独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)エネルギー技術研究部門【部門長 大和田野 芳郎】の 周 豪慎 主任研究員らは、三次元的に規則正しく整列したナノサイズの微細管構造を有する結晶性金属酸化物複合ナノポーラス材料をリチウム2次電池の電極(負極)に応用することにより、従来のリチウム2次電池と同程度のエネルギー密度を維持した上で、パワー密度が2桁以上向上することを実証した。
高効率でクリーンなエネルギー源として燃料電池や2次電池を電源とする電気自動車(EV)の開発が世界的に進んでいる。リチウム2次電池は定速運転に必要な長時間持続可能なエネルギー容量(エネルギー密度)を持っているが、反面、発進時等に必要な瞬間的に大出力を出すことが難しく、大きな瞬発力(パワー密度)と長時間持続可能なエネルギー容量(エネルギー密度)の両方を供給できる蓄電機器の実現が期待されている。
高エネルギー密度と高パワー密度を同時に実現させるためには、電気二重層キャパシタと擬似容量キャパシタの組み合わせによりエネルギー密度を向上させる手法(スーパーキャパシタ)とリチウム2次電池自体のパワー密度を向上させる手法があり、ともに従来から試みられてきたが、大幅な性能向上に成功した例は見られない。
この問題に対して産総研は新しい着想から、最近開発した結晶性金属酸化物複合ナノポーラス材料 (TiO2-P2O5)(2004年2月4日産総研プレス発表)をリチウム2次電池の電極(負極)として応用することにより、ナノサイズで配向された微細管構造(ナノチャンネル:サイズ=5nm(1ナノメートル:10億分の1メートル))を通してリチウムイオン(Li+)と電解液の電極内部への移動を容易にし、またリチウムイオン(Li+)が膨大な表面積を有する微細管に吸着する特性によりスーパーキャパシタ機能を発現させ、従来のリチウム2次電池と同程度のエネルギー密度を維持した上で、パワー密度が2桁以上向上することを実証した。更にこの(TiO2-P2O5)のナノチャンネルを形作るフレームワークに電子伝導性機能を持たせることで、より充・放電特性が向上することも確認した。
今後は、実用化を進めるために、本材料の大量合成技術と低コスト化の研究開発を進める予定である。
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図 電極材料として、イオンの輸送経路と電子の伝導経路の両方を有する三次元的に規則正しく整列したナノサイズの微細管構造を持つ結晶性金属酸化物複合ナノポーラス材料のイメージ(模式図)
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※本研究成果は、ドイツ科学誌 Angewandte Chemie International Edition のウェブサイトで2004年12月21日にオンライン発表された。
地球温暖化の原因となる炭酸ガスの排出が少なく、高効率でクリーンなエネルギー源として燃料電池や2次電池を電源とする電気自動車(EV)の開発が世界的に盛んである。しかし、瞬発力(パワー密度)の小さい燃料電池あるいは2次電池だけを動力源とする場合、十分な加速性能や登坂性能を得ることは難しい。このため補助電源の搭載や燃料電池や2次電池自体のパワー密度を大幅に向上させる必要がある。高パワー密度と高エネルギー密度を同時に備えた2次電池などの蓄電機器が開発されれば電気自動車以外にも産業ロボット、介護ロボットやノート型パソコン、携帯電話等のさまざまな先端技術分野においての利用が期待され、その将来市場は大きいと予想されている。
高パワー密度の蓄電機器として、これまで高表面積の炭素繊維を電極に用いた電気二重層キャパシタが知られている。電気二重層キャパシタは、電解液中のイオンを電極に物理的に吸脱着させることによって電荷を蓄えるシステムで、化学反応を伴わないので充放電速度は速いが、エネルギー密度は小さい。電気二重層キャパシタのエネルギー密度は1Wh/kg、パワー密度は1kW/kg程度であり、電気自動車などへの応用を想定した場合には、1桁以上のエネルギー密度とパワー密度の増大が必要とされている。
