発表・掲載日:2007/02/09

ナノ炭素材料に自然界最高レベルの活性酸素除去能を発見

-光劣化防止剤への応用や予防医療に期待-

ポイント

  • 高次フラーレン・金属内包フラーレンが活性酸素の一種である「一重項酸素」を高効率で除去できることを初めて発見。
  • 各種物質の光による劣化を防ぐ、高性能高寿命の光酸化防止剤への応用に期待。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)ナノテクノロジー研究部門【部門長 横山 浩】自己組織エレクトロニクスグループ グループ長 片浦 弘道、柳 和宏 研究員は、産総研ナノカーボン研究センター【センター長 飯島 澄男】岡崎 俊也 主任研究員と共同で、各種ナノ炭素材料について、活性酸素の一種である一重項酸素の除去能を測定し、ナノ炭素材料のうち、高次フラーレン金属内包フラーレンが一重項酸素を非常に高効率で除去することを発見した。

 一重項酸素は活性が高いために、各種物質の光劣化に大きくかかわっており、また、生体内のDNAの損傷や皮膚の老化など、私達の身近な生活にも大きな影響を及ぼしている。そのため、一重項酸素の除去能を持つ物質は、光劣化の抑制や予防医療の観点から重要である。ナノ炭素材料は様々な応用が期待されているが、一重項酸素除去材料としての観点からは調べられていなかった。今回、ナノ炭素材料の 一重項酸素除去能を精密に測定し、検証を行ったところ、高次フラーレンC82及び金属内包フラーレンの除去能が非常に高く、自然界で最も除去能が高いと知られるカロテノイド色素類(ここではβカロテンと比較)と同等の一重項酸素除去能を持つことがわかった。フラーレンは大量合成が可能であり、高温処理が可能な点、真空蒸着等により薄膜化も可能である点等が優れている。

 産総研では、抗光酸化剤や予防医療などへの応用をめざし、関連技術をもつ企業の参画を求めている。成果の詳細は、2月21日から23日に東京ビックサイトで開催されるNano Tech 2007で発表予定である。

各種フラーレンの一重項酸素除去能の図


研究の背景

 活性酸素の一種として知られる一重項酸素とは、光照射によって生じる励起状態の酸素である。この励起状態の酸素は反応性が高く、各種物質を容易に酸化することから材料の光劣化の原因のひとつとなっている。また、生体にとっては、遺伝子(DNA)の損傷や、皮膚の老化の一因となるなど、私達の身近な生活にも大きく影響を及ぼしている。代表的なナノ炭素材料であるフラーレンC60(炭素60個からなるサッカーボール型のかご状分子)は、紫外線照射によって高効率で一重項酸素を発生することが知られている。これは、光によって励起されることによって生じたC60のエネルギー(励起三重項状態のエネルギー)が酸素に受け渡され、活性な一重項酸素に変化することによる(図1左)。しかしながら、フラーレンのサイズが大きくなると(かごの炭素数が多くなると)励起状態のエネルギーが小さくなっていく。そこで、サイズの大きな高次フラーレンでは、励起状態のエネルギーが酸素を一重項酸素に変えるエネルギーより小さくなり、一重項酸素を生成せず、逆に一重項酸素のエネルギーを奪って活性の低い通常の酸素に戻す可能性があった(図1右)。そこで系統的にかごを大きくした一連のフラーレン類について、その一重項酸素除去能を調べることとした。

フラーレンにおける一重項酸素の発生と除去のメカニズムの図
図1 フラーレンにおける一重項酸素の発生と除去のメカニズム

研究の内容

 フラーレンはC60が有名であるが、それ以外にも前述の高次フラーレンや、フラーレンのかごの内部に金属原子を閉じ込めた金属内包フラーレンも知られている。今回、かごの大きさの異なるフラーレンや金属内包フラーレン[ランタン(La)・セリウム(Ce)内包フラーレン:La@C82、Ce@C82]について、一重項酸素の除去能を系統的に測定した。さらに、先端がホーン(つの)状構造を持つカーボンナノホーンについても測定した。

 試料の一重項酸素除去速度定数kq+kr)は、加熱により一重項酸素を発生させる分子を用いて一重項酸素を発生させ、有機溶媒中における一重項酸素に由来する発光の強度を測定し、試料によるその発光強度の減少を見積もることで評価した(図2・表1参照)。この値が大きいと一重項酸素を通常の酸素に戻す能力が大きいことを示している。なお、自然界で最も高い一重項酸素の除去能をもつと知られるカロテノイド色素類(ここではβカロテン)のデータと比較してある。

