増大することである。これまで非常に作成が困難であったZnMgOの非常に高品質な薄膜結晶を作製できたので、これまで見過ごされて来たZnMgOの潜在能力が明らかになったといえる。作製した試料の断面構造の模式図を図1に示す。基板としてサファイア単結晶を用い、分子線エピタキシャル法によって、基板上に酸化マグネシウム、酸化亜鉛(ZnO)およびZnMgOの薄膜単結晶を、下から順番にエピタキシャル成長させた。なお、分子線エピタキシャル法とは、超高真空の容器中に基板を設置し、作製する結晶の原料元素を蒸気(分子線)にして基板に噴射して、薄膜単結晶を成長させる技術である。ZnMgOの原料として非常に高純度な亜鉛とマグネシウムを用い、酸素源としては酸素ラジカルを利用した。
得られた試料の中から、マグネシウムの濃度が異なる3種類の試料について、絶対温度1.4度の低温に冷却して紫外線レーザー光を照射し、試料からの発光(フォトルミネッセンス)のスペクトルを測定した結果を図2に示す。波長が335nm~365nmの領域に大きな幅広い発光バンドが観察されるが、これがZnMgOからの発光である。この発光バンドの発光強度(スペクトルが囲む面積)と、試料中マグネシウム濃度の関係を図3に示す。マグネシウム濃度が増大するに従って、ZnMgOからの発光強度が増大している。すなわち、マグネシウムを混合する事で、材料の発光効率が大幅に向上している事を示している。
図4に示した結果は、ZnMgOからの発光強度と、試料温度(絶対温度)の関係である。試料の発光強度は、試料温度が上昇するに従って次第に減少する事が見て取れる。一般に発光材料の発光率は、材料の温度が上昇するに従って、次第に減少することが知られている。ここで図4から分かる重要な事実は、試料温度が上昇するに従って発光強度が次第に減少するが、マグネシウム濃度が増大するに従って発光強度の減少の程度が小さくなる事である。発光素子を室温(絶対温度300度付近)で利用することを考えると、この結果は重要と考えられる。
図3の結果と図4の結果をもたらした原因は同一であると考えられる。例えば、窒化ガリウムの発光効率は試料中のインジウム濃度の不均一な分布によるものと考えられているが、ZnMgOについても同様に、試料中のマグネシウム濃度は場所によって一様ではなく、マグネシウム濃度の高い場所と低い場所が、混ざって存在しているため材料の発光効率が大幅に向上していると予想される。また、このような現象が起こる原因は、混合物の濃度の分布の不均一によって、発光の原因となる電子の存在が安定化されるためであると考えられる。
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図1 試料の断面構造の模式図 |
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図2 酸化亜鉛にマグネシウムを混合した材料の絶対温度1.4度における発光スペクトルのマグネシウム濃度依存性 |
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図3 絶対温度1.4度における発光強度のマグネシウム濃度依存性 |
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図4 さまざまなマグネシウム濃度の試料の、発光強度の温度依存性 |
一般的に発光素子の基本構造は発光する部分である活性層を、光や電子を閉じ込める障壁層で挟んだ形の3層構造である。これまで想定されて来た素子構造は、活性層にZnOを利用し、障壁層にZnMgOを利用する構造であった。しかし、ZnMgOの発光効率がZnOのそれを大きく凌駕する事が本研究によって発見されたため、今後はZnMgOを活性層に利用した素子を構成するという設計指針に従って、従来に無い高効率な紫外線発光半導体素子の開発に挑戦していく。