発表・掲載日:2007/02/13

高品質単層カーボンナノチューブ量産とサンプル配布を開始

-産総研発のナノテクノロジーの研究成果を社会に還元-

ポイント

  • 産総研のシーズ技術と日機装の応用技術が融合し、相乗効果により、量産プラント開発に成功。
  • 日機装により、高品質・高純度の単層カーボンナノチューブサンプルの配布を開始。
  • 最先端技術の社会還元を目指す産総研の産官連携推進の大きな成果。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)ナノカーボン研究センター【センター長 飯島 澄男】と日機装株式会社 【代表取締役社長 甲斐 敏彦】(以下「日機装」という)は、共同研究によってそれぞれの有する単層カーボンナノチューブ(SWCNT)合成に関する要素技術を融合させて、SWCNTの量産プラント開発に成功した。この量産プラントは2006年に産総研が開発したSWCNTの合成法である改良直噴熱分解合成法を基にして、日機装が独自の量産化技術を組み合わせることによって従来の約30倍のスケールアップを実現したもので、量産化によって高品質、高純度のSWCNTが安価に入手可能になる。日機装では2007年3月から量産SWCNTのサンプル配布を開始する予定であり、これを起爆剤にして産総研・日機装と電気・機械・機能素材メーカー等との新たな共同開発が連鎖的に立ち上がればSWCNTの産業応用開発のスピードを大幅に速めることができ、SWCNTを利用したナノテク技術や省エネ技術の開発に道を拓くと期待される。

 この成果の一部は2007年2月13日~15日に開催される第32回フラーレン・ナノチューブ総合シンポジウムで発表する。

日機装製の量産SWCNTの写真
図1 日機装製の量産SWCNT


研究の背景

SWCNTとMWCNTの図
図2 SWCNTとMWCNT

 カーボンナノチューブ(CNT)は、図2のように構造によって多層(MWCNT)と単層(SWCNT)の2種類に分かれ、その優れた物理特性から広い分野の応用が期待されており、ナノテクノロジーの最も有望なキーマテリアルのひとつとして多くの研究が世界的に行われてきた。これらのうちMWCNTに関しては、日機装は気相流動法の開発に成功し、量産化を行っている。しかしながら、SWCNTに関しては量産化が遅れており、品質のバラツキが多く見られたり、不純物が多く見られたり、多くの欠陥を持っていたりとさまざまな問題があり、このような状況が実用化研究の阻害要因であった。また、CNTは精製する際に多くの欠陥ができてしまうため、高純度高結晶性の再現性の高いCNTの提供が必要であると認識されてきた。特にSWCNTは半導体特性や光の過飽和吸収など光学特性において他材料にない特性を持つことから、応用研究に対する高純度のSWCNT提供が世界的に求められてきたが、これまで高品質のSWCNTの量産化がネックとなっていた。

研究の経緯

 産総研と日機装は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下「NEDO」という)の「ナノカーボン応用製品創製プロジェクト」(平成14年~平成18年)において、日機装の要素技術である気相流動法をベースにSWCNTの量産技術に取り組んできた。このNEDOプロジェクトの中で産総研は従来の気相流動法を進化させた改良直噴熱分解合成法を考案し、小規模の装置で精製が不要となるほどの高純度SWCNTができることを確認し、2006年の5月に発表した。また、日機装は同じくNEDOプロジェクトにおいて、自社の従来法によるSWCNTの量産を目指して大型反応炉を建設したが、本格的な量産化は実現することができず、今後の課題として残されていた。

 産総研と日機装は2006年6月から、上記の産総研が開発した改良直噴熱分解合成法について日機装の静岡製作所内の大型反応炉(図3)を用いてSWCNTの量産に関する共同研究を行い、この度、大型装置でも実験室規模と同様な高純度SWCNTが高効率で生産できることを確認した。

 本共同研究は産総研と民間企業との連携・共同研究開発によって、産総研発の最先端技術を社会に還元する方法を模索するためのモデルケースとしても重要である。

大型反応炉の概念図と写真
図3 大型反応炉

研究の内容

高品質SWNTのシートで作製した折り鶴の写真
図4 高品質SWNTのシートで作製した折り鶴
 このたび産総研と日機装は共同研究によって、産総研発のSWCNT合成技術である改良直噴熱分解合成法を基礎として日機装のプラント開発力やスケールアップ技術を組み合わせて、従来の約30倍のスケールアップを実現したSWCNT量産プラントを開発した。今後、量産化によって高純度、高品質のSWCNTが安価に入手可能になる。

量産SWCNTの特徴は以下の通り。

  • 高品質。ラマン分析によって得られる評価基準であるG/D比が200以上(従来品:100以下)であることから、アモルファスカーボンや欠陥も少なく、結晶性が高いことがわかる。
  • 高純度。従来の気相流動法では熱重量測定で不純物が20%程度であったものが、改良直噴熱分解合成法では5%以下となった。
  • 直径のバラツキが少ない。
  • 再現性が高い、など。

