独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)光技術研究部門【部門長 渡辺 正信】有機半導体デバイスグループ 鎌田 俊英 グループ長、吉田 学 研究員らは、スクリーン印刷で作製したアンテナや配線の抵抗を、画期的に低下させる方法を開発した。これは金属インクを印刷した後、高温で焼成させることなく圧力アニールという方法を適用するものである。この技術を用いて、無線IDタグをフレキシブル基板上にすべて印刷法で作製することに成功した。これにより、プラスチックなどの柔軟性を有する基板上に、全印刷法で、高感度無線タグを製造することが可能になり、無線IDタグの低コスト化が促進され、無線IDタグの大量普及を加速させると期待される。
無線IDタグは、無線信号により情報の授受を行い、物体の存在・物体の持つ情報を認識管理させるための情報端末であり、その利便性から大量普及が望まれている。しかし、現状では製造コストが高いことが、普及拡大の障壁となっており、低コスト製造法の確立が急務とされている。こうした課題を解決する手段として、タグ自身を全て印刷で製造する方法の検討がなされているが、今日まだその技術は確立されていない。
今回、プラスチックフィルム基板上に印刷法で形成した配線の抵抗を低下させるために、圧力アニールという方法を開発し、高温焼成することなく導体回路を作製することに成功した。この方法で作製したアンテナ回路は、市販の真空プロセスで作製したアンテナと同等の感度を示した。さらに、この技術を適用して、無線IDタグをすべてスクリーン印刷で作製したところ、その無線タグが5~40MHzの周波数で動作することを確認した。今回開発した圧力アニール法は、導体として用いるインクの焼成を200℃以下で行っても、十分低い抵抗値であるため、プラスチックフィルムなど柔軟性を有する基板に配線や電極を印刷で形成する場合に適用することができる。今後低コストでフレキシブルなユビキタス情報端末の作製技術として、様々なデバイスの作製に適用することができると期待される。
本成果の一部は、2005年9月7~11日の期間に、徳島で開催される2005年(平成17年)秋季 第66回応用物理学会学術講演会で発表する予定である。
今日、無線により物体情報の管理を行う情報端末として、無線IDタグに対する注目が著しく高まってきている。無線により、物体が有する情報を授受・管理できることから、物体に情報検出機を接触させること無く非接触でその情報を読み書きができ、遠隔操作などの適用も可能なことから、物体情報の瞬時管理に大きな威力を発揮する。既に一部は日常的に用いられてきており、各種交通機関における自動料金徴収システムなどが、その代表的な例である。この無線IDタグは、その利便性ゆえに、広く一般商品に対しても値札や荷札などとして、価格管理や、物流管理などへの適用が計画されているが、いまだその端末機器の製造コストが高く、大規模な普及拡大に対して、障壁となっている。
こうした、製造コストの問題を解決する手段として、無線タグを全て印刷で製造することができれば、現在のバーコードのように商品製造時に一括して製造することができ、著しく低コスト化が進むとの期待が寄せられている。しかし、現状ではまだ課題が山積しており、その十分な見通しは立っていない。例えば、こうしたデバイスは、その取り付け先が様々な形状をしており、また流通品であることが多いことから、プラスチックなどのフィルム基板上に製造する必要がある。導体インクなどの無線IDタグの部材は、印刷した後、その導電性を発現させるためには高温での焼成が必要なものが多い。しかし、基板が汎用のプラスチックフィルムなどであった場合、高温焼成を施すことができない。温度をかけたとしても、せいぜい200℃程度までである。このため、全印刷デバイスを機能させるのは困難であった。
今回、アンテナや配線として印刷した導体の抵抗を、高温で焼成処理を施すことなく低下させることのできる手法を開発した。さらに、これらの手法を適用して、無線タグをスクリーン印刷で作製する技術を開発した。以下に、その技術内容を示す。
