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図1. 未精製高品質SWNTシート(シートの厚さ約9マイクロメートル)で作製した折り鶴 |
独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という) ナノカーボン研究センター【センター長 飯島 澄男】 斎藤 毅 研究員らは、ナノテクノロジーの中核素材として期待される単層カーボンナノチューブ(SWNT:single-walled carbon nanotube)の画期的な合成法を開発した。これは直噴熱分解合成法(DIPS法)というカーボンナノチューブの合成法を改良して、反応条件などの精密制御により、生成物の純度及び結晶性(グラファイト化度)の飛躍的な改善に成功したものである。従来技術と比較して、純度が50%から97.5%以上に向上し、構造欠陥は10分の1以下に低減した。この高品質SWNTを用いて、合成後の精製工程なしで、また表面改質やバインダー添加することなく、高強度繊維(SWNTワイヤー)の紡糸、細胞培養用途のメッシュ状SWNTシートの作製などにも成功した。
本研究成果は、5月12日に開催される独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のナノカーボン応用製品創製技術プロジェクトシンポジウムにおいて「単層カーボンナノチューブの合成触媒並びにプロセスの探索」のタイトルで発表される。
従来の単層ナノチューブ(SWNT)の量産技術では、不純物が多く品質面で工業材料としての要件を満たしておらず、ユーザー側で精製・改質等の後処理が必要であった。これは、例えて言えば、今までの単層ナノチューブは、鉱石をそのまま販売しているようなもので、用途開発を行うユーザー側で精製・改質等の処理を行わねばならず、多大の手間と時間を要していた。また精製等の過程で、SWNTの品質の劣化、バラつきが起こるなど、品質管理上の問題が生じ、産業応用を図る上で、大きな障害であった。
ナノカーボン研究センターでは、飯島澄男センター長の指導の下、このSWNTの合成と応用の研究開発を重点課題として注力してきたが、斎藤 毅 研究員らは、SWNTの直噴熱分解合成(DIPS)法による量産技術開発に精力的に取り組み、SWNT合成における反応場を精密に制御するための重要なポイントを発見し、それに基づいて従来のDIPS法を改良し、生成するSWNTの品質と触媒利用効率を大幅に改善した。
本研究は、NEDOの委託事業、ナノテクノロジープログラム「ナノカーボン応用製品創製技術プロジェクト(平成14~17年度)」の支援を得て実施された。
産総研では、SWNTの量産技術研究において、原料の分解温度等、反応場を精密に制御し、従来のDIPS法を改良した結果、純度97.5%以上で、且つ、構造欠陥量が従来の10分の1以下に低減された超高品質SWNTの量産技術開発に成功した【図2参照】。これは、従来の量産SWNTの品質(純度約50%)を大きく上回るもので、更に触媒利用効率も3900%と、量産性でも従来法の約100倍を達成した。
本合成技術は、SWNTのDIPS反応において反応場の制御が重要なポイントであることを明らかにし、前述のように量産SWNTにおける品質(純度、グラファイト化度)を大幅に改善するだけでなく、SWNTの直径を0.1nm(ナノメートル)単位で精密に制御することもできる画期的な合成技術であることから、近年盛んに検討されているナノマテリアルの標準化の動きが進むなかで、ナノマテリアルの中核であるSWNTの標準物質としての利用も期待できる。 更に、得られた超高品質SWNTの特徴として、ナノサイズの均一な構造をもつ極めて軽量なスポンジ状の形態をしており、この特性を生かすことによって従来SWNTの構造材料への応用において必須と考えられてきた表面改質やバインダーの使用を行うことなしで、未精製のままで高強度繊維(SWNTワイヤー)の紡糸【図3参照】、細胞培養用途のメッシュ状SWNTシートの作製などを行うことが可能であるという非常に優れた加工性を有する。
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図3. 表面改質なしで作製した高強度SWNTワイヤー
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上述のように、この高品質SWNT量産技術の開発は、単にSWNTの品質向上を達成しただけでなく、加工プロセスにおいてこれまでにない画期的な利点を有することから、今後のSWNTの産業応用において大きなブレークスルーをもたらすと期待され、これを機会に、特にナノテクノロジーを応用した複合材料などバルク材料開発においてさまざまな応用研究が加速されると期待される。本合成技術は、SWNT合成における品質並びに量産性において現時点での世界最高の技術であり、技術優位性は圧倒的に高いと考えられる。
本合成技術を用いて、医療、生物、化学、複合材料、ナノテクノロジー等のさまざまな分野【図4参照】での画期的な性能を持つ新製品の開発が期待される。