 従って本技術開発によって得られる量産SWCNTは、工業製品として重要な、品質が高く、再現性があり、バラツキが少ないという基本的な条件を満たす製法である事が確認された。さらに触媒やアモルファスカーボンも少なく、精製がほとんど不要であることも分かった。また原料の炭素源がSWCNTに変換される合成炭素収率は従来法(1%以下)を大きく上回る10%を超える収率となった。

熱重量分析結果の図
図5 熱重量分析結果

ラマン分析結果の図
図6 ラマン分析結果

今後の予定

 産総研並びに日機装は、今後さらにコストを引き下げるために、より高効率、高生産性の合成技術開発を目指し研究を続けるとともに、工業的な利用を促進するために、CNTが持つ表面の超疎水性を表面修飾することで他の材料と結合しやすい材料としたり、バンドル(束状)を解す界面制御の研究を進める。

 この成功を基に日機装は2007年3月より 高品質・高純度SWCNTのサンプル提供を開始する予定であり、用途開発や周辺技術開発を希望する多くの企業、研究機関と共同でSWCNT応用製品の開発を早めることが出来ると期待される。



用語の説明

◆カーボンナノチューブ
1991年に飯島澄男により英国科学誌「Nature」に発表された物質で、6つの炭素が蜂の巣のような六角形を構成した「グラフェン」と呼ばれる炭素のsp2結合状態のシートを丸めて筒状にした物質です。円筒状の壁が一重のものを単層カーボンナノチューブ(SWCNT:single walled carbon nanotube)と呼ばれ、グラフェンシートの巻き方により金属的な特性になったり、半導体的な特性になったりします。複数のグラフェンシートをバームクーヘンのように多重の円筒状物質になったものは多層カーボンナノチューブ(MWCNT:multi walled carbon nanotube)と呼ばれています。[参照元へ戻る]
◆改良直噴熱分解合成法
改良直噴熱分解合成法は気相流動法をさらに進化させた触媒/気体接触反応法の一種で、基板を用いない連続法によりCNTを合成する方法です。これまでCNT合成の世界で不可能であった不純物を限りなく少なくした、精製がほとんどいらない日本発の連続CNT合成技術です。[参照元へ戻る]
◆光の過飽和吸収
「過飽和吸収光学効果」は半導体のSWCNTが持つ特性の一つで、弱い光を吸収して、強い光を透過する現象です。つまり照射したパルス光の波形でみると、強度の低い部分は吸収によりさらに暗くなり、強度の高い部分は透過されます。これを共振器内で繰り返されますとパルス波形はよりシャープになります。
この用途は光通信や計測、医療分野に幅広く期待され、特に通信分野ではブロード回線の普及に伴い、大容量化するため、この技術を使った超短波パルス光が求められるといわれています。また、超高速光ネットワークでは伝送速度が電子回路の処理速度の限界を超えるようになるため、光スイッチなどの全光学的素子が必要となり、このSWCNTの素子は過飽和吸収効果の回復時間が1ps(ピコ秒)と高速であるため、この分野でも有望視されています。[参照元へ戻る]
◆気相流動法
1983年に日機装により開発された基板を用いない、触媒反応法です。三次元的な反応領域内の流れの中で触媒粒子と反応ガスを接触させることでCNTを成長させる方法で、唯一の連続生産法。[参照元へ戻る]
◆ラマン分光
物質に特定の波長の光を照射すると、レイリー散乱光と呼ばれる入射光と同じ波長の光と、また非常に弱いが、入射光の波長と異なる光が散乱され、この散乱光と入射光のエネルギー差は物質固有の振動状態のエネルギーに対応する。この弱い散乱光を分光計測する方法が発見者の名前からラマン分光の名前で呼ばれているものである。炭素の場合、ラマン分光はグラファイトの結晶性や電子構造などの状態を調べる方法として有効で、SWCNTの場合、大きく分けて以下に述べる3つの振動モードについて評価することが多い。第1に、約1590cm-1とその低波数側に観測される複数のピークによって構成される振動モードである。これは、グラファイトのラマン活性モードと同種の振動モードであると考えられ、グラファイトの頭文字をとってGバンドと呼ばれている。第2には1350cm-1付近にあらわれる振動モードで、欠陥由来のピークとしてDバンドと呼ばれている。欠陥由来であるため、結晶性の低いアモルファスカーボンやナノ粒子において強い強度で観測される。第3には、ラディアルブリージングモード(radial breathing mode: RBM)と呼ばれるナノチューブ固有の全対称モードで、ナノチューブ直径が伸縮する振動に対応する。この振動数は直径の逆数に比例するため直径の見積もりにしばしば用いられる。[参照元へ戻る]
◆熱重量測定
試料の温度をプログラムに従って変化させながら、その試料の質量を温度の関数として測定する評価手法。[参照元へ戻る]
◆G/D比
ナノチューブのラマン分光で観測されるナノチューブ固有のラマンバンドであるGバンドと、欠陥由来のDバンドの強度比をG/D比という。不純物であるアモルファスカーボンやナノ粒子を起源とする欠陥由来のDバンドとナノチューブ固有のGバンドの強度比であるため、ナノチューブの品質を表す客観性の高い指標としてしばしば用いられる。[参照元へ戻る]


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