独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)エレクトロニクス研究部門【部門長 和田 敏美】とアネルバ株式会社【代表取締役社長 今村 有孝】(以下「アネルバ」という)は、超高密度ハードディスクの読み出し磁気ヘッドとして有望視されるトンネル磁気抵抗(TMR (Tunneling Magneto Resistance))素子の飛躍的な性能向上およびその量産化技術の開発に成功した。
産総研とアネルバが昨年開発に成功したトンネル障壁に酸化マグネシウム(MgO)を用いた新型TMR素子(以下「新型TMR素子」という)の作製法を改良し(二段階成膜法)、磁気ヘッド応用に不可欠な低抵抗TMR素子を開発した。この素子は、1平方ミクロン当たり約2 Ω(オーム)という低抵抗TMR素子で、室温で140%という巨大な磁気抵抗比を併せて達成した。これは、これまで磁気ヘッド応用のために開発されてきたトンネル障壁に酸化アルミニウムを用いたTMR素子(以下「従来型TMR素子」という)の7倍の性能である。
今回開発した高性能TMR素子は、磁気ヘッドの生産現場で標準的に用いられている既存のスパッタ装置を改造することなくそのまま利用することで実現でき、製造設備への負担は少ない。これにより、1平方インチ当たりの記録密度が200ギガビット以上の超高密度ハードディスクの実現は確実となり、新型TMR素子が次世代磁気ヘッドの最有力候補となったといえる。今回の成果は、情報家電などへの需要が増しているハードディスクの飛躍的な高性能化技術として期待される。
この詳細は、2005年4月4~8日に名古屋で開催される国際会議「INTERMAG 2005(インターマグ)」の招待講演で発表予定である(発表日:4月7日、講演番号:FB-05)。
1988年に磁性金属多層膜の巨大磁気抵抗(GMR)効果が発見され、この現象を利用したハードディスクの読み出し磁気ヘッド(GMRヘッド)が90年代後半に製品化された【図1参照】。GMRヘッドはそれ以前の磁気ヘッド(MRヘッド)に比べて非常に出力性能(磁気抵抗比)が高かったため、ハードディスクの記録密度の飛躍的な上昇(一時は年率2倍の伸び)と低価格化が可能となり、現在までに1平方インチ当たり100ギガビットという高記録密度のハードディスクが実現されている【図2参照】。現在、ハードディスクの用途はパソコンやサーバーに限定されず、ビデオレコーダーやカーナビ、デジカメ、携帯電話などへも用途が広がっている。
しかし今後のハードディスクの発展に目を転じると、現行GMRヘッドの磁気抵抗比が15 %程度しかないために、これ以上の高密度記録に対応するのは困難な状況にある。今後も年率30 %~40 %の記録密度の上昇率を確保していくためには、より高性能な次世代磁気ヘッドの開発が不可欠である。次世代磁気ヘッドの候補として、(1)TMR効果【図3参照】を用いたTMRヘッドと、(2)GMR素子の膜厚に垂直な方向に電流を流すCPP-GMRヘッド、という2種類の磁気ヘッドが提案され、現在盛んに研究開発が行われている。特にTMRヘッドは、既に2004年後半から実際のハードディスクに搭載されており、この点においては次世代磁気ヘッドの座を争う競争で一歩リードしている。
次世代磁気ヘッドに要求される重要な条件は二つあり、(i)記録ビットからの弱い漏れ磁場を検出するための磁気抵抗比の増大、(ii)データ転送速度の高速化のための素子抵抗の低減、この二つの条件を両立させる技術の開発が求められている【図4参照】。(i)に関しては、少なくとも室温で20 %以上、理想的には100 %以上の磁気抵抗比が望まれる。(ii)に関しては、1平方ミクロン当たり0.1 Ω~4 Ωの範囲である必要がある。CPP-GMRヘッドは現状では、(i)磁気抵抗比が10 %以下、(ii)素子抵抗が1平方ミクロン当たり0.1~0.5 Ω程度以下であり、特に磁気抵抗比の飛躍的な増大は今後も望めない状況にある。一方、トンネル障壁に酸化アルミニウムなどを用いた従来型TMR素子は、MRAM用に開発された高抵抗TMR素子では70 %の磁気抵抗比が得られているが、(ii)の条件を満たす低抵抗TMR素子では、磁気抵抗比が20 %程度まで下がってしまうことが問題となっていた。このため、(ii)の条件を満たす低抵抗TMR素子で、かつ磁気抵抗比が100 %以上の素子の開発が強く求められていた。
昨年、産総研とアネルバは共同で、酸化マグネシウム(MgO)をトンネル障壁に用いた新型TMR素子を開発し、室温で230 %という巨大な磁気抵抗比を実現した*。このときのTMR素子の抵抗値は1平方ミクロン当たり約500 Ωであり、MRAMに応用するには最適であったが、磁気ヘッドに応用するには高すぎるものであった。
