独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という) 光技術研究部門【部門長 渡辺 正信】有機半導体デバイスグループの鎌田 俊英 グループ長、植村 聖 研究員らは、生体高分子材料を用いて、印刷により強誘電性電界効果トランジスタ(FeFET)型のメモリ素子をプラスチック基板上に作製する技術の開発に成功した。これにより次世代のディスプレイとして期待の高いフレキシブルディスプレイに、画素メモリを印刷法によって作製でき、液晶などのメモリ性を持たない表示素子を用いて低消費電力化をもたらす技術として期待される。
印刷法でフレキシブルな基板上に電子デバイスを作製する技術は、次世代の携帯情報端末機器の開発のキーテクノロジーの一つであり、様々な視点からの技術開発が盛んに検討されている。これまでに、駆動素子や表示素子などでは技術開発が試みられ、印刷電子デバイスの実現が視野に入ってきた。しかしながら、メモリ素子については、未だ適当な素材がない、均質な薄膜が作製しにくいといった理由から、十分な技術開発がなされていないのが現状である。
今回、2本鎖のDNAやαへリックスたんぱく質などの棒状らせん構造を持つ生体高分子材料に、分子構造制御を行うと、強誘電性を示し、優れた強誘電性メモリ機能を発現することを見出した。この材料を用いて、均質強誘電体薄膜を塗布で作製する手法を検討することにより、印刷によりメモリ素子を作製する技術を開発した。この素子は、10日以上のメモリ保持特性を示した。また、これらの生体高分子材料に、1次構造が似通った非晶性の合成高分子を混合し、ブレンド高分子とすると、低い駆動電圧で動作することを見出した。プラスチック基板上に3×3のメモリアレイを試作したところ、良好なメモリ動作を示すことが確認された。
今後さらに高集積化や低電圧駆動化技術とともに、表示デバイスやその他の素子と組み合わせる技術の開発を行っていくことで全印刷でのフレキシブルディスプレイをはじめ、様々なユビキタス情報端末の開発につながるものと期待される。
次世代の携帯情報端末機器の開発では、携帯利便性向上などの点から、フレキシブルデバイスに対する期待が高まってきている。軽量で柔軟なプラスチック基板上に、様々な電子デバイスを作製したもので、フレキシブルディスプレイに代表されるように、落としても壊れない、薄くて曲がるため持ち運びに便利、柔らかさゆえの好接触感などが大きな特徴となっている。フレキシブルデバイスの作製には、高温加工は使えないこと、また、大量生産が要求されることから、印刷法による生産が検討されている。最も注目されているフレキシブルディスプレイについては、これまで表示部や薄膜トランジスタ(TFT)回路部などを印刷法で作製することが検討されている。最近、これらに加え、機能としてメモリ性を導入すれば、低消費電力化し、携帯情報端末として普及するものとの期待がある。こうした背景から、印刷によるメモリの作製技術が盛んに検討されるようになってきた。これまで、印刷可能なメモリ素子としては、溶媒に溶ける強誘電性高分子材料を用いたFeFETタイプのメモリ素子などが研究されているが、均一な膜の製造や素子間の特性ばらつきの抑制が困難、作製プロセスが複雑、駆動電圧が著しく高いといった理由から、優れた素子を開発する目処がついていなかった。
産総研は、有機材料を用いた光デバイス、電子デバイスの研究開発を続けている。特に、溶液プロセスの適用が容易という有機材料の特性を生かして、迅速かつ大量供給が可能な印刷による各種素子の開発を目指している。そのなかで、有機メモリ素子の実現を目指し、強誘電性有機材料の研究を行ってきた。
(1) 生体高分子材料を用いたメモリ素子の作製
生体高分子材料は、水やアルコールなどの極性溶媒に溶解するため、インク化することができ、印刷法を適用することが可能である。こうした生体材料の中で、2本鎖のDNAや、分子内にペプチド結合を持つαへリックス型ポリペプチド(たんぱく質)などは、その分子内水素結合により、棒状のらせん構造をとる。【図1参照】
棒状構造であるために、単純な塗布工程でも棒状分子が基板面に平行に配列した均質性の高い薄膜を作製することができる。しかし、分子間に強い相互作用があるため、そのままでは特異的な性質を示さない。今回、ポリペプチドならびにDNAを用い、それらの分子量や分子構造制御により、分子間相互作用を変化させて、強誘電性を持つ薄膜の作製に成功した。この強誘電性薄膜を誘電層として上下を電極で挟んだ2端子素子を作製してその電気容量特性を評価したところ、メモリ性を示すことが確認できた。フレキシブルディスプレイを念頭に置くと、メモリ部を作製する場合、画素開口率や印刷工程数などの要求から、薄膜トランジスタ(TFT)のゲート絶縁膜部分にメモリ性を持たせることが望ましい。そこで、この薄膜を誘電体層に用い、半導体層に有機半導体を用いた電界効果トランジスタ型素子を作製したところ、ドレイン電流-ゲート電圧特性は大きなヒステリシスを示し、メモリ性があることを示した。ドレイン電流のオン/オフ比は、ゲート電圧が0Vの時に3桁以上あり、実用レベルのスイッチング特性を示した。【図2参照】
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図2.ポリペプチドを絶縁膜に用いたFeFET構造のメモリ素子の伝達特性
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(2) 印刷メモリ素子の低電圧駆動化技術
αへリックス型ポリペプチドや2本鎖DNAなどの生体高分子材料に、それらと分子の1次構造が似通った非晶性の合成高分子を混合した高分子ブレンドを用いると、より低電圧で動作し、さらに均質性の高い優れたメモリ性を示す素子が作製できた。これは、微量の非晶性の高分子を生体高分子に混合することで、生体高分子間の過度なパッキングを抑えることができるためである。また一般に、結晶性が高い高分子材料を用いると、分子間の相互作用により、疎な部分と密な部分に分かれることが多く、素子特性のばらつきを引き起こす原因となっていた。ここに、非晶性高分子を混合することで、分子間の相互作用を平均化させて、より均質性の高い膜が作製できるようになった。
(3) 印刷メモリ素子の保持特性
誘電体層にポリペプチド膜、半導体層に有機半導体を用いたメモリ素子を試作し、保持特性を評価した。この素子は、電源を切った状態でも、記録状態を安定に保持することができ、10日以上経っても2桁のドレイン電流のオン/オフ比を保持できることが確認できた。【図3参照】
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図3 ポリペプチドを用いたFeFETのメモリ保持性能
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(4) 印刷メモリアレイの試作
今回開発した強誘電性生体高分子薄膜を用いて、3×3のメモリアレイをプラスチックフィルム上に塗布ならびにスクリーン印刷法により試作した。比較的ばらつきの少ない特性が得られ、その書込みと読み出しの検証を行ったところ、メモリとしての動作の確認ができた。
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図4 フィルム上に印刷で作製したメモリアレイの動作
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なお、本研究開発成果の一部は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構の委託事業「高効率有機デバイスの開発(平成14~18年度)」で得られたものである。
プラスチックフィルム上に印刷でメモリ素子を作製する技術が開発できた。今回の試作では、3×3という小さなアレイでの動作確認であったが、今後は集積化技術の開発に取り組み、より大容量のメモリ素子とする技術の開発に取り組んでいく。また、本成果は、表示デバイスに、メモリ性を付与し低消費電力化をもたらす技術としての期待が持てることから、表示デバイスへの組み込み技術の開発などに取り組んでいく予定である。