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アンテナや配線、電極を印刷する場合、材料は当然インクとなっている導体材料を用いる必要がある。今日、こうした導体インクとしては、銀ペーストや金ペースト、カーボンペーストなどの金属材料ペーストや、溶媒溶解性を有する有機導電性高分子材料などが知られている。このうち、有機導電性材料は、現状では抵抗が著しく高く、低インピーダンスとしなければならない無線タグのアンテナ・配線等への適用は困難である。となると、金属ペーストを用いなければならない。金属ペーストは、インク化するために、微粒子化したりバインダーを混入させたり、などの様々な調整がなされているため、印刷した後焼成して抵抗値を下げるという操作が必要である。特に、通常の金属ペーストの場合だと、400~500℃といった高温での焼成が不可欠で、それをしないと十分な電導度が得られず、高インピーダンスになってしまう。しかし、こうした処理は高温に耐えうる基材にしか適用できないため、200℃程度までの加熱にしか耐えられない汎用プラスチックフィルムなどには適用できない。今回、200℃以下の低温焼成でも、圧力印加を併用したアニーリング処理を施すと、抵抗が低下することを見出した。プラスチックフィルム上に銀ペーストでスクリーン印刷し、その後150℃で焼成した電極に対して、圧力アニール処理を施す前後での抵抗を計測したところ、その抵抗値が3桁以上低下することが確認できた。圧力アニール処理を施す前は、150℃という低い温度での焼成であるため、印刷した導体インクは充填率が低く、その抵抗は著しく高い。これに、圧力アニール処理を施すと、充填率が向上し、抵抗が低下した。
図1は、今回開発した処理を施す前後の無線周波数特性と、市販のドライプロセスで作製されたアンテナの無線周波数特性とを示す図である。通常アンテナは、無線信号に共振して、共振周波数のところで鋭いピークを示す。処理を施す前の波形では、インピーダンスが高いため、無線に対する応答が鈍く、ピークは著しくブロードになっている。これに対して、今回開発した圧力アニール処理を施したものでは、インピーダンスが低下したことにより、無線応答がよくなり、その波形は市販のものと比べても遜色のない程度にまでシャープになっているのがわかる。今回検証に使用した無線周波数は5~40MHzであるが、交通機関等で無線ICカードなど最も広く用いられている周波数が13.56MHzであることから、今回検証したアンテナは、標準周波数の近傍で十分性能を発揮することが確認できた。
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図1 市販アンテナ(真空プロセスで作製)の周波数特性(左)と本開発技術で作製したアンテナの周波数特性(右) |
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今回開発した技術で作製した印刷アンテナを用いて、パッシブ型の無線タグをプラスチックフィルム上にスクリーン印刷法により作製し、5MHzから40MHzの周波数帯で、市販の無線IDタグリーダーを用いてその動作検証を行った。図2は、今回開発した全印刷無線IDタグを貼り付けた容器(青色物体)を、リーダー(白い箱)に近づけてその動作検証を行った写真である【図2参照】。全印刷無線IDタグを貼り付けた容器(青色物体)を、リーダーに近づけることにより、容器(青色物体)の識別番号2が表示され、容器の個体情報が認知された。これにより、今回全印刷で作製したタグが、機能していることが検証できた。
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図2 全印刷無線IDタグを貼り付けた容器(青色物体)をリーダー(白い箱)に近づけて識別させる |
ここで検証に使用した無線周波数は5MHzから40MHzであるが、この周波数は交通機関の料金徴収システムに使用されている電磁誘導式無線IDタグの標準動作周波数(135kHzもしくは13.56MHz)にも対応しており、こうした標準無線通信システムにも適用可能であることが示された。
今回開発した技術は、特に無線IDタグを製造するのみならず、プラスチック基板上に配線を印刷で形成する際にも用いることができる。その他の様々なフレキシブルデバイスの製造に適用されていくものと期待している。
本成果に関する研究は、平成14年度に採択された文部科学省科学技術振興調整費「戦略的研究拠点育成」事業であるベンチャー開発戦略研究センターのタスクフォース案件として採択され、同センターの支援を受けて実施した。
本研究開発成果は、プラスチックフィルム上に、無線IDタグを全て印刷で作製する際の課題の一つを解決した。今回試作した無線タグは、まだ記録できる情報量が少ないため、今後さらに大容量が記録できるような技術へと発展させていく。それにより種々電子部品の製造技術ならびに回路設計等を含めて、開発を進めていく予定である。