独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)ナノテクノロジー研究部門【部門長 横山 浩】自己組織エレクトロニクスグループ グループ長 片浦 弘道、柳 和宏 研究員は、産総研ナノカーボン研究センター【センター長 飯島 澄男】岡崎 俊也 主任研究員と共同で、各種ナノ炭素材料について、活性酸素の一種である一重項酸素の除去能を測定し、ナノ炭素材料のうち、高次フラーレンや金属内包フラーレンが一重項酸素を非常に高効率で除去することを発見した。
一重項酸素は活性が高いために、各種物質の光劣化に大きくかかわっており、また、生体内のDNAの損傷や皮膚の老化など、私達の身近な生活にも大きな影響を及ぼしている。そのため、一重項酸素の除去能を持つ物質は、光劣化の抑制や予防医療の観点から重要である。ナノ炭素材料は様々な応用が期待されているが、一重項酸素除去材料としての観点からは調べられていなかった。今回、ナノ炭素材料の 一重項酸素除去能を精密に測定し、検証を行ったところ、高次フラーレンC82及び金属内包フラーレンの除去能が非常に高く、自然界で最も除去能が高いと知られるカロテノイド色素類(ここではβカロテンと比較)と同等の一重項酸素除去能を持つことがわかった。フラーレンは大量合成が可能であり、高温処理が可能な点、真空蒸着等により薄膜化も可能である点等が優れている。
産総研では、抗光酸化剤や予防医療などへの応用をめざし、関連技術をもつ企業の参画を求めている。成果の詳細は、2月21日から23日に東京ビックサイトで開催されるNano Tech 2007で発表予定である。
活性酸素の一種として知られる一重項酸素とは、光照射によって生じる励起状態の酸素である。この励起状態の酸素は反応性が高く、各種物質を容易に酸化することから材料の光劣化の原因のひとつとなっている。また、生体にとっては、遺伝子(DNA)の損傷や、皮膚の老化の一因となるなど、私達の身近な生活にも大きく影響を及ぼしている。代表的なナノ炭素材料であるフラーレンC60(炭素60個からなるサッカーボール型のかご状分子)は、紫外線照射によって高効率で一重項酸素を発生することが知られている。これは、光によって励起されることによって生じたC60のエネルギー(励起三重項状態のエネルギー)が酸素に受け渡され、活性な一重項酸素に変化することによる(図1左)。しかしながら、フラーレンのサイズが大きくなると(かごの炭素数が多くなると)励起状態のエネルギーが小さくなっていく。そこで、サイズの大きな高次フラーレンでは、励起状態のエネルギーが酸素を一重項酸素に変えるエネルギーより小さくなり、一重項酸素を生成せず、逆に一重項酸素のエネルギーを奪って活性の低い通常の酸素に戻す可能性があった(図1右)。そこで系統的にかごを大きくした一連のフラーレン類について、その一重項酸素除去能を調べることとした。
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図1 フラーレンにおける一重項酸素の発生と除去のメカニズム
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フラーレンはC60が有名であるが、それ以外にも前述の高次フラーレンや、フラーレンのかごの内部に金属原子を閉じ込めた金属内包フラーレンも知られている。今回、かごの大きさの異なるフラーレンや金属内包フラーレン[ランタン(La)・セリウム(Ce)内包フラーレン:La@C82、Ce@C82]について、一重項酸素の除去能を系統的に測定した。さらに、先端がホーン(つの)状構造を持つカーボンナノホーンについても測定した。
試料の一重項酸素除去速度定数(kq+kr)は、加熱により一重項酸素を発生させる分子を用いて一重項酸素を発生させ、有機溶媒中における一重項酸素に由来する発光の強度を測定し、試料によるその発光強度の減少を見積もることで評価した(図2・表1参照)。この値が大きいと一重項酸素を通常の酸素に戻す能力が大きいことを示している。なお、自然界で最も高い一重項酸素の除去能をもつと知られるカロテノイド色素類(ここではβカロテン)のデータと比較してある。
フラーレンC60は紫外光照射によって一重項酸素を発生することが知られており、その励起三重項状態のエネルギーは一重項酸素のエネルギーより大きい。そのことを反映してC60、C70、C76分子では一重項酸素除去能が非常に小さく、測定感度以下であった。しかしながら、かごのサイズが大きなフラーレン(C82)では、逆に高効率で一重項酸素を除去できることがわかった。また金属内包フラーレンの除去能が高く、βカロテンと同等ないしそれ以上の除去能があった。除去能の高いフラーレンでは、励起状態(励起三重項・二重項状態)のエネルギーが一重項酸素のエネルギーより小さく、一重項酸素のエネルギーを奪い取って通常の酸素に戻すことが可能であるためと考えられる。
また、今回、カーボンナノホーンにも一重項酸素の除去能力があることが初めて明らかになった。ホーン先端付近のように大きな曲率のグラファイト構造は活性酸素と反応しやすいと予測され、カーボンナノホーンでの除去メカニズムはフラーレンとは異なり、一重項酸素がグラファイト構造と反応して除去されていると考えられる。
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図2 各種フラーレンの一重項酸素除去能(クロロベンゼン溶液中)
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表1 カーボンナノホーンの一重項酸素除去能。(重クロロホルム溶液中)
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紫外光による材料の劣化の原因のひとつ、光酸化の防止をターゲットとして抗光酸化剤への応用を目指す。ナノ炭素材料の安全性の検証が近年問題となっている。よって安全性をきちんと確認した上で、除去メカニズムから期待される長寿命の抗酸化剤としての可能性を追求する。将来的には材料分野だけではなく、バイオ、医療分野への展開も視野に入れていく。