独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)光技術研究部門【部門長 小林 直人】は、微細加工技術を用いず、常温常圧下における簡易印刷製造プロセス(真空プロセスを必要としない)のみで作製できる「有機薄膜トランジスタの創製技術」の開発に成功した。これにより、有機薄膜トランジスタにおいて、サブミクロン台(0.5µm)のチャネル長を実現し、1V以下の低電圧で駆動する有機薄膜トランジスタを開発した。
この技術開発によって、スクリーン印刷等の高速印刷プロセスでも実用可能なトランジスタが製造できることになり、印刷集積回路の実現に活路を拓くものと期待される。
本成果は、第49回応用物理学関係連合講演会【 日程:2002年3月27日(水)~3月30日(土) 開催地:東海大学湘南校舎 】で発表する予定である。
○有機薄膜トランジスタでは、10µm以下のチャネル長制御は困難であった
一般に、電界効果トランジスタの開発においては、いかに短いチャネル長を創製するかが、高速化・高集積化の鍵を握る重要な技術開発課題となっている。有機電界効果トランジスタの開発においては、これまで主として、シリコン等従来の無機半導体材料を用いた電界効果トランジスタの素子構造を模倣することで素子開発が行われてきたために、これら同様、短いチャネル長を得るためにはフォトリソグラフィーなどの微細加工技術を適応する必要があった。しかし、有機材料においては、リソグラフィーにより素材そのものが劣化する問題があり、微細加工に不適と考えられてきた。
○産総研が見出したトランジスタ構造は、簡易製造プロセスで作製でき、かつ高性能を発揮
産総研では、従来の無機半導体材料系の電界効果トランジスタの素子構造を模倣するのではなく、有機半導体材料に適した素子構造を開発することで、必要性能が発揮できるトランジスタ素子の開発を行ってきた。ソース電極、ドレイン電極、有機半導体層の素子内配置と、作製順序を大幅に変え、平面構造を立体化することに成功した。その結果「トップアンドボトムコンタクト型素子構造」(産総研オリジナル:特許出願中)【添付図参照】という、全く新規なトランジスタ素子構造により、サブミクロンオーダーの短いチャネル長を有し、1V以下の低電圧で駆動する有機薄膜トランジスタを開発することに世界で初めて成功した。
○素子構造の発想転換
従来のシリコンを用いた電界効果トランジスタにおいては、ソース電極とドレイン電極は、並列配置で創製されるのが基本とされてきた。従って、両電極間距離がチャネル長となることから、狭い電極間距離を得るための微細加工技術が不可欠となっていた。
今回、産総研が開発した有機トランジスタでは、ソース電極とドレイン電極が、立体的な斜め配置になっており、ドレイン電極、有機半導体層、ソース電極の順に、順次積層していくことにより構成される(特許出願中)。このためチャネル長は、ドレイン電極とソース電極とに挟まれて構成される有機半導体層の厚さ(ナノメートル・オーダー)で規定されることになる。
○低電圧駆動トランジスタの実現
可溶性で印刷が可能な導電性高分子材料の一つであるポリチオフェンを塗布した膜を用いて、有機電界効果トランジスタを作製した。0.5µmのチャネル長が、フォトリソグラフィー等の微細加工技術を適応することなく容易に達成でき、ソース-ドレイン間電圧が0.5Vの時に、サブスレショルドスロープが0.6V/decadeという値を得ることができた。この値は、著しく高い移動度を示す有機半導体材料として知られている「ペンタセンの単結晶」を用いて作製した電界効果トランジスタ素子で得られる値に匹敵するものである。ペンタセンは有機半導体材料ではあるが、印刷プロセスで素子を作製することができない半導体材料である。従って、今回の産総研の成果は、印刷(塗布製造)プロセスの適応が可能な高分子系有機半導体材料を用いての電界効果トランジスタの性能としては、世界最高性能となる。
○印刷プロセス適応可能にするためには、印刷可能な半導体材料を用いなければならない
有機トランジスタは、印刷プロセスが適応可能との期待を持たれているが、その際、同じ材料でも印刷プロセスが適応可能な材料、すなわち溶媒溶解性がある半導体材料を用いなければならないという制約がある。今日、米国のIBM社やルーセントテクノロジー社から、優れた特性を示す有機トランジスタが報告されているが、優れた性能を示す物は、いずれも溶媒溶解性が低く印刷プロセスが適応できない有機半導体材料を用いての性能である。
○新素子開発の効果
今回開発した技術により、トランジスタ素子を、微細加工技術を用いることなく、常温常圧下で製造できることになるので、集積回路の製造プロセスの大幅な簡素化、設備の簡素化、製造コストの低減化が可能になる。また、汎用印刷技術の適応が可能になることから、印刷電子デバイスの製造が可能になり、電子素子の製造時間の大幅な短縮化が可能になる。
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トップアンドボトムコンタクト型素子構造
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有機半導体は、シリコン、化合物半導体に続く第三の半導体として、近年その実用化に向けた技術開発に大きな期待が寄せられている。特に、有機トランジスタの開発は、紙のように軽く、柔らかいディスプレイとしての電子ペーパーの実現や、無線での個別製品管理を実現する電子値札(次世代バーコード:有機情報タグ)の創製などを可能にすることから、近年その実用化に向けた国際研究開発競争が激化してきているところである。
有機トランジスタの特徴としては、「折り曲げても動作に支障がない」「簡易印刷製造プロセスで著しく安価に製造できる」といった点があげられるが、実際に現状技術でこうした概念を導入しても、「トランジスタとして要求される性能を満たすことができない」か、もしくは「特殊なインクジェット印刷などの技術を適応しないと、トランジスタとして要求される性能を発揮させることができない」ということが問題となっていた。
産総研では、情報通信技術の裾野拡充を図るため、次世代の半導体としての「有機材料を用いたトランジスタの開発」を行ってきている。
安定動作させるための技術開発を行うとともに、集積回路化を検討していく。