 フラーレンC60は紫外光照射によって一重項酸素を発生することが知られており、その励起三重項状態のエネルギーは一重項酸素のエネルギーより大きい。そのことを反映してC60、C70、C76分子では一重項酸素除去能が非常に小さく、測定感度以下であった。しかしながら、かごのサイズが大きなフラーレン(C82)では、逆に高効率で一重項酸素を除去できることがわかった。また金属内包フラーレンの除去能が高く、βカロテンと同等ないしそれ以上の除去能があった。除去能の高いフラーレンでは、励起状態(励起三重項・二重項状態)のエネルギーが一重項酸素のエネルギーより小さく、一重項酸素のエネルギーを奪い取って通常の酸素に戻すことが可能であるためと考えられる。

 また、今回、カーボンナノホーンにも一重項酸素の除去能力があることが初めて明らかになった。ホーン先端付近のように大きな曲率のグラファイト構造は活性酸素と反応しやすいと予測され、カーボンナノホーンでの除去メカニズムはフラーレンとは異なり、一重項酸素がグラファイト構造と反応して除去されていると考えられる。

各種フラーレンの一重項酸素除去能の図
図2 各種フラーレンの一重項酸素除去能(クロロベンゼン溶液中)

表1 カーボンナノホーンの一重項酸素除去能。(重クロロホルム溶液中)
カーボンナノホーンの一重項酸素除去能の表

今後の予定

 紫外光による材料の劣化の原因のひとつ、光酸化の防止をターゲットとして抗光酸化剤への応用を目指す。ナノ炭素材料の安全性の検証が近年問題となっている。よって安全性をきちんと確認した上で、除去メカニズムから期待される長寿命の抗酸化剤としての可能性を追求する。将来的には材料分野だけではなく、バイオ、医療分野への展開も視野に入れていく。



用語の説明

◆活性酸素
酸素分子が、より反応性の高い化合物に変化したものの総称。代表的なものとして、スーパーオキシド、一重項酸素、ヒドロキシラジカルなどがある。[参照元へ戻る]
◆一重項酸素
一重項酸素とは酸素の励起状態の一つである。励起状態の分子や原子は、エネルギーを放出して安定な基底状態に戻る性質がある。一重項酸素は、励起状態にあるので、さまざまな化合物と反応して、速やかにもっとも安定な基底状態に戻ろうとする。[参照元へ戻る]
◆一重項・二重項・三重項
原子は電子と原子核から成り立っている。電子は電気とスピンを備える。スピンは電子の磁石としての性質である。分子は原子から構成され、電子のスピンの配列の仕方やエネルギー値などによって分子の状態は表現される。X重項(Xは数字)とは分子のスピンの状態を指し示した表現である。分子と分子との間のエネルギーの受け渡しの効率は、受け取り手・渡して手のスピンの状態に大きく左右される。基底状態が一重項というスピン状態を備える分子が、エネルギーの受け渡しによって一重項酸素を通常の酸素に戻す為には、分子の励起三重項状態のエネルギーが一重項酸素のエネルギーより小さい必要がある。[参照元へ戻る]
◆フラーレン、高次フラーレン、金属内包フラーレン、カーボンナノホーン
炭素原子からなる球状分子をフラーレンと呼ぶ。炭素60個からなり、サッカーボールと同様な構造をしたC60がよく知られている。かごの炭素数が60個より多いものを高次フラーレン、また、かごに金属を内包したフラーレンを金属内包フラーレンと呼ぶ。カーボンナノホーンとは、つの状構造(ホーン)(下図参照)が多数凝集した構造のナノ炭素物質である。[参照元へ戻る]

フラーレン、高次フラーレン、金属内包フラーレン、カーボンナノホーンの説明図

◆励起状態
原子や分子は決まったエネルギーをもって定常状態を保っている。その定常状態はそれぞれ固有のエネルギー値を備えている。そのエネルギーのもっとも低い状態を基底状態という。それより高い状態を励起状態という。[参照元へ戻る]
◆カロテノイド色素
果実や野菜など自然界に広く存在する色素。抗酸化作用を備えることで知られている。ニンジンに含まれるβカロテンやトマトに含まれるリコピンなどが有名である。現在では、750種類以上のカロテノイド色素の構造が決定されている。アスタキサンチンもカロテノイド色素の一つ。[参照元へ戻る]
◆一重項酸素除去速度定数
一重項酸素が除去される速度は、 (1)エネルギーを受け渡して基底状態の酸素に戻る速度(消光速度定数:kq)、(2)化学反応を起こす速度(反応速度定数:kr)、に影響される。本資料では、この二つの速度定数の和を一重項酸素除去速度定数として記述している。[参照元へ戻る]



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