最近、高エネルギー密度と高パワー密度を同時に実現させるために、電気二重層キャパシタのエネルギー密度を向上させる手法以外の方法が検討されている。これはエネルギー密度の点で圧倒的に有利な2次電池の電極材料表面に電気化学反応に伴う擬似容量(酸化・還元によるイオンの吸蔵)を形成させ、2次電池の優れたエネルギー密度特性とスーパーキャパシタの大きなパワー密度特性を両立させる方法である。この疑似容量は電極表面での化学的なイオンの吸・脱着反応であるため、速い充放電速度が可能で、かつ巨大なエネルギー密度を有するので、自動車用蓄電機器としては、理想的な特性である。しかし、このような蓄電機器は微細管構造の多孔質電極の開発が進まず、実現されていない。
○結晶性金属酸化物複合ナノポーラス材料の開発とその応用
産総研は新しい着想から、従来のテンプレート(鋳型)合成法による金属酸化物を合成する際に、有機金属化合物(トリエチルリン酸[PO(OC2H5)3])を微量加えることにより、結晶相とガラス相が複合し、かつ3次元的に規則正しく整列したナノサイズの微細管構造を有する結晶性金属酸化物複合ナノポーラス材料(TiO2-P2O5)【図1参照】の合成に成功し、更に、微細管構造を形成する壁材料(フレームワーク)に導電性の酸化第二銅(CuO)、酸化錫(SnO2)をドープすることにより、電子伝導性を有する多元結晶性金属酸化物複合ナノポーラス材料(TiO2-P2O5-CuOとTiO2-P2O5-SnO2) の合成にも成功した(2004年2月4日産総研プレス発表)。
産総研では、これらの結晶性金属酸化物複合ナノポーラス材料をリチウム2次電池の電極(負極)として応用することにより、ナノサイズで配向された微細管構造(ナノチャンネル:サイズ=5nm)を通して、リチウムイオン(Li+)と電解液の電極内部への移動を容易にし、またリチウムイオン(Li+)が膨大な表面積を有する微細管に吸着する特性によりスーパーキャパシタ機能を発現させ、従来のリチウム2次電池と同程度のエネルギー密度を維持した上で、パワー密度が2桁以上向上することを実証した。更にこの(TiO2-P2O5)のナノチャンネルを形作るフレームワークに電子伝導性機能を持たせることで、より充・放電特性が向上することも確認した。
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図1 三次元構造を持つ微結晶TiO2-P2O5ナノポ ーラス粉末の透過電子顕微鏡写真
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○結晶性金属酸化物複合ナノポーラス材料(TiO2-P2O5)の電池特性評価
結晶性金属酸化物複合ナノポーラス材料(TiO2-P2O5)をリチウム2次電池の電極(負極)に用い、その特性を評価した。結晶性金属酸化物複合ナノポーラス材料(TiO2-P2O5)においては、ガラス相P2O5はリチウムイオン(Li+)に対して不活性であるため、主成分であるアナターゼTiO2(二酸化チタンの結晶形)がリチウムイオン(Li+)の酸化還元に有効な活物質であると考えられる。アナターゼTiO2のもつ最大理論容量は165mAh/gである。しかし、0.1A/gの電流密度での定電流充・放電容量はこの最大理論容量をはるかに越え、可逆的に充・放電できる容量の370mAh/gまで達することを確認した【図2黒の線参照】。これは、上記のリチウムイオン(Li+)のアナターゼTiO2への酸化還元容量だけでは説明できず、結晶性金属酸化物複合ナノポーラス材料(TiO2-P2O5)のナノサイズの微細管の表面にリチウムイオン(Li+)が化学的に吸着されたことを示しており、この吸着特性がスーパーキャパシタ機能発現のメカニズムになっている。このように酸化還元容量と吸着容量を同時に実現でき、従来のアナターゼTiO2と比較してはるかに大きいエネルギー密度をもつことが本材料の特徴である。