*2004年9月7日 発表(プレスリリース)
・世界最高性能TMR(トンネル磁気抵抗)素子の量産技術を開発
-ギガビットMRAMに必要な磁気抵抗比230%をスパッタ成膜法で実現-
図1(A):ハードディスクの構造
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図1(B):磁気ヘッドの構造
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図3: TMR素子のトンネル磁気抵抗(TMR)効果
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(1)低抵抗TMR素子で140%という巨大な磁気抵抗比を達成
磁気ヘッドの製造現場で標準的に用いられている
スパッタ装置(アネルバ製C-7100【図5参照】)を用いて、8インチ径シリコン基板(熱酸化シリコン下地)の上に新型TMR素子をスパッタ成膜により作製した。TMR素子の抵抗値を1平方ミクロン当たり4 Ω以下まで下げるためには、MgOトンネル障壁の厚さを1ナノメートル(1nm:10億分の1メートル)程度以下まで薄くしなければならない。昨年、MRAM用の新型TMR素子を作製した際は、下部電極の上にMgO層を直接積層してTMR素子を作製した【図6(A)参照】。しかし、この手法で低抵抗TMR素子を作製すると、トンネル障壁が薄い領域で磁気抵抗比が急激に減少し、1平方ミクロン当たり4 Ω以下の低抵抗TMR素子では十分な磁気抵抗比が得られないことが分かった【図7参照】。この問題の原因として、MgOトンネル障壁層が薄くなると、下部電極の表面が酸化されてしまい、電子が散乱されやすくなることが考えられる。この問題の解決策として、二段階成膜法として知られている手法を用いてMgOトンネル障壁層の成膜を行った。すなわち、下部電極の上に最初に金属マグネシウムを薄く積層し、その次にMgO層を積層した【図6(B)参照】。その結果、トンネル障壁が薄い領域でも磁気抵抗比の減少が抑えられ、1平方ミクロン当たり約2 Ωという低抵抗TMR素子で、室温で140 %という巨大な磁気抵抗比が実現された【図7,8参照】。これは、酸化アルミニウムなどを用いた従来型の低抵抗TMR素子に比べて7倍の出力性能に相当し、超高密度ハードディスク用の磁気ヘッドとして十分な性能である。図9は作製したTMR素子の断面を示す電子顕微鏡写真である。
(2)超高密度ハードディスク用の次世代磁気ヘッドの最有力候補に
次世代磁気ヘッドの座をめぐるTMRヘッドとCPP-GMRヘッドの間の開発競争は、昨年前半までは全く混沌とした状態にあった。昨年後半に従来型TMR素子を用いたTMRヘッドが、CPP-GMRヘッドに先んじて市場化されたものの、TMR素子の低抵抗化は原理的に困難との見解も根強く残っていた。しかし、新型TMR素子における低抵抗と高磁気抵抗比の両立という今回の成果により、1インチ当たり200ギガビット以上の高記録密度を持つハードディスクの実現がより確実なものとなった。今後の次世代磁気ヘッドの開発は酸化マグネシウムを用いた新型TMR素子を中心に展開していくことになるものと思われる。
産総研とアネルバは共同研究を行っており、本研究成果はその一環として得られたものである。今回はアネルバが薄膜作製を行い、産総研において素子加工と評価を行った。
(A)従来の製膜法 |
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(B)二段階製膜法 |
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図6:(A) 従来の成膜法と (B) 二段階成膜法
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図8:新型TMR素子の特性
素子抵抗:1平方ミクロン当たり2.4 Ω
磁気抵抗比:140 %(室温)
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図9:作製したTMR素子の断面を示す電子顕微鏡写真
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今後とも両者の共同研究体制により、次のような課題に取組んでいく予定である。
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今回開発された新型TMR素子の更なる低抵抗化と高い磁気抵抗比の探求
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磁気ヘッドに要求されるその他の特性(磁場感度、耐久性など)の評価