また、容量(エネルギー密度に相当)の大幅増大のみならず、パワー密度も約2桁アップする。充・放電の電流密度(パワー密度に相当)を0.1A/gから10A/gまで2桁増やしても、依然約270mAh/g程度の高い充・放電容量密度(エネルギー密度に相当)を維持している【図2赤の線参照】。サイクル特性(繰り返し充・放電に対する耐久性)も良く改善され、10A/gの電流密度で充・放電すると、200サイクル目に195mAh/g、800サイクル目でも160mAh/gという容量を有している。
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図2 結晶性金属酸化物複合ナノポーラスTiO2-P2O5材料の定電流充・放電特性 |
○多元結晶性金属酸化物複合ナノポーラス材料(TiO2-P2O5-CuOとTiO2-P2O5-SnO2)の電池特性評価
更に、結晶性金属酸化物複合ナノポーラス材料のフレームワーク中に存在するガラス相P2O5に電子伝導性を持つ機能性物質CuOあるいはSnO2をドープした多元結晶性金属酸化物複合ナノポーラス材料(TiO2-P2O5-CuOとTiO2-P2O5-SnO2)の電池特性を評価した。電子伝導性が改善されたため、更に高い電流密度(パワー密度に相当)でも高い充・放電容量密度(エネルギー密度に相当)を維持していることを確認した。例えば電流密度20A/gで、TiO2-P2O5の充・放電容量密度60mAh/g【図3下図緑の線参照】に対して、電子の伝導経路を有するTiO2-P2O5-SnO2は190mAh/g【図3下図青の線参照】、またTiO2-P2O5-CuOは265mAh/g【図3下図赤の線参照】であった。更に高い電流密度50A/gにおいても、新規開発材料(TiO2-P2O5-SnO2)はなお130mAh/g【図3上図黒の線参照】という大きい容量を有する。
本結晶性金属酸化物複合ナノポーラス材料を負極として用い、4V級正極材料(コバルト酸リチウム等)と組み合わせ実用電池とした場合、電解液、ケースなどの重さも考慮し、エネルギー密度、パワー密度の点から他の蓄電機器と比較すると、今回開発された結晶性金属酸化物複合ナノポーラス材料はすでに電気自動車用蓄電機器の開発ターゲット(電気自動車へ電気二重層キャパシタの応用を想定した場合、1桁以上のエネルギー密度(従来1Wh/kg)とパワー密度(従来1kW/kg)の増大が必要)を達成していると言える【図4参照】。
図3 微結晶金属酸化物(TiO2)-無機酸化物のガラス相(P2O5)-異種金属酸化物(CuOとSnO2)ナノポーラスの定電流充・放電特性
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図4 結晶性金属酸化物ナノポーラス材料のエネルギー密度とパワー密度の位置づけ
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今回、産総研はナノチャンネルを有する結晶性金属酸化物複合ナノポーラス材料(TiO2-P2O5、TiO2-P2O5-CuO、TiO2-P2O5-SnO2)を、リチウム2次電池の電極(負極)に応用することにより、従来材料を用いたリチウム2次電池と比較してパワー密度の大幅向上を実証し、電気自動車用蓄電機器として必要な性能を達成できることを確認した。今後実用化を進めるためには、本材料の大量合成技術と低コスト化が課題である。また、市販のリチウム2次電池では正極にコバルト酸リチウム(LiCoO2)、負極に炭素などが一般的に使われており、最近ではリチウム鉄リン酸塩(LiFePO4)も注目されている。これらの低価格な材料に対しても、ナノチャンネル構造の導入を試みる予定である。
ナノチャンネルを有する結晶性金属酸化物複合ナノポーラス材料は今回のリチウム2次電池の電極への応用のみならず、今後は様々な金属酸化物のもつ電子的・化学的機能とナノポーラス構造のもつ分子サイズのふるい機能を組み合わせることにより、湿式太陽電池、センサー、燃料電池など各種のデバイスへの応用も可能であり、いろいろな分野での応用を検討していく。